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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
高校編
67/183

真面目

自分が本当にしたい事は何なのか

自分自身を卑下する純を励ます瀧川は何故か弱々しく見えた

そして純は…

 梅雨時になろうかという六月。良く晴れた空は早くも夏を感じさせていた。

 純はそれまでの間、偶然とはいえ瀧川に度々会っていた。


 茜の時とは違い誰に対しても隠す事のない恋心を抱いた純は、結局その恋心を周りに知らせる事は無かった。

 中学の時とは違い、皆が生きる場所は学校の中のみという世界では無かった。

 アルバイト先や違う学区域での交流、趣味を通じた出会い等、高校二年ともなれば誰もが自主的に心地の良い好きな場所を選べる。

 純が選んだのは偶然を期待する恋と溜まり場と化した良和のアパート。

 いつも一緒に居たはずの岳は千葉に住む彼女やバンド活動に忙しく、以前のように当たり前に傍に居る存在では無くなりつつあった。


 佑太が中々顔を出さない岳に対して「冷たい」と文句を言う時もあったが、岳にしてみれば自分達が選択肢の一つに無いだけだろう、と純は割り切って考えるようになっていた。

 友利と居る時の岳を見てしまった分、その想いは強くなっていた。


 良和のアパートの駐車場で佑太がバイクのシートに座ったまま、地べたに座る純の頭を小枝で叩く。

 純は小枝を掴むと苛立ちを隠さないままそれを遠くに放り投げた。


「純。がっちゃん呼んで来いよ」

「来ないっしょ」

「なんでよ?忙しいって言ったって少しくらい時間あんじゃね?」

「だってバンドやってるしバイトだってしてるし、彼女にベッタリだし。俺らとつるんでも楽しむ余裕なんか無いんじゃないかな」

「でもよぉ。がっちゃんは寂しいとか思わないんかな?放っといたら可哀想じゃね?」


 純は佑太の言葉をフッと鼻で笑った。


「がっちゃんが俺らに対して寂しいなんて思う訳ないっしょ。逆に面倒見なくて済んで楽になるんじゃない?」

「そーかなぁ?まぁ何考えてるか分からない所はあっけどさぁ。あ、家主が帰ってきた」


 二人の視線の先にはスーパーカブに乗って帰ってくる良和が見えた。ヘルメットを脱ぐや否や矢継ぎ早に喋り出す。


「純君!バキおもしれぇん!読んで!今、続き買って来たん」

「ヨッシーが何処まで読んだかはまぁ、分からんけど」


 純は良和が必死に自分達を必要としている姿を見て友情を感じた。人懐こく、誰の事も拒否しないからこそ良和の好かれる理由が純には良く分かっていた。

 岳はまるで真逆で誰かを全力で必要としている姿など一切見せない。それが照れ隠しなのか、それとも本心なのか、純には時々区別がつかなくなる時があった。

 ただ、他人行儀のように振舞う事だけはしたくなかった。


「ヨッシー、がっちゃんには見せないんかい?」

「あれ?がっちゃん来てないん?」


 辺りを見回す良和に佑太は声を張り上げた。


「岳先輩は色々忙しいらしいっす!」

「あ、そうなん。まぁいいや。入ろう」

「こいつも中々ドライだよなぁ」

「本当」

「いねーんだから仕方ないん。無駄無駄」


 良和の言葉に首を傾げながら、佑太と純は良和のアパートへ入って行く。


 いつも通り漫画を読み、ゲームをして過ごした帰りに純が男衾駅前を通ると、夜にも関わらず瀧川が立っていた。

 純はすぐに声を掛けた。


「こんばんは」

「あ、新川さん。こんばんは。夜に会うって、珍しいですね」

「うん、そうね。どうしたの?こんな時間に」

「何か、帰り辛くて。ちょっと遊んでました」


 いつもより弱々しい微笑みに、純は思わず胸騒ぎのような感覚を覚える。暗がりから見ると気付かなかったが、髪をうっすらと茶色く染めている事に気が付いた。


「あれ?髪染めた?」

「あ……分かりました?学校だとギリばれてないんですけど」

「いいじゃん。似合ってるよ」

「ありがとうございます……」


 余り嬉しくなさそうにそう言う瀧川に何か強烈に尋ねたい気持ちが湧いたが、何を尋ねていいのか純には思いつかなかった。

 どの言葉を選んで、的確に声を掛けられるだろうと考えていると瀧川が呟いた。


「新川さんは……彼女出来ました?」


 瞳が泣き腫らしたように見え、純は一瞬戸惑いを覚える。頬も僅かに赤い。

 純は緊張を覚え、咳払いをする。


「いや……あの……全然」

「そうですか……残念だなぁ……」


 瀧川は歯を食い縛るように、本当に心から残念がっている表情を浮かべて言う。純は何も言えずにただ、瀧川の横に黙って立ち尽くす。

 離れて行く気配はないが、近付いて来る気配も無く、ただ居心地の悪くない気まずさが空気となる。

 その空気を吸い込み、純が呟く。


「何かあったんかい……?」


 瀧川はただ、下を向いたままかぶりを振った。簡単ではない悲しみを堪えているのがすぐに分かった。


「いいんです……。大丈夫です」

「そう……大丈夫ならいいけどさ……」


 無言のまま立ち尽くす二人の背後に下り電車が到着し、まばらな人の群れが二人の間を通り抜けて行く。束の間奪われた静けさはすぐに二人の間に舞い戻った。

 純は理由は分からないが、今ここを離れるべきではないと感じていた。

 瀧川が深呼吸をしてから、小さな声で呟いた。


「心配してくれてありがとうございます……。新川さんはやっぱり良い人だ」

「そんな……なんていうか……放っとけないっていうか。でも……俺の思い違いだったら迷惑だよね……」

「いいえ。迷惑なんかじゃないです。でも……何でそんなに自信ないんですか?」

「何でって……そうかな?自信なさげに見えるかな……?」

「はい。もっと自信持っていいのに」

「俺は……ずっとこんなんだからさ」

「こんなんって……だから……勿体ないって言ったじゃないですか」

「自信持ってもさ……」

「自分の好きなものに……ぶつかるのが怖いからですか?」


 瀧川は意志の強い目で純を見る。友利といい、瀧川といい、その目には純には到底理解出来そうにない強さが秘められている。

 その強さに感化されたい、と純は一瞬想う。

 それは怒りの混じったような感情を純に抱かせた。


「怖いっていうか、そんな自分がいるのかなって」

「居ます。本当は強い優しさがあるって、そう想います」

「だったら言っていいかな?」


 瀧川は純のやや怒気をはらんだような言葉に、黙ったまま耳を傾ける。

 夜の公園には人影も無く、近隣の飲み屋の嬌声が細々と聞こえて来る。

 無人駅のような雰囲気の漂う駅前で、純は乾いた唇をそのままに思いを吐き出した。


「ずっと前から、好きでした」


 瀧川は前の暗闇を真っ直ぐに見詰めたまま、突然声も無く涙を流した。

 しかし、しっかりとした声で純に答えを伝えた。


「ごめんなさい」


 純は急激に落ちていく感情のひとつひとつを何とかその手で掴もうとした。

 喜びや楽しさの類の感情は、信じられない速度で指の隙間を綺麗に通り抜けた。

 次に、怒りがほんの少し、指先に引っ掛かった。

 そして最後に、今最も遠ざけたい悲しみをしっかりと掴んでしまった。

 純は言葉を失った。


 涙目のまま、瀧川は純を向く。


「新川さん……楽しかったです。ありがとう」


 そう言うと瀧川は闇の中へと駆け出して行った。薄く染められたはずの長い髪は漆黒となり、闇に紛れてしまう。

 そして、その姿は見る見るうちに小さくなり、やがて消えてしまった。

 ほんの少し、純が駅の前へ出て確認出来たのは呑気な文字が躍る

「たかはしリカーストア」

 の看板のみであった。

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