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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
高校編
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夏の風

 夏休みに入るとすぐに純と岳は内山達と長野へ旅行へ出掛けた。

 朝一番の八高線に乗り、八王子経由で長野へ向かう。


 途中の松本駅を過ぎると秩父太平洋セメントの貨物列車が停車しており、彼らは窓に張り付いて

「何故ここに見慣れた秩父線の貨物が?」

 という話になったが答えは出なかった。


 白馬へ付く頃には日も傾きかけており、一同はすぐにペンションへと向かった。

 純と岳は据え置かれたレンタル自転車に乗って夜の白馬を散策した。

 夏だというのに息が白くなる。その代わり、空に輝く星の数は埼玉とは比べ物にならないほどに美しかった。


「すっげーな!こんな星いっぱい見えるんだな。この星の全部が太陽なんだよな」

「しばれるけど気持ちいいや。空気が気持ち良い。あー、良いなぁ」

「埼玉みたいにクソの匂いもしないしね。星がすげー!」


 真上を見ながら運転していた為に、岳はペンション案内の看板に激突した。

 それを見て純は声を上げて笑う。

 澄んだ空気の中で二人の笑い声だけが遠くまで響いていた。


 翌日、スキーのジャンプ台を見て彼らは帰路についた。

 各駅停車の旅の為に時間の余裕は無く、これといった出来事は何一つ無かったがアルプスのそびえる外国のような景色と長閑な風景の連続に彼らは心を奪われた。

 そして、自分達だけで計画して旅行が出来た事に誇らしさと、ひとつ大人に近付いたような満足感を感じていた。


 旅行から帰ってすぐに純と岳は補習授業が待っていた。

「着替えるのが面倒臭い」

 という理由でプールの授業をサボり通した為に、純と岳は体育が赤点だった。


 石垣が二人にプール場の鍵を渡す。


「俺教官室で寝てっから。好きに泳いで来い。終わったら鍵掛けて俺に返せ。それで今日はチャラにしてやっから」


 純は目を丸くする。


「あの、先生。補習ってそんな感じでいいの?」

「だってよ、夏休みだぜ?正直な、俺も面倒臭ぇんだ。おめーらしかいねぇんだ。適当に泳いで終わりでいいよ」

「おぉ、ラッキー。がっちゃん、終わったらライフ行かない?」

「あぁ、いいね。あとアトム行きたい。欲しい本があるんよ」


 二人の会話を聞いていた石垣が呆れたような顔をする。


「おめーら……他に行く所ねぇんか?」


 その言葉を受け、待ってましたとばかりに岳が堂々と胸を張って答える。


「先生、俺達昨日まで長野に行ってたんすよ」

「あぁ!?長野ぉ!?土産は!?」

「無いっす」

「じゃあおめぇら走らすか」

「えぇ!?」


 純と岳の声が揃う。

 石垣が笑いながら煙草に火を点ける。


「嘘だ馬鹿!いいからさっさとプール行って来い」

「はい、行ってきます」


 ひと気の少ない渡り廊下を歩き、プールの施錠を解く。気温は30℃を軽々と超えていた。

 一昨日の長野の夜がまるで嘘だったかのような気温の差に、純は若干目眩を覚える。


 純が身体に水を掛けながら入水の準備をしていると、岳はそのままプールに勢い良く飛び込んだ。

 水が光を弾きながら跳ね上がる。


「純君!真っ直ぐ泳げてるか見てて!」


 純は返事の代わりにプールサイドからオッケーサインを送る。

 クロールで泳ぎ始めてすぐ、岳はコースを外れ始めた。

 15mを過ぎた辺りで岳は壁にぶつかった。

 泳ぎを止め、顔を上げるとプールの隣のテニスコートが目に入る。


「あれ!?」


 純を向くと笑いながら大きなバツ印を送っている。


「がっちゃん!酷すぎ!」

「いつからこんな外れてた!?」

「最初からー!」


 岳は一向に上手くならない泳ぎに苛立ちを覚え水面を叩いた。

 純は岳にアドバイスする。


「平泳ぎなら前見ながらイケるし、コース外さないんじゃない?」

「あー!そっか。やってみよう」


 アドバイスが効いたようで、岳はすぐに真っ直ぐ泳げるようになった。

 水に入った純は潜水を始めた。


 音のない真夏のプールは意外な程に心地良かった。二人はどちらが長く浮かんでいられるかを競争し始めた。


「うわ、太陽眩しい。太陽が痛いな」

「太陽がいったい」

「あれ。なんだっけ、それ?」

「光GENJIの「太陽がいっぱい」」

「純君、古いよ」


 岳がそう言うと、純は何故か嬉しそうに笑った。

 穏やかに、しかし蒸し暑い夏の風が吹く。


「純君さぁ、ヨッシー高校辞めたってよ」

「えー?そうなんかい。でも良かったんじゃない?」

「だよなぁ。この前会った時すっげー疲れてそうだったもんな」

「確かに。あー、静かでいいね。これは……」


 純と岳は夏前に良和と熊谷で会っていた。背が伸びた良和は何処か疲れてるような印象を受けたが、それでも三人は再会を喜び合った。


「ヨッシー引っ越してからもう一年なんだな」

「早いねぇ。なんか、色んな事が変わっていくなぁ。がっちゃんも変わったよ」


 長閑な口調でそう言った純の言葉に岳は動揺し、水に沈んだ。

 浮き上がり、純を見ると微笑みながら水に浮かんでいる。


「俺……変わった?」

「あぁ。がっちゃん自体は変わってないけどさ。バンドとか、周りがね……」

「そっか。まぁ、でも。俺は俺だよ」

「がっちゃん、今年は絵は描かないんかい?」

「出す所ないしね……。絵は音楽に変わったんだよ」

「あぁ……そういうことか……。良いなぁ。俺なんかさ、何も無くてさ。正直羨ましいなぁって思ってる」

「…………」


 岳は純の言葉に何も返す事が出来ずに、ただ、穏やかな表情で浮かぶ純を眺めている。

 そして心の中で何故か純に対して、申し訳なさのようなものを感じてしまった。

 しかし、その申し訳のなさは純に対しては余りに他人行儀だと思い、すぐに岳は気を取り直した。


 岳はプールサイドに上がるとビート板を手にし、再びプールに飛び込んだ。


「沈めぇ!」


 そう叫びながら純の腹にビート板を叩きつける。


「うわっ!やめー!おい!」


 そう叫びながら呆気なく水に沈んだ純を見て岳は笑う。起き上がった純は岳から逃れ、素早い動きでプールサイドに上がる。

 そして、ビート板を手にすると岳を目掛けて放り投げた。


「何かしなきゃいけない」


 と、思い詰めた訳でもなかったが、純はその後の夏休み中に原付の免許を取得した。

 JAZZをディールパーツアップした改造したバイクに乗ってベイシアの駐車場へ現れた純を見た時、佑太は驚嘆の声を上げた。


「これ、純のバイク?」

「あぁ。そうなんさ。親戚から売ってもらったんだけどね」

「だいぶ弄ってんじゃねーか!良いなぁ!純!乗らせてくれよ!」

「えー。嫌だよ」

「いいじゃん!な!?一回だけ!お願い!」

「じゃあ……まぁいいけど……」

「よっしゃー!行ってきまーっす!しゃあー!」


 佑太は上機嫌でJAZZに跨ると間もなく、コールを切り始めた。

 純からは見えない場所にいるのだが甲高い空ぶかしの音だけはハッキリと伝わる。


「近所迷惑じゃん……」


 純は困惑した表情を浮かべ、その音が無事に帰って来る事を祈った。

 満面の笑みで佑太とJAZZが帰って来る。


「佑太、コール切るのはヤバイから」

「いいじゃん!皆にバイク買ったっていうお知らせだよ!」

「本当勘弁してくれよ……。俺、足で使いたいだけなんさ」

「えー!そんなん勿体ねぇじゃん!」

「穏便に行きたいんさ、俺は」


 夕方の住宅街に響いたコール音。穏便に行きたいという純の真っ当な願いも虚しく、穏便には済まなかった。

 後日、コールを切ったおかげで純は地元の先輩達から呼び出しを受ける事となったのだ。

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