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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
中学時代
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電話と、嘘

 2年4組で行われた席替えの日、目の前に並ぶ岳と茜の二つの背中を見ながら、純は自分の中から生まれてくる想いをただ押し殺す事しか出来ずにいた。

 気が付けば大きく膨らんでいた茜への想いは、抗いようもなく純を飲み込んでいった。しかし、純はその想いを吐き出せる程の自信は持っていなかった。

 帰宅後に純はふと、藤岡時代の友人に電話を掛けてみたくなり受話器を上げた。

 呼び出し音が三回鳴った後、電話に出たのは友人の母であった。


「あ、あの。新川ですけど」

「あらぁ、久しぶりねぇ。元気してる?埼玉はもう慣れた?」

「まぁ、はい。あの、光君いますか?」

「ごめんねぇ。光ね、出掛けちゃってるのよ。あの子、本当遊んでばっかりでもう!電話、掛け直しさせるから」

「いや、またこっちから掛けるんで。あの、大丈夫です」

「そう?電話来たって言っとくからね。埼玉でも頑張ってね!」

「はい。また」


 一番仲の良かった光が不在だった為、次に同じバスケット部だった友人宅に電話を掛けると、友人が直接電話に出た。その懐かしい声に、思わず純は顔をほころばせる。

 そして現在の部活動の様子や、純の引越し先の寄居町の話題が終わると藤岡時代の友人達の話になった。


「純君さ、岡田が小山に告白してフラれたんさ!」

「へぇー!やっと告白したんかい。まぁフラれるだろうとは思ってたけど」

「あと優等生の宮崎が最近さ、生意気にも東京に遊びに行ってるらしくてさ、最近急に色っぽくなったんだいね」

「あの宮崎が?」

「そうなんさ。なぁ、そっちの方が東京に近いしさ、すぐに東京行けるんでしょ?やっぱそっちの友達と東京に遊びに行ったりするんかい?」

「うん。まぁ、たまにね」


 純は「そっち」か。と思いながら、相手には届かない小さな嘘をついた。

 その後も藤岡の話題は純にとってどの話も楽しく感じられた。

 それは懐かしいという思いよりも、たまたま風邪で学校を休んでいる間に起こった出来事を友人から一気に聞かされているような気分であった。そして、いつかそこへ帰る自分の姿を純は想像していた。


「純君、今度さ、こっち遊び来てよ。あ、あとそれからさ!」


 その後も友人は藤岡の話題を純に矢継ぎ早に聞かせた。

 しかし、次第に純は楽しさの感情の奥に痛みのような感覚を覚え始めた。

 楽しげな話の風景の中へ以前のように自分の姿を置いてみたが、それはガラス張りの向こうの風景を見るようなものかもしれないと思い始めた。具体的に思い描けはするのに、もうそこへは手が届かない。

 純は自分が居なくても藤岡ではそれまでの日常の続きがあり、その中で旧友達が楽しく過ごしている姿を思い浮かべると途端に寂しさを感じた。


 その思いは楽しいはずの話を聞かされる毎に、はっきりとした輪郭をおびていった。電話が終わる間際には純の返事はやや投げやりなものとなっていた。

 自分がもし藤岡に戻ったとしても、彼等の中にはもう戻れないかもしれない。と純は感じていた。


 電話を終えると、紫色に染まり始めた景色が純の寂しさをより強いものにした。やがて純はやや躊躇いながらも、連絡網に書かれているある番号をプッシュした。

 呼び出し音が鳴るとすぐに相手と繋がった。


「はい、森下です」


 電話に出たのは茜だった。


「あ、あの。俺だけど」

「あのって、あぁ。純君?どーしたの?」

「いやー、なんとなく話したくってさ」

「ふーん。帰って何してたん?」

「うん。暇でテレビ観てたんさ」

「馬鹿なんだから勉強しなよ!千代が「純君、本当に馬鹿かもしれない」って心配してたよ」

「ははは!参ったな」


 自然と心から溢れた笑みとは裏腹に、純は何故か泣き出しそうになっていた。

 それは悲しさや、先程まで感じていた寂しさの為ではなかった。

 純は泣きそうになるのを堪えようとするが、喉が先に泣いて声が震えてしまう。


「あのさ、班……一緒になったね」

「え?ちょっと待って!純君、泣いてるの?」

「いや。震えてるんさ。なんか、暑いなぁと思って、エアコンつけたらさ、寒くってさ」

「ほら、やっぱ馬鹿だよ。だってまだ早いでしょ」

「馬鹿、なんかなぁ」


 気付けば涙が純の頬を伝っていた。泣き笑いしながらも、涙を茜に悟られまいと必死に堪える。震える声を笑い声に聞こえるように誤魔化した。


「がっちゃんも佑太も、いい奴だし、同じ班で良かった」

「佑太いい奴かな?でも楽しくなりそうだよね」

「うん。でもさ、森下と同じ班になれたのが一番嬉しいかな」

「え?そうなの?」

「ほら、部活同じだし、地元の事も色々聞けるし、居ると助かるんさ」

「私、便利なコンビニじゃないよ」


 純は茜に特に何かを伝えたい訳でも、特別な事を話したい訳でも無かった。

 ただ、話せた瞬間に覚えた感情が安堵と喜びなのだと知った。寂しさを感じながら過ごす、暗い街の生活の中で、純を照らす灯りは茜だったのだ。


「俺さ、森下が好きなんさ」


 純はその言葉を鍵のついた心の奥底にゆっくりと沈めるように、静かに茜と話し続けた。


 翌朝、純が下駄箱へ向かうと佑太から思い切り背中を叩かれた。純が「いってぇ」と声を上げた。

「じゅーん!おっはよー!元気ねーじゃんどーしたん!?」

「何すんさ!……ったく。普通だよ、普通」

「だってよぉ、歩く背中が余りに寂しそうだったからさぁ」


 寂しい、という言葉に純の感情が思わず反応してしまう。不機嫌そうに純は答えた。


「そうかい?寂しいんかもね。誰かさんと違って俺はロンリーなんさ」

「仲間じゃん!冷たい事言うなよぉ」


 その頃佑太は同じ学年の安西という大人しいグループに属する女子と付き合っていた。あまり目立たないタイプの安西が佑太と付き合っているというのは、この学年の七不思議のひとつでもあった。

 純と佑太が下駄箱へ入るとだるそうに岳が靴を履き替えていた。

 自分にやったように背中を叩け、と純が佑太に目配せする。しかし、佑太は首を横に振った。


「がっちゃんには出来ない」

「なんでさ?」

「なんかさぁ、怖ぇんだもん」


 純は岳を見ながらその「怖い」という印象を探ってみたがそれは「怖い」というより、何かを思い悩んでいるようにも思われた。ただ、冗談交じりに背中を叩いたりする相手ではないと感じた。

 佑太より先に純が岳に近寄る。


「がっちゃん。おはよう」

「おぉ、純君。おはよう」


 岳の目の下には目の隈が出来ていた。純の目には岳はいつも不健康そうに見えていたが、今日はより一層不健康そうに見えた。


「目の隈凄いね。どうしたん?」

「んー。NHKのFMにさ、スピッツがゲストで出たんだけど夜中でさ。寝不足」

「好きだねぇ」


 すると佑太が割って入って来た。


「何!?がっちゃんの好きな人の話!?誰!?聞きてぇ!」

「んな話し、してねーよ。眠い」


 岳が眠たげに答えると佑太は矛先を純に変えた。首に腕を回している。


「純さぁ、好きな人出来たん?聞かせてくれよぉ」

「ちょ、やめてくれよ」

「いるなら俺も聞いてみてーな。いるん?」


 岳の問い掛けに純は一瞬動きを止めた。茜と岳の背中の映像が、頭を過ぎる。

 その時、校内へ向かって髪の毛をひとつに縛った一人の女子が歩いていった。

 純は首に腕を回されている為、呻くように、小さな声で答えた。


「あ……あの子なんさ……。ずっと、気になってて……」


 佑太と岳は純の指すその後姿を見た途端、驚愕の声を上げた。佑太は純から腕を離すと大げさに驚いて見せた。


「純!諦めろ!可愛いけど、けど!ライバルが多すぎる!」

「純君、奈々ちゃんかぁ。でもお似合いじゃない?」

「実は、そう。俺さ……あの子が、好きなんさ」


 純が好きだと言った相手は茜ではなく、学年のアイドル的存在である木村 奈々(きむら なな)だった。茜へ思いを寄せていたが、純は普段あまり接点の無い木村を好きだと言うことで、茜への想いを周りから気付かせまいとした。

 万が一、噂になったとしたら撤回すればいいと純は軽く考えていた。


 やがてその嘘は佑太や岳達によって真実とされ、そして純そのものを苦しめる結果となった。

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