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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
高校編
52/183

オリジナル

 半ば強引に決まった二年生達とのバンド練習は、毎週末スタジオを借りて行われた。

 一年生の岳の目から見たギターやベースの機材は高校生にしてはかなり本格的なものだった。

 岳は不慣れな2ビートに苦戦していた。

 細身のボーカルの原が息を上げながら岳を見据える。


「甘いんだよ。練習してんのかよ」

「はい……まぁ……」

「まぁじゃねぇんだよ!こっちは必死なんだよ!全然モタってんじゃねーかよ!ふざけてんのかよ!」


 ギターの本間がチューニングを始める。金髪の髪が汗の為に顔に張り付いている。メーターをチェックしながら本間は呟く。


「悪いけど俺も同感だわ。遅すぎ。あと、隙間だらけ」


 ベースの市川も我慢していたように言葉を吐き出した。


「悪いけど、こんなんだったら本番はリズムマシンでやらせてもらうから。熱が足らないんだよ。本当に音楽好きなのかって言って良いほどだぜ」


 その言葉に岳は絶句した。「本番はリズムマシン」ドラマーとして、この言葉以上に痛烈なものは無かった。

 ライブイベントはテクノユニットと合同で、地元ではかなり有名なライブハウス「熊谷VOGUE」を借り切って行われるというものであった。

 多方面に宣伝してしまっている分、本番に自分が居ないステージを客席から見る屈辱には耐えられそうに無かった。

 岳は残りの時間を、余す事無くドラム練習に費やした。


 熊谷へ向かう為、男衾駅のベンチで佑太と純は腰を下ろして電車を待っていた。


「純。ライブってやっぱ迫力あんのかな?」

「がっちゃんのライブ、一回行ったんだけどスゲーんさ。腹にキック食らうっていうか、音が身体に響くんだよね。でも、今回はだいぶ悩んで練習してたみたいだけど」

「あぁ。全然遊ばなかったもんなぁ。練習ってそんな大事なんかな?才能あれば音楽って出来るもんなんじゃねーの?」

「さぁ……。まぁ本番を楽しみとしようよ」

「そうだな……」


 ライブ数日前の練習スタジオ。一曲目が終わると四人は目を見合わせた。


「すっげーキマッた!猪名川君すっげーな!君やっぱ天才だわ!」

「ちょっと、実力出しただけっす……。いや、嘘です。これです」


 岳が手を上げると、血豆が潰れた跡があちらこちらに出来ていた。

 授業中以外はスティックを常に離さず、練習に勤しんだ。放課後の部活でも暗くなって校内に誰も居なくなるまで練習に明け暮れた。家に帰ってから寝るまでも、Hi-Standardを聴きながらスティックを振り続けた。

 純や佑太と遊ぶ時間も減らし、生活の全てを練習一本に集中した。

 英語の歌詞は最後まで覚えられなかった。だが、コーラスの担当も無かったので困る事は無かった。


 休日の昼間。本番を迎えたライブハウスは学生や音楽好き達でごった返していた。満員を越した超満員の状態で、フロアへ続く階段にまで人が溢れていた。


 純と佑太は人と人の間を何とか潜り抜けてフロアへと入った。

 本番が始まる直前だった。

 流れていた音楽が止み、会場の照明が落ちる。


 一瞬の静けさの後、岳のカウントの後に爆音と照明が一気にステージから噴出す。フロアが揺れ、モッシュやダイブが巻き起こる。

 人が逆さまになる様子をステージから観るのには演奏中の岳も興奮を覚えた。

 波の様に動く人の群れに巻き込まれないように、佑太と純は後方で退避していたが、それでも人の波は押し寄せてきた。

 音が身体を突き刺し、揺らし、そして知らぬ間に身体を支配していった。


 大盛況のうちにライブが終わると、岳は上半身裸のままでライブハウスを抜け出し、建物の前の路上に寝転んだ。

 やり切ったという充実感を誰にも邪魔されたくなかった。

 しかし、それと同時に虚しさを感じていた。

 夏の曇り空を寝転びながら見上げていると足音が近付いて来る。

 純と佑太だった。


「お疲れ。マジ凄かった……。これ」


 佑太が差し出したのは冷えた水のペットボトルだった。何も言わずに、岳は一気に飲み干す。


「水うめぇ!はぁ……。ありがと。ライブどうだった?」

「マジで凄かったよ。もう、それしか言えないくらい。なぁ?純」

「正直ビビッたね。ドラム叩いてるのはがっちゃんなんだけど、なんだかがっちゃんじゃないみたいだった」

「そっか……。今日はありがと。悪い。楽屋戻るわ」


 そう言って足早に階段を駆け上がる岳を見送ると、佑太と純は熊谷駅に向けて歩き出した。


「なんかがっちゃんさぁ、最後素っ気無かったな」

「疲れてるっていうか、いつもと違う感じかな。苛々してたっていうか」

「なんで!?あんなに盛り上がってたじゃん!ダイブするヤツとか初めて見たぜ?」

「まぁ俺はがっちゃんじゃないから分からないけど……。本当は違う事したいんかもね」

「へ?どういう事?」

「自分の音楽をやりたいんじゃないかな。多分」

「ふぅん……。けど分かんねぇ!がっちゃんは高校になってから益々分かんねぇ!素直に喜べば良いのになぁ……」

「あれが素直なんじゃない?ていうか、素直ながっちゃんなんか見た事ないけどさ」

「素直ながっちゃんかぁ……それはそれで気持ち悪いわ」


 二人はそう言って笑った。熊谷駅前には向かわず、ダイエーのある方面へと歩く。

 目当てはダイエー前のゲームセンターだった。


「佑太。ゲーセン寄ってって良いかい?」

「あぁ。いいぜ。今ならゲーセンの音も小さく聴こえるしよ」


 岳は引き止められたものの打ち上げには参加せず、バンドメンバーに軽く挨拶しただけでライブハウスを後にした。

 ライブ中は我を忘れるほどの興奮を覚えたが、どうした事か終演した途端に生まれたのは苛立ちと喜びが同居する感情だった。それを自分でどう処理していいのかも分からず、ただただ違和感だけが残った状態で帰路についた。


 夜になると岳は純の部屋を訪れた。

 ファンタグレープを純に手渡す。岳の目は何か思いつめたものを感じる。


「がっちゃん、今日はお疲れ。打ち上げ行ったんかい?」

「いや、出なかった。あのさ……純君さ、悪いんだけどギター弾いてみてくんない?」

「え?どういう事?」

「そのクラシックギターで前に弾いてたCHISATOのソロだっけ?弾いてみてくんねぇかな」

「あぁ。まぁ、そんなんしか弾けないけど。それで良ければ」


 岳の要求の意図は不明瞭であったが、その目は至って真剣だった。

 純はギターを手にすると「サイバーローズ」という楽曲のソロ部分を弾いてみせた。

 その指の動きを岳は食い入るように見つめている。


「こんな感じだけど……これで良かったんかい?」

「あぁ。ありがと。もういいや、分かった」

「え?何が?」

「うん。ありがと。また来るわ」


 そう言うとそそくさと出て行ってしまった。思い詰めた岳の行動は誰にも予測不可能だった。

 純は首を傾げながらギターの解放弦を爪弾いた。Eのコードが部屋に響き「あっ」と声を漏らす。

 岳にギターの弦交換を頼もうと思っていた事を思い出したのだった。

 しかし、しばらくは頼めそうにない雰囲気だったので純はそのままギターを壁に立て掛けた。


 その夜から岳はギターを本格的に練習し始めた。

 コピーバンドの中でドラムを叩くだけでは、既に満足出来なくなっている自分が居た。

 そして、いつか純とバンドを組む事を密かに思い始めていた。

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