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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
中学時代
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大河原と2年4組の間に生まれた軋轢。

そんな日々を送る中で席替が行われた。

奇跡的に同じ班になった純、岳、佑太。

そして…

 大河原は2年4組に入ると「起立」の掛け声を手で制した。そして挨拶もなしに教卓の上にラジカセを乗せ、手元の教材を広げた。こうして新たな形式の授業が始まった。


 生徒達に話し掛ける事は無く、大河原は無言のまま黒板に英文を書き込んで行く。空いているスペースにピンクや黄色のチョークで「要点」と「解説」を書き込み、そこを指で2回ノックする。

 ここに「注意せよ」という事らしかった。

 一通り書き終えると教材用のカセットテープを再生し、大河原は教員用の机に腰を下ろした。


 徳永が席を立ち、大河原の横に立った。


「先生、お願いします。僕らに普通の授業を行って下さい。お願いします」


 大河原は手元の雑誌に目を向けながら、頭を下げたままの徳永を見る事なく呟いた。


「このクラスではこれが「普通」の授業です。席へ戻りなさい」


 徳永は泣きそうになるのを堪えた表情を浮かべると、静かに席へ戻った。

 教室内に響くのは英語の教材テープの英会話とペンを動かす音のみである。


 大河原はその日に必要な授業の英文と要点、解説などを黒板に書き出すと後はテープを流して授業が終了するのを待ち続けた。

 生徒のボイコットや反抗はよく聞く話だが、教師が生徒に対し授業をボイコットするというのは前代未聞であった。

 質問に対しては最低限の答えのみを教え、後の解説は黒板を見ろ、と言う。

 同じ教室にいながらも、授業中は大河原と生徒達が常に別々の場所にいた。


 玲奈がやや楽しげに隣の席の男子の猿渡さるわたりに囁いた。


「大河原のババア、いつまでヒスってるんかな?」

「さ、さぁ。ずっと、せ、生理なんじゃね?」

「…………なら貧血で死んでくれないかな」

「お、女って、ま、毎月、そんなに血、出るん?」


 玲奈は猿渡の言葉に返事はせず、鼻で笑った。


 教師によるボイコットのおかげで2年4組は塾へ通い始める生徒が増えた。

 数名が担任の飯田へ相談したが「大河原先生の考えだから」と余り取り合ってはもらえなかった。

 岳と佑太が飯田から話を聞き出したら実は飯田からの訴えにも、大河原は耳を貸さなかったという。


「若くても今からあんな強情じゃ、大河原さん。結婚は一生無理だ」


 と零していた。


 授業が終わるたびに生徒達は伸びをした。通常の授業のように指名を受けて問題に答えたり、何かを読まされたりはしないが大河原の機嫌を無意識に伺う分、生徒達は精神的に疲労を覚えた。


 茜が休み時間に純にだるそうに話し掛けた。


「ねぇ、純君」

「え?」

「英語つまんないんだけど。あいつの授業中、何か面白いことしてよ」

「えぇ?無理だよ!」

「せめて面白い班になればいいんだけどなぁ。あー、本当つまんない」


 困り果てた純だったが、次の英語の授業中に純は大河原の様子を伺いながら彼女の似顔絵を書いた。そしてそれを茜の席に回すように頼んだ。

 ノートを取り終えた茜が時間を持て余していると、前の席の女子から小さな紙を手渡された。

 それを広げると、似ても似つかない下手糞な大河原の似顔絵が描かれていた。

 似顔絵の下に「by 純」と書かれている。

 余りの下手糞さに茜は堪え切れず噴出してしまう。無言の教室に一瞬「はは!」という茜の笑い声が響いた。全員が茜を振り返った。茜は口元を隠し、小さく頭を下げた。いつものように読み物をしていた大河原は顔を上げ、茜を睨み付けた。そしてすぐに視線を元の位置に戻した。茜には大河原の目だけが浮かび上がって見えた。


 茜は純に恥を掻かされたと思い「つまらない。 by 茜」と書いて、純の席に回すよう頼んだ。


 純が「はっは!」と一瞬、笑い声を立てると全員が純を振り返った。大河原は雑誌から顔を上げると、今度は純ではなく生徒達全員を睨み付けた。


 大河原の授業形式が変わる事はなかったが教室内に些細な変化が起きた。

 生徒達にとっての一大イベント「席替え」が行われた。

 くじ引きにて行われたこの席替えが、後に純や岳達に大きな影響を及ぼした。


 岳が面倒臭そうに机を移動させる。よりによって教卓の目の前の席になってしまったのだった。

 隣の席は森下 茜。剣道部の明るい女子。たまに挨拶をする。佑太と同じように、転校して来た純君の世話係をしている人。それくらいしか面識は無かった。


 茜は「ほら、早くどいて。猿渡、移動が遅い!」と目の前をだらだら移動する猿渡に文句を付けながら机を移動させていた。隣の席は猪名川 岳。佑太や隣のクラスの赤井と良く一緒にいる、暗い絵を描く変態。純君に変な事を覚えさせようとしてるのか、最近良く一緒に居るのを見かける。岳と同じく、茜にとっても岳はそれくらいしか面識が無かった。


 男子は教卓の前から「猪名川 岳」「新川 純」「藤森 佑太」と並んだ。奇跡的に同じ班になった三人は手を取り合って喜んだ。

 女子は教卓の前から「森下 茜」「江崎 千代」「今田 玲奈」と並んだ。


 男女六人で一斑の為、同じ班になった岳、純、佑太を見ながら玲奈が「うわぁ、馬鹿が感染うつりそう」と嘆いた。佑太が「俺達、風邪じゃねぇよ!」と返す。千代が「え!純君、馬鹿なの!?」と人一倍大きな声で聞く。純が照れ臭そうに「まぁ、それなりに」と答えると、茜が「そこ、照れる所じゃないから!」と突っ込んだ。その流れを無視した岳が茜に「よろしく」と伝えると、玲奈が「この班、まとまりなさそう」と言いながら頭を抱えた。

 しかし、後にアメリカへ留学した玲奈以外のこの五人は、大人になり再会を果たす事となる。


 席替えをしてすぐの休み時間、茜は岳に尋ねた。


「あだ名、がっちゃんでしょ?」

「そう。えーと、森下、さん?」

「名前の呼び方なんか何でもいいよ。よろしくね」

「あぁ。よろしく。一番前ってのがなぁ」


 そう言うと岳は笑った。それを見て「普通に話が通じる人なんだ」と、茜は胸をなでおろした。

 岳の描く絵は入選する度に廊下に貼り出されていたが、絵の印象はいつも何処か暗く、影を感じさせるものであった。当然、本人も暗いだろうし話が余り通じない神経質な奴かもしれない、と茜は思っていた。


「一番前って嫌だよね。問題児みたいだし、私なんかすぐ目つけられちゃうよ」

「俺もこれじゃ漫画描けねーや」

「がっちゃんて絵以外なんか趣味あるの?」

「んー。音楽とかかな」

「へぇ。何聴くの?」

「スピッツとか」

「えぇ!私もだよ!」

「そうなん!?」


 岳は茜が同じアーティストが好きだと言うのを聞くとやや興奮気味に喜んだ。何の楽曲が好きなのか聞こうとした矢先に授業開始のチャイムが鳴り、理科の上川が入って来た。


「はーい、おまえらー。授業始めるぞー。座れー」


 話が止まってしまったな、岳がそう思っていると茜が席を寄せて来た。茜が小声で岳に尋ねる。


「がっちゃん、何の曲が好き?」

「アルバムだと「クリスピー」」


 その授業中、上川が黒板を向く度に二人は話し続けた。互いの声が聞こえない為に、自然と机の感覚は狭くなる。

 他にも好きなバンドの話やアニメの話を途切れ途切れに、まるでレシーバーのやり取りのように二人は話し続けた。

 これだけ趣味の話で盛り上がれる女子は岳にとって初めての事であった。


 千代は二人を指差しながら「仲良いね」と、純に囁いた。

 しかし、純は顎に手を置いたまま無反応だった。


 千代が「純君、どうしたの?」と二回尋ね、ようやくその声に純は気付いた。

 純は「ごめん」と言いながら千代に返す。


「いや、あのさ。黒板が、見えなくてさ」


 千代は不思議そうな顔で尋ねる。


「え?黒板目の前じゃん」


 純は精一杯の笑顔で冗談めいて、こう答えた。


「二人がさ、邪魔なんさ」


 千代は冗談と捉え、小さく笑い声を立てた。

 純は岳と茜の背中を見ながら、自分の中から生まれてくる感情を必死に押さえ込もうとしていた。

 友人に対し、その気持ちを露にしてはいけないと思いながら。

 岳の隣で微笑む茜を見て、純は少しの悲しさを覚えていた。

 それは、恋だった。

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