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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
高校編
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ラッキー

岳が何気なく知恵に話した話題が切欠となり、二人の距離は急速に近付いていく。

 三年生の群れの中から振り返った知恵の姿を、岳は何度も反芻しながら教室へ向かった。

 華奢な身体は大きく手を振り、しなやかな髪が揺れていた。


「電話してね!」


 そう言い残して消えて行った知恵の姿に、岳は完全に心を奪われていた。


 文化祭の夢の後始末を待つ教室に入るなり、岳は今まで味わった事もないような喜びをすぐに純に打ち明けた。

 胸のうちから次々と溢れる幸福を押さえ込める程、16歳の岳は大人でも冷静でもいられなかった。

 満面の笑みを浮かべ、岳は散らかったままの教室を眺め回している純の肩を叩いた。


「おはよう。」

「おぉ、おはよ。お?何かいいことあったんかい?顔がやばいよ。」

「ははは。純君、これ。」


 岳は知恵から受け取った電話番号の書かれた紙を、わざとらしく純の顔の前でチラつかせた。

 純はそれを無言のまま奪おうとしたが、岳は瞬間移動のような速さでそれをポケットに仕舞う。


「がっちゃん!マジで?それってあの先輩の?」


 驚いた純の声は散らかった教室内に響き渡る。その声に反応した男子生徒が数人が集まる。

「あの人から番号、貰ったって。」と純が岳を指差しながら呆気なくネタをばらすと、内山と米田が岳の肩を叩いた。米田が目を丸くしている。


「おまえマジかよ!ちょっと待てよ、幾ら払った?まさかタダじゃねーだろな?」

「そんな事する訳ねーだろ。タダだし、今朝先輩からもらったんだよ。」


 そう澄まして言う岳に、すかさず批難の声が上がる。

 まず、内山がそっぽを向いた。


「ふざけんなよ!」


 米田が真顔で怒鳴る。


「おめーばっかズルいんだよ!」


 純が首を傾げながら言う。


「がっちゃん、今日の帰り事故るよ。」


 岳は「まぁまぁ」と宥めようとしたが、男子高校生における恋愛格差は大いに真面目で、個人の慈悲を失くす程の怒りの対象に成り得る。

 腕組したままの米田が何か思いついたように顔を上げると、嬉しそうに言った。


「そういえば……。あれじゃね?美人局とかなんじゃねーの?後からヤバイの出てくるって!」

「それはあるわ!あぁ、そっか!猪名川君が幾ら取られるか賭けようぜ!」

「がっちゃん、家まで取られなきゃいいけど。」


 三人がそう言いながら笑うと、岳は「馬鹿」と怒鳴った。

 しかし冷静になってみると、知り合ったばかりの知恵が岳に対してあっさりと番号を渡して来た理由が分からなかった。

 フランクな性格なのかもしれないし、一年生の岳と三年生の知恵では校内で話す機会も中々ないので先に番号を渡してくれたのかもしれない。

 岳は片付けに身が入らないほど考えを巡らした。


 岳は段ボールを捨てにゴミ捨て場へ純と向かう。急に明るい場所へ出た為か、純は秋晴れの空の下で顔を歪ませた。

 すると、ある女生徒が遠くの渡り廊下から「じゅーんじゅん!」と、声を掛けた。

 色が白く、細身で髪を茶色く染めた「白ギャル」だった。特徴的なルーズソックスが目に入る。

 純は両手が塞がっていたので声だけで「はーい。」と返事をした。

 手を振り続ける見覚えのないその女生徒の姿を確認すると、岳は純に尋ねた。


「今の誰?ってか「じゅんじゅん」って久しぶりに聞いたフレーズだな。杉下さん以来だわ。」

「あぁ、この前休み時間に教室に来てさ。「名前何?」って聞かれたんさ。そしたら懐かしい名前で呼ばれるようになった。」

「へぇ……。あの手のコはみんな純君を「じゅんじゅん」って呼ぶ運命なのかね……。っていうかさ、純君もよろしくやってんじゃん!何だよ!バラすかな。」

「いやいや!そういうんじゃないさ。たまに挨拶したり普通に会話してるだけだよ。」

「いきなり会ってセックスする恋愛なんかあるかよ。」

「違うって!マジで!」


 力いっぱいに段ボールをゴミ捨て場へ放り投げなると、岳は純をまじまじと見詰めた。

 どこか思い詰めたような顔で岳が呟く。


「今からとんでもない事言っていい?」

「何だい?」


 腰に手を当てて純が返す。何故か口が半開きだった。


「俺らって……もしかしてモテる方なんかな……?」


 その言葉に純は一瞬顔をしかめたが、腕組をするとにやけながら答えた。


「実は……まんざらでも無いんじゃないかな?」

「あー!なんか今の顔……。純君、絶対「俺の方がモテる」って思ってるでしょ?」

「思ってない思ってない!」

「どうかなぁ?まぁ、別にいいけどさぁ。」


 同じクラスのみならず、他のクラスでも純の事を知りたがる女子はそれなりにいる事を岳は知っていた。

 純は頭を掻きながら、取り繕うように岳に言う。


「がっちゃんさ。あの先輩、脈アリなんじゃない?じゃなかったら番号渡さないっしょ。」

「分からないよ?家まで取られるかもしんねーし。」

「それ言わんでくれる?」


 笑い合いながらも、中学時代にはこんな会話をした事がなかったと岳は思い返していた。

 いつでも異性から好かれるのは純の役目で、岳自身は異性から好かれる事は無縁のものとして考えていた。

 純は茜への想いを岳に隠し続けていた為に、岳が誰かを好きになって結ばれる事を密かに願っていた。

 高校に入ってから茜の話題が岳の口から出る事はなかったが、肩の荷がいつまでも下りないような、そんな感覚が常に付き纏っていた。


 文化祭の片付けが終わると、校内は再び日常の風景を取り戻した。

「いつも」と同じように、どの教室にも机が整然と並べられている。


 放課後。岳が純と米田と学食の入り口にある自動販売機でパックの珈琲を買って飲んでいると、米田に背中を思い切り叩かれた。その反動で珈琲が口から僅かに零れる。


「何だよ!袖に珈琲ついちゃったじゃん!」

「岳!ほら!見ろよ。」


 米田の向ける視線の先に目を向けると、ポケットに手を突っ込んだままこちらに歩いて来る知恵が見えた。


「純!俺達、教官室に用事あるんだったよな。行こうぜ。」

「あぁ。そうだった。早く行かないと石垣に殺されるからね。じゃあ。」


 二人はわざとらしくそう言うと、岳をその場に残して教官室へ向かい歩き出した。

 きっとそのまま自転車置き場へ抜けて帰るのだろう。

 取り残された岳の鼓動は激しく鳴り始める。あっという間に知恵は岳の目の前に姿を現した。

 知恵は微笑みながら手をあげる。


「やぁ。友達行っちゃったの?」


 岳は「あの……ええ……。」と妙に縮こまった返事をした。


 知恵が岳の持つパックの珈琲を指差す。


「ストロー齧ったでしょ?ストレス溜まってんだねぇ。」


 知恵の指摘にストローに目を移すと確かに齧った後がある。完全に無意識だった。


「本当だ。全然分からなかったっす。」

「深層心理っていうのはね、無意識に色んな所に現れるんだよ。それもそのひとつ。」

「へぇ……。詳しいんすね。そういうの好きなんですか?」

「ううん。ぜんっぜん!昨日テレビで観たの。たまたま今思い出して見てみたら猪名川君のストロー齧られてたから、今日の私はラッキーかもしれない。」

「ははは。先輩のラッキーになれてよかったっす。あぁ、全然関係ないけどSUPER CARのLUCKYって曲、凄く良いんですよ。」

「本当に関係ないね!君、やっぱり面白い!SUPER CAR、私凄く好きだよ。」


 意外な話で意気投合した岳と知恵はその場で音楽の話で盛り上がった。この出来事はまさにラッキーだった。

「続きはまた電話で夜に話そう。」

 と、その日はそのまま学校を後にした。知恵は生徒会の仕事が残っているらしかった。

 岳はこれほどまでに家に帰り、夜が訪れるのを待ち遠しいと思う日はなかった。

 知恵から貰った番号の書かれた紙を何度も眺めているうちに、自然と番号を暗記してしまっていた。


 夜、九時を回った辺りで電話を掛けるとすぐに電話に出た。二人は再び音楽の話で盛り上がる。知恵自身ギターを弾いていた経験もあり、意外な程に趣味が似通っていた。

 岳はすっかり緊張も解れ、思い切ってふと疑問に思っていた事を知恵に尋ねた。


「先輩。何で俺に番号くれたんですか?」

「え?ただ話したかったからだよ。文化祭のステージでバインの「羽根」歌うとか面白いなぁと思って。何か裏があるとでも?」


 知恵の答えに岳は思わず拍子抜けする。家は取られなくて済みそうだ。


「いや、こんな一年坊主に……。ありがたいですけど。」

「あー。自分の事「こんな」とか言うの禁止!猪名川君は素直過ぎて面白いよ。別に年下とも思ってないし。っていうか、先輩じゃなくって知恵でいいよ。」

「知恵……さん。」

「言い方が何か昭和!もっと楽な感じでいいのになぁ。本当面白いな。」


 電話口でけたけたと笑う知恵の声に、岳はひたすら赤面していた。

 その後も夜になると、岳と知恵はどちらともなく電話をした。

 趣味の話や周りの友人達の話、家庭の話題など互いの話を積み重ねるうちに、互いの人間性が徐々に明るみにされていった。

 知恵も岳も共通しているのは表面上は誰にでも好かれる自分を演じる事や、何が起きても冷静に見えるように取り繕う事が上手いのだが、腹の底では様々な事を溜め込んでいるという点だった。

 よって、知恵は事あるごとに「私達は腹黒いからね。」と言って笑う事が多かった。


 季節が吐く息が白くなる頃になると、岳は溜息の回数が増えていった。

 三月に卒業を控えた知恵と過ごせる時間は、そう長くはなかったのだ。

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