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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
高校編
55/183

恋は

 岳は予行練習の為、ギターを手にステージに上がる。

 アンプを通すとモニターの音がやや小さく、音響担当の三年の男子に声を掛ける。


「なんか、モニターの音、小さいんすけど。大きく出来ませんか?」

「これ、どこ弄れば良いんだろうか。これでもないし、ここか?違うな…」

「先輩。何してんすか?」


 ミキサーの操作に戸惑う三年に岳は苛立った。フェーダー上げて下さいと言ったものの、言葉の意味が伝わっていない様子だった。


「ごめん。実は俺…担当じゃないんだ。担当が遅れてて…。今来ると思うんだけど…」

「分かりました」


 岳は手持ち無沙汰になり、ステージの上から慌しく準備に追われる生徒達が右往左往する体育館を何気なく眺めていると、ポケットに手を突っ込んだまま悠然と歩いて来る女生徒に目が行った。

 しなやかなに揺れるミディアムカットに、くっきりした二重と薄い唇。白い肌。その女生徒に岳はハーフのような印象を受けた。

 岳と目が合うと、女生徒はステージの下から声を掛けた。


「お待たせ!一年生君。私が担当なんだよねぇ。今、上がるから」

「あの…」

「私は中澤 知恵。三年のお姉さん。音響担当でこれでも生徒会員。よろしくね」

「あ、はい。よろしくお願いします…」


 岳の前を過ぎるとはっきりとは気付かない程度に髪を茶色く染めている事に気付く。

 線の細い後姿に、岳は呆気なく眼を奪われた。


 音響のチェックが済むと岳は強引に音響室に入った。薄暗い部屋の中で知恵はミキサーを操作しながらメモを取っている。


「どうした?何か不備あったかな?」

「いや…。あの、先輩。俺、4組なんですけど」

「知ってるよ。プログラムに書いてあるもん」

「あの、文化祭…良かったらうちのクラスに遊び来て下さい。待ってますんで」

「ほーう。ナンパですな。根性あるね」


 知恵は腕組をしながら値踏みするように岳を眺めている。


「はい、あの。ナンパです」

「素直だね。分かった。行くかどうかは、当日のお楽しみに」

「待ってますから」


 岳は足取り軽く教室へ戻ると純と米田に今の出来事を興奮気味に伝えた。

 米田は岳の行動に若干引き気味だった。


「おまえ!どこの世界にいきなり三年の先輩ナンパする一年坊主がいるんだよ!」

「ここに居るよ」

「おまえ馬鹿だぁ…。変なのに聞かれてボコられてもしらねぇよ?」

「いや、生徒会だから大丈夫じゃないかな。分からないけど」

「本当アホだ…。この学校は女の方が強ぇんだからよ…」


 怪訝な表情の米田とは対照的に、純は嬉しそうににやけている。まるで新しい遊び道具を手にした少年のようだ。


「がっちゃん、その先輩ってどんな感じの人なんだい?」

「あのねぇ…あ、文化祭の当日に来るかもしれないから。それまで秘密にしとくわ」

「ははは!いいねぇ!誰かが一目惚れするのって初めて見たかもしれんわ」

「え?純君だって奈々ちゃん一目惚れだったんじゃない?」


 純は岳のふいの追求に思わず息を呑む。今更そのキーワードが出てくるとは思わなかったのだ。


「あぁ、いや。俺じゃなくなくてさ、誰か他の人がさ、うん」

「あぁ、そう。まぁ楽しみにしててよ」

「がっちゃん嬉しそうだなぁ!見てる俺が何だか照れ臭いわ」

「ははは」


 岳の先輩への恋心はあっという間にクラス中の男子達に伝わった。

 内山は「ひゅーひゅー!」と囃し立てたが、カップルになった訳ではないので岳は困惑した。


 文化祭当日、岳はステージに上がりGrapevineの「羽根」を熱唱した。

 マイナーな楽曲だったが自分の満足感のみを優先していた為に、他の生徒達の反応などはどうでも良かった。

 ステージの袖の裏で知恵が岳の肩を叩く。岳は思わず微笑んでしまう。


「カッコ良かったじゃん。やるな」

「ありがとうございます」

「また、後でね。はい!次準備してー!」


 また、後でね。その言葉に岳は感動を覚えステージを降りた。


 人がごった返す廊下で、米田と純と岳はひたすら知恵を待ち続けた。

 純が欠伸をしながら「来ないんかねぇ」と漏らす。岳は焦りを覚えながら「きっと忙しいんだよ」と素っ気無く答える。

 すると、石垣が三人に向かい声を張り上げた。


「おい!ボンクラ三人!ボサッとしてねぇでどっかで段ボール貰ってこいや!」

「いや、今は!」

「うるせぇ!行って来い!」

「そんな…」


 精気を失くす岳の前に、内山と嶋田が颯爽と現れた。嶋田の長い襟足が揺れる。


「先生!今はちょっと!俺らで行って来ますんで!」

「おめぇら変な悪巧みしてねぇだろうな!?」

「いや、違うんすよ…」

「まぁいいや!いいから行って来い!」

「はい!」


 そう言うと内山は岳にウィンクし、嶋田と共に人垣の中に消えて行った。

 米田が踵を返した石垣の背中を見つめながら言う。


「岳、危なかったなぁ。行ってる間に先輩来たら俺らじゃ分からないしよ」

「あぁ。やばかったね…変な汗掻いたわ…」


 純が岳の目を見ずに、やや早口で話し掛ける。


「がっちゃん、先輩って何人で来るとかって言ってた?」

「いや…分からないけど…」

「あれ、あの二人、そうじゃない?」


 純が向く方向に視線を移すと、人垣を掻き分けた細い身体が現れた。

 岳が何も言わずに目を丸くすると、米田と純がはしゃぎながら岳の肩を叩いた。


「何してんだよ!岳!早く行けよ!」

「がっちゃん!姫様の登場じゃないんかい!?ほら!いいなぁ!ちきしょう!」

「お…おう、行って来る」


 岳は喜びと緊張の為に震える身体を押さえながら飛び出した。


「やぁ!猪名川君。やって来たよ。こっちは私の友達の星野さん」


 ボブカットの大人しそうな女子が笑顔で頭を下げる。


「先輩、マジで来てくれたんすね」

「うん。来たよ。案内してよ」

「もちろん案内しますよ!」

「エスコート出来るかなぁ?よろしく頼んだよ」


 岳は知恵と星野を先導して教室へ向かう。

 模擬店を行っていた教室の入り口に立つと、純と米田が愛想良く現れた。

 二人共、知恵を凝視しているのがすぐに分かった。


「どうぞどうぞ!中へお入り下さい!」

「いやー、がっちゃんと待ってました。どうぞ」


 やたらと腰の低い二人に知恵は声を立てて笑う。


「今、凄いモテてる気分。何これ」


 純は先を行く岳の前に回り込み、囁いた。


「がっちゃん、いいじゃない。やるねぇ」

「いや、うん…。どうしよう。パニックだわ」

「楽しめばいいじゃん。仲良くなっちゃいなよ」

「おぉ…そう出来たら良いんだけど…」


 二人の間に知恵が割って入る。


「何話してんだよ!二人は仲良いんだ?」


 岳より先に純が答える。


「俺ら、同じ中学っす」

「なんか良いねぇ。二人は雰囲気似てるね。もう一人の子はちょっと違うけど」


 視線の先で米田が腕組をしながらにやついている。今度は岳が答えた。


「あいつは違う中学なんで」

「ふーん。まぁいいや。ホシも私も喉渇いてるし、何か飲もうかな。君、一緒に飲もうよ」


 純は知恵からの突然の誘いに照れ笑いを浮かべる。


「俺も、いいんすか?」

「うん。仲良くなろう」


 その後、4人はテーブルを囲んで出身中学や担任の話題など、他愛もない話で盛り上がった。

 特にキャラクターの強い石垣の話は全学年共通で盛り上がる。

 知恵と星野はそれからすぐに教室を出て行ったが、岳は満足そうな笑みを純に向けて浮かべていた。


「純君、ありがとよ」

「あの人優しいね。美人だしさ、なんか理科室とか似合いそう」

「あー、確かに、実験とかやらせたら良いかも…」

「がっちゃんが好きになる人って何か分かるなぁ。どっか脆いっつーか」

「そうかな?」

「うん」


 そう言いながら、純が思い浮かべていたのは茜の姿だった。

 明るく強いイメージがあるのに、何処か脆さを感じさせる姿に魅かれてしまう。


「あと何ヶ月かしたらあの人、卒業しちゃうんでしょ?」

「そうだね。あと少しだね」

「仲良くなるには今のうちだもんなぁ。何とかならんもんかな」


 純はまるで自分のことのように策を練り始める。知恵から誘われなかった米田は機嫌を損ねたのか、いつの間にか他所のクラスの出し物を見学しに行ってしまっていた。


「携帯の番号とか、がっちゃん知らないの?」

「あー…分からないね」

「石垣に頼んで用事があるとか何とか言ってさ、家の番号ゲット出来ないかな?」

「いきなり掛けるの?まずいんじゃねぇかな…」

「時間がないからさ。ガンガン行った方がいいと思うんだよなぁ」


 純はやたら嬉しそうにそう呟いた。


 翌朝。岳が下駄箱で内履きに履き替えて教室に向かうと背後から誰かが忍び寄る気配がした。

 振り向き様に肩を叩かれた。


「おはよう。猪名川君」

「あ!おはようございます!」


 知恵だった。


「今日も頑張ろうね」

「はい」


 そう言いながら知恵は岳を追い抜くと、岳の手に小さな紙を握らせた。

 その小さな紙には携帯電話の番号が書いてあった。


 岳が顔を上げると先を行く知恵が振り返り、手を振っていた。


「電話してね!」


 思わぬ出来事に岳は喜びを一切隠さずに手を振り返す。

 その時「有頂天」という言葉が脳裏に浮かんだ。

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