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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
高校編
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スペース

卒業を控えた知恵から星野を通じて渡された色紙。そのスペースの意味に、岳は…。

 岳がインフルエンザでひたすら寝込んでいただけの冬休みが明け、三年生が在学している最後の月となった。

 放課後になると岳が見知らぬ女の先輩と話し込んでいるという噂はすぐに広まった。

 萩野が興味を丸出しにした表情で岳を尋問している。


「で、いつから付き合ってんの?」

「だから付き合ってないって!」

「へぇ?あんな雰囲気なのに?じゃあさ、あの先輩のどんな所が好きなの?ねぇ」

「何で言わなきゃいけねぇんだよ……」

「あー。今のでバレたね!がっちゃんの好きな人は先輩!」

「もういいよ。はいはい」

「皆に言いふらすね!面白いから」

「マジ勘弁してよ……」


 どの程度噂が広まったか分からないが、放課後になり知恵と話し込んでいると目の前を通る生徒達がひそひそと何か話しているのを感じる。


「私達、付き合ってるとか思われてんのかな?」

「多分。そうだと思う」

「まぁ、私もうすぐ居なくなるし噂なんてどうでもいいけどね」

「俺あと二年残ってるんだけど……」

「そうだったね。猪名川少年、頑張れ」


 ひと気の少なくなった下駄箱の陰に気配を感じる。視線を向けると内山、米田、純、嶋田が首だけ出して知恵と岳の様子を覗き込んでいた。

 知恵が思わず笑い声を立てると4人は「ヤベー!」と言いながら散開した。


「ははは!君の友達は可愛いねぇ!」

「まったく……。とんだ野次馬だよ」

「あと二年あるんでしょ。友達は大事にしなよ」

「うん。そのつもり」


 しばらくの沈黙の後、知恵が寒さに身体を震わせながら呟いた。


「猪名川君といるとね、凄く楽なんだよ。忘れられることも沢山ある」

「俺も楽だなぁって思うよ。自然でいられるし」

「うん。でもね、たまに忘れていいのかなぁって思う事も稀にある。そういうものまで忘れちゃう気がする」

「そうなんだ」


 岳は知恵の言った事の意味が抽象的で上手く飲み込めずにいたが、飲み込んだら酷く胸がざわつく気がして無理に考えないようにした。


「猪名川君、写真撮ろうか。はい、寄って!」

「マジで」


 照れ隠しが出来ないほどに、岳はにやつきながら知恵と身体を寄せ合う。

 知恵は何の合図も無しにシャッターを押す。薄暗い廊下にフラッシュの明滅が起きる。


「何緊張してんだよ!猪名川君は情けないなぁ」

「だって近いんだもん」

「ツーショットなんだから当たり前じゃん。これで「あの頃放課後になるとしょっちゅう二人で話してたっけなー」って、後で思い出せる」

「俺はこれからもここ通る度に思い出すんかな」

「忘れるよ。大丈夫」

「ずいぶん、あっさりしてますね」

「これでも私は君より二年長く生きてるからね?」

「忘れてた」

「それだけ忘れっぽいんだから忘れるよ」


 純達は二人の会話を柱の陰から立ち聞きしていた。米田と内山はにやつきながら、嶋田は聞き漏らすまいと眉間に皺を寄せながら。

 純は自分の過去と照らし合わせて聞いていた。


 去年の冬。

 塾が終わると純と茜は互いに特に用事がある訳ではなかったが、寒さに震えながらいつまでも尽きない話を繰り返ししていた。

 同じ話を何度も積み重ねたかもしれない。

 話の内容などほとんど覚えてはいなかったが、大切なのは二人で過ごす時間そのものだった。

 茜は良く笑っていた。家庭の事情もあったのだろうか、時折力なく笑う瞬間があり、その度に純は茜への気持ちを抑えるのに手一杯で何も上手い事が言えずに歯がゆい思いをした事もあった。


「純君はどっちの色が良い?」

「断然、緑かな」

「えー?緑?ダッサ。センスないなぁ」

「赤ってさぁ、なんか嫌味な感じしないかい?」

「違うよー!それが似合うように振舞うのがカッコイイんじゃん」

「そうかなぁ?」


 そんな何気ない茜とのやり取りが、今でも純の頭を過ぎる。

 純の事を小ばかにしながらも、最後まで茜は純を見放さなかった。

 二人のやり取りを純はどこか懐かしい思いで見守っている。それと同時に「懐かしい」と思えてしまうほどに時間が経ってしまった事に、寂しさも感じていた。

 一番大切な事を茜に隠し続け、ついに伝えられなかった過去を思えば思うほど、岳には上手く想いを伝えて欲しいと純は願っていた。


 二人が別れたのを確認すると、やたらと高いテンションの純がすぐに岳に駆け寄っていった。


「がっちゃん!ふぅー!やるね」

「ふぅーじゃねぇよ。ずっと見てたん?」

「あぁ。見てた。秘め事っていうか、失楽園観てる気分で」

「モロ……変な目で見るなよ」


 米田と内山、嶋田も合流してしばらく話し込んだ。彼らは皆一様に「絶対脈アリ」と声を揃えた。

 後から謎の男は確かに出てきたが、その事実を知らない米田が言う。


「あれだけ仲良いんだぜ?上手くいかない訳ねーんだからさっさと告白しちまえよ!卒業したら喰われちまうぜ?」

「まぁ……そうだけど。うん」

「何でそんな煮え切らないん?何か理由あるん?」

「なんか、上手くいえないけど……。違う気がする」

「はぁ!?馬鹿じゃねーの?これで告白しなかったらずっとヘタレって呼ぶからな!」


 内山と純が「ヘタレー!ヘタレー!」と嬉しそうに囃し立てる。薄暗い空は晴れることなく、闇へと向かって消えていく。


 夕暮れはとうに過ぎ、黒い夜がやって来た。

 岳の背中を押す声と笑い声。「忘れるよ」という知恵の言葉。

 何故か全てが上手くいかない気がして仕方なかった。


 翌日。移動教室の為に理科室で授業が始まるのを待っていると、知恵の友人の星野が教室の入り口で岳を呼んだ。

 相変わらず控えめな印象だった。


「これ、知恵への卒業の寄せ書きで……知恵から猪名川君に書いて欲しいって……」

「あの……知恵ちゃんは?」

「直接来ると騒がれるからって頼まれたの」

「そっか……って、これ、どこに書けば……?」


 寄せ書き用の色紙を見ると既に様々なメッセージが書き込まれた後だった。

 真ん中のスペースだけがポッカリと残っている。


「その真ん中に書いて欲しいって。そこには書くなってみんなに言ってたから……一番書いて欲しかったんだと思う」

「へぇ……。分かりました。放課後になったら知恵ちゃんに渡せばいいですか?」

「ううん。また取りに来るよ」

「分かりました。ありがとうございます」


 岳は席へ戻ろうとすると無数の視線を感じた。クラスの男子生徒と複数の女子の視線が向けられている。

 内山がすぐに声を掛けた。


「それ何!?寄せ書きでしょ!?」

「まぁ……うん……。ここに書いてくれって」


 岳が色紙を見せると男子達の群れが出来上がった。

 内山が絶叫する。


「これ!一番大事な所じゃん!!」


 一同が拍手し、純が「ブラボー!」と叫びながら笑った。米田が「愛してますって書けよ!」と囃し立てる。岳は照れながら改めて色紙を眺める。

 どう見ても一番目立つ場所にスペースが空いている。


 岳が書いたのは他愛もないメッセージだった。


「いつも素敵でした。卒業してもそのままで頑張って下さい」


 書き直そうと思ったがマジックで書いてしまった為に修正は不可能だった。

 湧き上がってくる気持ちを抑え込むのも、そしてこのまま卒業を見送るのも、岳には我慢出来そうになかった。

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