さよならFAIRWAY
岳は知恵への想いを日々募らせ、ついに告白する決意を固める。知恵の用意していた答えは…。
三年生卒業前、最後の登校日。
アルバイトが入っていた為に岳はゆっくりと知恵と会うことが出来なかった。
色紙のメッセージを見た知恵は
「もっと捻ってくれたらなぁ」
とダメ出しをしていたが、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
遅い夕飯を食べ終えると、岳はある意を決して携帯電話の知恵の番号をプッシュした。
呼び出し音が鳴るとすぐに知恵が出た。
「お、猪名川君。こんばんは。私は明日から卒業までニートだよ」
「あぁ、ニートって、今流行の奴?とりあえず、学校お疲れ様でした」
「いえいえ。ありがとう。猪名川君はまだまだ頑張ってね」
「うん。知恵ちゃんも短大頑張って」
「もちろん頑張る!結構な金払ってるからね。しかし、今日は少し暖かい夜だね」
「そうだね。あんまり寒さ感じないかも」
「あっという間に春だよ。早いよ」
「あのさ……話があるんだけど」
携帯電話を持つ岳の手は無意識に震える。何とか気持ちを落ち着かせようとしたが、逸る気持ちは抑えられなくなっていくばかりであった。
電話の向こうで知恵が静かに「うん」と頷く。
岳は何度か言葉を躊躇っていると知恵が「ゆっくりでいいよ」と言う。岳は情けなさと不甲斐なさで泣き出しそうになる。
そして、ついに想いを口にした。人生で初めての告白だった。
「あの……。好きです」
長い時間を掛けてやっと吐き出せた想いは、酷く拙く短い言葉だった。
知恵は「うん」と言ったきり黙ってしまった。
空気と遠くの音だけを伝えるやり取りに、岳は次第に目眩のような感覚に陥る。終わるなら早く終わらせてくれ、と願い始めたその時だった。
「あのね……聞いて欲しい事がある」
「うん……。何だろ?」
岳は知恵の言葉が拒絶の言葉ではない事に安堵したが、先の展開が全く読めなかった。
「私別に自信家じゃないけど、猪名川君に告白されたら話さなきゃって思ってた事があってさ」
「告白されるって分かってたの?」
「うん。ごめんね……。君より長く生きてるから分かってしまうんだよ」
そう言うと知恵は「ふふ」と小さく笑った。岳はゆっくりと話を聞く姿勢になる為に、寝転んだ。
「あのね……私、夏まで付き合ってた人がいたんだ。あ、今、妬いた?」
「あ、うん……。妬いた」
「素直だね。ふふ。その人とは結構長く付き合ってた。地元でずっと好きだった人でさ。だから付き合えた時凄く嬉しかった」
「うん」
岳は知恵の話に何であろうと口を挟まない事に徹した。どうしたって転がされるのは自分の方だと悟っていた。本人もそのつもりで話しているのだろう。
「夏前になって受験とか色んな事が重なって結局……別れたんだけどね。でもね……。朝学校に行く時に、今でもその人を毎日ホームで見掛けるんだ。小さい駅だから絶対目に入るし」
「うん」
「心のどこかで今でも好きなんだなって思い知らされるんだよ。だって見ようと思わなければ見なきゃいいだけだし、電車の時間変えたって良い訳じゃない?」
「そうだね」
「でも、そうしないのは気持ちがまだ残ってるからなんだろうね。猪名川君と居て、色んな事を忘れてさ……。凄く楽しくて、ついでにその人の事も忘れられるかなぁとか思ったけど、それは私自身でどうにかしなきゃいけない事なんだよ。それを猪名川君に転嫁してやろうとか、私、汚い奴でしょ?」
「知ってるよ」
「君が思ってるより私はよっぽど汚いよ」
岳は知恵の言葉を聞いているうちに胸が塞がっていくのを感じていた。眩く輝いていた希望の光が徐々に光を失っていくのが目に映るようだった。
「汚いっていうか……みんなそうなんじゃないの?」
「それは言い訳だよ。私は猪名川君の事、色々考えたよ。真剣にね。だから、私の汚い部分をみんなの中に入れないで」
「わかった……。知恵ちゃんの事として考える」
「うん……。私さ、猪名川君の事好きじゃないとか、そういう事じゃないんだ。ただ、こんな状態で付き合ったりとか今は考えられないんだ。卒業すればその人と会うこともなくなるし……だから忘れる事を私は信じてるんだよ」
「そっか……。ちゃんと考えてくれててありがとう……」
「当たり前でしょ。暇で年下たぶらかしてるだけの女じゃないからね?これでも忙しいんだから」
岳は気が付くと泣いていた。これでもかという程に、次から次へと涙が零れ落ちた。
完全にふられた訳ではないはずなのに、岳はその幼さゆえに「今」ある事しか確実に認識出来なかったのだった。
「猪名川君、本当……泣かないで。お願いだから……。無理か……」
「ははは。あー、バレたか。ごめん」
「泣くなよ。私も……ダメだな……。年取ると涙がね……私なんかババアだよ……。私のどこが良いんだか……」
「全然ババアじゃないよ。ヤリたいもん」
「ふふ。そういう事言うの珍しいね……。初めてが私じゃ申し訳ないからね。どっかで勉強して来な」
「嫌だ」
「ふふ。冗談は置いとくけど。そういう訳なんだ……。だからね……落ち着いたら考えてもいいかな?」
岳は知恵の言葉を受け、僅かばかり未来の事を考えた。高校からもっと幅広い世界に出る知恵のこれからの環境に、岳は勝てる自信がまるで無かった。
高校生の自分と、知恵が進む今よりもっと大人の世界を天秤に掛けた。
そして、あっさりと負けた。
「いや……その人の事を想ってるなら、早々変えられるもんじゃないと思うし……、いいや……」
「え!?いいの!?」
「うん……。俺じゃまだまだ勝てないと思う。大人になったらもう一度……とか思うけど」
「その頃には忘れるよ。きっとね」
「俺にはまだ……しっかりと背負えるだけの力がねぇなって……悔しいけど」
「これから何があっても……こんな悪い女に引っ掛かっちゃダメだからね……?」
「しばらく人好きにならないわ。辛い」
「そんな事言ってすぐ作るんだよ。ふふ。でもね、凄く楽しかった。嘘みたいに楽しかったよ」
「俺も……凄く楽しかったです。ありがとうございました」
「そうだ。私が年上なんだから敬語を使いたまえ!なんてねぇ……。写真撮った時ね……少しドキドキしてたんだ。嬉しかった」
「俺も緊張してた。すごく近かったし……」
「君は意外と肩幅広くてさ、一緒に居て安心もしたな。君はモテるよ。私が言うんだから間違いない。だから……こんな酷いババアの事は早く忘れなよ?」
「ババアじゃねーし……」
「ふふ。猪名川君……今日ちゃんと眠れる……?」
「無理」
「私もだよ」
その後二人は他愛も無い話を無理やりして夜を過ごした。日付が変わる頃に声に眠気を孕んでいた知恵からの返事がいよいよ無くなると、岳は静かに電話を切った。
そして、夜が明けるまで泣いた。
それから数日間岳は学校を休んだ。
心配して見舞いに来た純が部屋へ入ると、岳は雨戸を閉め切った部屋でお香を炊いて煙草を吹かしていた。
あからさまに不健康そうな岳の顔を見て純は驚嘆の声を上げる。
「やばくないかい!?煙草はいいとして……。この部屋はなんか……禍々しいよ……」
部屋の中では延々と「ゆらゆら帝国」の「3×3×3」が流れている。単調なメロディーにぶつぶつと台詞を呟き続けるナンバーだった。
純は岳から事の経緯を聞くと「そうか……」と残念そうな表情を浮かべた。暗い部屋から外へ連れ出されベイシアの菓子コーナーをブラついていると中学三年の時の出来事をふと思い出す。
佑太がサプライズの為に岳を延々シカトし続けた日の出来事だ。
それから僅か一年半。
時間の経過に岳は一人苦笑し始めた。
「がっちゃん、どうしたんだい?」
「いや……中学ん時さ……俺らアホだったなぁって思って」
「そうね。確かに。またアホやろうよ。まだまだ俺らアホじゃんか」
「そうだわ。すっげーアホだわ。アホ過ぎて……本当にアホで……あぁ、ダメだな。いや、ダメって言っちゃダメだな」
「アホだけどさ、ダメじゃないんじゃないんかい?楽しくやろうよ」
「ありがと」
そう言って岳は少し涙ぐんだ。
変わらない風景の中で変わっていくのは、常に人だと学んだ冬だった。




