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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
高校編
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再会

岳と同様、顔の見えない相手との出会いを求め始めた良和。

それとは裏腹に純は出会いを求める事は無かった。しかし、岳から茜と会う約束を伝えられ…

 岳と純は久しぶりに二人揃って良和のアパートへ足を運んだ。

 夏の夕暮れ過ぎの街頭には、名前の知らない無数の虫が羽ばたいていた。

 部屋へ入るなり、良和は岳に「ヒミズ」という漫画を勧める。岳がその作品に夢中になっていると、その横で純がティッシュで床を掃除しながら良和に尋ねる。

 若い男の一人暮らし。部屋は常に汚れていた。


「そういやさ、出会い系の子ってどうなった?」

「あぁ。今、メールしてる。順調だね」

「へぇ。良いね。けど、がっちゃんと同じように美人局かな」

「そりゃないでしょ」


 良和は携帯の画面を見ながら顔を上げる事なく呟く。

 当時はスタービーチなどの無料出会い系掲示板が流行し始め、誰でも気軽にメールのやり取りが可能な時代だった。

 岳と友利が利用したのはそれらの前身である「電話でメッセージを直接吹き込む」タイプの録音伝言板だった。ヒミズに目を落としながら岳が尋ねる。


「俺が言うなって話だけど……ヨッシーさ、メールだけって怖くねぇの?」

「まぁ一か八かだね。賭けみたいなもんだけど、何もしないよりはマシでしょ」

「ふーん」

「がっちゃんはどうやって友利と会うまでの関係になったん?」

「どうやってって……俺は友利とだけメールのやり取りして、仲良くなって自然とだね。会ったら付き合うだろうなぁっ思ってたし」

「それまで、どれくらい掛かった?」

「金の話?」

「いや、時間」

「んーと……一ヵ月半くらい」

「うへぇ。面倒くせぇ!そんなに掛かるん!?」

「いや、人によってじゃないの?俺も友利もすぐに会いたいとかってならなかったし。パパッと会いたいって言ってみれば?」

「そっか……そうだよなぁ……」


 その頃から良和は神奈川に住む「ユミカ」とメールのやり取りを頻繁にするようになった。

「近いうちに付き合うことになるかもしれない」と言う良和の言葉に、純と岳は素直に喜び、盛り上がった。

 岳が友利にその事を伝えると、友利も他人事なのにも関わらず珍しく喜んでいた。


「へぇ……あのちょっと変わってる良和君が……?良かったねぇ」

「うん。ちょっとびっくりするよな。中学の頃は先生に「闇!絶望!死!」とか楯突いて叫んでたのにさ」

「人って変わるからね。普段その子と良和君、どんな話しするんだろ?」

「ご飯食べた?とか。割と普通の話し」

「へぇ。可愛いね。煩いバンドとかUFOの話しばっかりしてくる誰かさんとは大違いだね」

「しょうがねぇだろ。そういうの好きなんだから」

「まぁ、別に良いけどさ。二人、上手くいけばいいねぇ……ちょっとその相手の子に会ってみたいな」

「面白半分?」

「ただの興味。上手くいってくれたらさ、私達みたいな出会いが普通になるでしょ?」

「まぁね……。ていうか、出会い系で会ったとか親とかには言い辛いよな」

「うん。もし……岳と普通に出会えたんだったら、やっぱり普通に出会いたかったよ。別に後悔なんてないし、今は幸せだけどさ」

「俺も幸せだけど……付き合い出した頃って、やっぱ悩んでた?」

「そりゃね……。だから岳より私の方が岳の事好きなんだって、言ってるじゃない?」

「えぇ……?そうかなぁ?俺だって凄く愛してるよ?」


 そう言って反論する岳に、友利は鼻で笑って返した。


「出会い系掲示板」は誰でも手軽に異性と出会うきっかけが得られる反面、その中に潜むリスクを承知の上で利用しなければならなかった。当時それを快く思わない者は少なくなかった。

 出会い系サイトの全てとは言わずとも、それが売春やレイプの温床になっているという公然の事実があったのだ。

 だからこそ良和とユミカが純粋に出会い、そしてカップルとして成立する事を岳と友利は強く望んでいた。

 それはまるで自分達の免罪符を求めるようでもあった。


 純の部屋で良和はメールを打ち続けている。その姿を純と岳は半ば感心の気持ちを抱きながら眺めていた。

 珈琲の空き缶を灰皿代わりにしながら、岳と純が呟く。


「ヨッシー……すげぇマメだな」

「あぁ……俺には真似出来ないね。でもさ、がっちゃんも友利ちゃんとあんなんだったよ」

「そうだっけ?あぁ……でも今は電話の方が多いからな。にしても、あんなにマメじゃなかったと思うけど」

「相手が飯食ったとか、風呂入ったとか、好きな色とか、どうでもいいけどな」

「それはそれで問題じゃね?」

「そうかい?」


 携帯画面に目を伏せたままの良和に純がふと、尋ねた。


「ヨッシーさ、ユミカちゃんが好きなんかい?」


 良和は顔を上げると、目を見開いて答える。


「すっげー好き!好きなん!好きで好きで仕方ねぇん!そう、今度ユミカから写真もらえる事になったんよ」

「へぇ!良かったじゃん!ヨッシーは写真送らないの?」

「いや、送るん!そうだ、送る用の写真撮って!頼む!」

「まぁ……別に良いけど。ヨッシー黙ってればそこそこカッコいいだろうから」

「ありがてぇ……ありがてぇ……。あ、メール来た」


 ユミカからのメールが来ると急変して携帯の画面噛り付く良和に、純と岳は目を合わせて笑った。

 良和の要望通り、精一杯にカッコつけた良和の写真をインスタントカメラで撮る。

 モデルのように腰に手を当てたり、漫画「ジョジョ」のキャラクターのように手を顔の前でかざすポーズなども試したが、最終的には真正面からの立ち姿を撮影した。良和を引き締まった顔にさせ、シャッターボタンを押す。

 出来栄えは現像しなければ分からない、というのも彼らの楽しみを増やすひとつでもあった。

 出来上がった写真は埼玉から神奈川へ。そして神奈川から埼玉へ送られた。


 その週の土曜日。

 純は例えようのない緊張感の中、部屋の天井を眺めていた。

 緊張を通り越し胃が痛み、吐き気まで催していた。

 前日に呑気な口調で「昼の1時だって。よろしくねぇ」と言った岳を羨ましくも疎ましくも思った。

 夜中、何度も寝返りを打っては目を覚ました。

 今胸に抱いている想いは、瀧川に想いを馳せていたものよりずっと重たくて明確なものだった。

 中学の頃に心に沈めて蓋を閉じたはずの感情は、夏の気配と共に訪れた知らせを聞くと、いとも簡単にあっさりと浮き上がった。


 その日、中学卒業以来初めて茜と会う事になっていた。


 炎天下の空の下、純は裏道をベイシアに向けてゆっくりと歩を進める。

 途中、何度も「またね」と言ったきりの茜の姿が目に浮かんだ。

 一年半という月日と向き合う事に覚悟を決め、約束していた待ち合わせ場所へ向かう。

「13時に階段の踊り場で」

 予定通りの時間に間に合うように、純はベイシアの階段を上がり、踊り場に向かう。するとそこには、奇跡的に予定通りに到着している岳が居た。純は思わず安堵の溜息を漏らす。

 岳が時間通りに現れる事は殆ど無かった。

 良和から「がっちゃんが15時に集合だって」と言われると、純は決まって

「じゃあ15時半だね」と答えるが当たり前になっていた。

 モスグリーンの半袖シャツの岳が純に気付き、片手を上げる。


「ちょっと遅れるって。座ってようぜ」

「何だよ。せっかく楽しみにして来てやったんにさ」


 強がってそう言ったものの、純は激しい喉の渇きを感じていた。


「ちょっと、ジュース買って来ようかな……」


 そう言って階段を上がろうとすると岳が声を掛けた。


「え?自販行くの?自販高いし、空いてるんだから店で買えばいいじゃん」

「あ、あぁ……。その間に来ちゃわない?」

「え?別に大統領待ってる訳じゃないんだから大丈夫でしょ」

「まぁ、そうだね。そうしよっかな」

「何緊張してんだよ」

「いやいや。そんな、別に……」

「緊張する相手じゃねーだろ」


 岳はそう言って笑っていたが、緊張を見透かされた事が純の焦りを煽った。

 階段を下りる足が縺れ、階段を踏み外しそうになる。

 まさか茜が店内をうろついてはいないだろうか、と純は辺りを警戒しながらペプシコーラを手に取る。

 ぐるっと店内を見回したが、それらしき姿は何処にも見当たらない。

 茜が変わり過ぎていて実は見過ごしてしまってるのだろうか、とも考えたが岳は茜の事を「全然変わってない」と言っていた。純はその言葉を信じるしかなかった。


 踊り場へ戻るとそこに居たのはやはり岳一人だった。

 壁を見つめながら眠たげにしている。岳は誰かと話さない間を置くといつの間にか寝てしまう癖があったので、純は岳から余計な指摘を受けない為にもだんまりを決め込んだ。


 居眠りする岳を他所に純は緊張に耐えていた。時間が進むのがやけに遅く感じる。

 すると、歌のないポップスのBGMだけが鳴り響く店内を切り裂くように、大きな嬌声が聞こえてきた。

 それはとても耳馴染みのある、いつか教室で聞いていた柔らかな声だった。

 その懐かしさに純は緊張を忘れ、思わず微笑んでしまう。

 横で居眠りしていた岳がゆっくりと顔を上げ、苦々しい口調で呟く。


「おせぇよ」


 階段を駆け上がる二人の姿が目に映る。一人は「ヤドピー」こと矢所。

 顔の細長さも、髪色も、何ら変わっていなかった。

 そしてもう一人の姿に、純の記憶が火花を散らしたようにフラッシュバックする。

 肩先まで伸ばし、茶色く染められた髪の毛意外は、何ら変わっていない。

 しかし、ゆったりとした黄色のワンピースは彼女にとても似合っていた。

 額の汗を拭い、夏に咲く花のように力強く明るく、彼女は微笑んだ。


「お待たせー。いやー、めっちゃ暑い!純君、久しぶり」


 純は茜と同じように「久しぶり」と返し、笑った。

 ようやく叶った「またね」が嘘ではなかった事に、純は笑った。

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