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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
高校編
51/183

群れ

「ちょ、ここってneedじゃないの?」

「違うよ?純君、使い方がそもそも間違ってるよ」

「えぇ!?何で?ハンバーガー食べたいのにさ、needじゃダメなんかい?」

「ダメって事はないけどそれはハンバーガーがどうしても必要って場合だけだよ。そんな状況ある?だから普通はwant toを使うんだよ」

「どっちも「欲しい」じゃないんかい?」

「だけど緊急性が違うんだよ」

「腹減ってんだからさ、緊急じゃないんかい?あー!分からん。無理」


 昼休み、北見は純の英語力の無さに苛立ちを覚えながらも熱心に純に英語を教えている。

 岳はドラムスコアを眺めながらスティックを太腿に打ち付けている。

 ピタリ、と手を止めると純と同じように匙を投げる。


「あー!速い!無理。誰か俺にドラム教えてくれよ!」

「えー?いないよ。他にいないから頼ってんじゃん」

「んー……。そうだけど……」

「頑張れよ貴重なドラマー君!」


 萩野の言葉に岳は押し黙り、ほんの少しの下心と共に再びスティックで太腿を叩き始める。

 北見と純は英語の基礎講座を完全に放棄し、映画の話で盛り上がり始めた。

 昼休みが終わろうとする頃、教室がどよめきに包まれた。一瞬にして立ち上がった生徒達が扉に群がる。

 岳が気が付くと、いつの間にか純もその群れの中に居た。何事かと思い、立ち上がったついでに純のノートを盗み見ると真っ白なページに「need」としか書かれていなかった。岳は鼻で笑う。

 群れの中から声がする。


「もう大丈夫なん?」

「全然大丈夫!皆、待ちくたびれたんじゃなーい!?おまったー!」


 その声に、岳の足は僅かな距離を無意識に駆け出した。

 少しやつれたようにも見えたが、群れの中心に見えたのは内山だった。

 いつもと変わらないテンションが、何故かかえって岳の不安を掻き立てた。


 すぐに午後の授業は始まり、放課後になると再び内山の周りに人の群れが出来た。

 それぞれ短い言葉を伝え、その場を離れて行く。

 純と岳は米田と三人で内山に声を掛けた。真っ先に声を掛けたのは同じ中学出身の米田だった。


「おい。もう落ち着いたのかよ」

「うん。家の中はだいぶね。葬式来てくれてサンキュー」

「あぁ。全然……。何もしてやれなくて悪かった」

「そういえば俺が帰った日さ、何してたの?」

「ナスの自転車分解してた」

「分解!?ははは!傑作!」


 米田はナスと呼ばれる生徒が分解された自転車の前で困り果て、立ち尽くす姿を見たのだったが内山の母の死を知った後だったので楽しむ余裕も無かった。

 米田に続き、純が声を掛ける。


「良かったらカラオケでも行かんかい?皆でさ」

「大賛成!ハッスルしたいぜ!」

「いいね。行こうか」


 その日は岳も部活には顔を出さずに「ビッグ・エコー」という地元のカラオケ屋に足を運んだ。

 同名の店舗はあるが、そことは完全に無関係のただの古びたカラオケボックスだ。

 内山が歌本を捲りながら大きなリモコンキーで入力したのは「ゆず」の夏色だった。

 声が裏返る程、全力で歌っている。いつもと同じように見えても、何処かに妙な力が入っているような印象を受ける。

 米田が得意の黒夢を鼻に掛かった声で歌っていると、内山が突然俯いたまま動かなくなった。

 純がメロンソーダを飲みながら「まっず!」と顔をしかめる。岳の歌う順番が回って来る。


「サマーソルジャー サニーデイサービス」


 と表示された画面に向け、岳は急いで演奏停止ボタンを押す。


「うっちー。どうしたん?」


 岳が声を掛けると、内山はかぶりを振った。内山は祈るようにして両手を組み、俯いたまま動かない。

 純と米田が顔を見合わせる。内山と同じソファーに座る岳は静かに内山の側に座り直した。

 泣き笑いのような声で内山が話し出す。


「俺……俺さ……普段、どんな感じだったっけ?俺、間違えてないかな……?」

「何がだよ。てかさ、悲しけりゃ悲しいまんまでも良いじゃん。うっちーが無理してんの、分かるよ」


 米田と純が揃って「そうだよ」と言う。その言葉に顔を上げた内山の表情は、涙に塗れていた。


「母ちゃんさ……。こんな早く死ぬって思わなかった……。医者が新しい薬あるからって……試してみたら延命出来るかもって……そう言ったのに……まだ早くても、半年も余命あったはずなのに……それなのにさぁ!」


 半年「も」。純は思わず息を飲んだ。米田が「酷いな。そんなの薬じゃねぇだろ」と言ったが、内山はそれには何も答えず続ける。


「だからさぁ!俺、何も準備出来てなかったんだよ!母ちゃん白馬が好きだって、昔行った事があって綺麗な所だったって……オリンピックの時にテレビで観て、もう一回行ってみたいって思ったって、そう言ってたから……。夏は暑くて大変だから、秋になったら母ちゃん連れてってやろうと思ってたのにさ……。何なんだよ!俺、何も出来なかったじゃねぇかよ!俺、本当に親不孝でさ……ちきしょう……。本当……。母ちゃん。ごめん……」


 それからしばらく、部屋の中は内山の泣き声だけが響いていた。岳はこんな時だからこそ歌で励まそうかとふと考えたものの、すぐに思いついたのが「おふくろさん」だったので想像の中で自分の頭を殴りつけた。


「だから……白馬だったんかい?」


 泣き声の合間を縫うように、純が静かに問い掛けた。内山は泣いたまま頷いた。


「だったらさ、行けばいいじゃん。皆でさ。うっちーのお母さんの分までさ。どうだい?」


 そう言うと純は照れ臭かったのか鼻の下を指で擦った。米田も岳も、純の提案に大きく頷いた。


「いいの……?俺のワガママみたいだけどさ……」

「いや、そんな事ないよ。俺も旅行とかしてみたいしさ」

「長野行けば方言喋る可愛い女の子が居るかもしれねぇよ。BOYS BEの小説版で女の子、長野弁喋ってたもん」

「なんだよそれ!」


 岳の言葉に内山は笑った。純は「あぁ。それは良いねぇ」と妄想を始めた様子だった。次第に話は脱線し、好きな人がいるかどうかという定番の話で盛り上がり始める。

 先程まで内山が泣いていた事すら、すぐに過去となった。まず、米田が真っ先に聞いたのは岳だった。


「岳は誰かいるの?ってかスケベそうだから絶対いるだろ?」

「好き!ってのは居ないよ。萩野さんが気になってたけど」


 岳は完全に萩野に好意を寄せる前に、一方的に萩野にフラれていた。

 それは、部室が空くまで自転車置き場で萩野と好きな音楽の話をしている時の事だった。


「ていうかね、私さぁ。がっちゃんの事、実は気になってたんだよね」


 ブレザーのポケットに手を突っ込んだまま、萩野は明るい声でそう告げた。暖かな陽射しを赤色の髪が弾いた。思わず岳の胸が高鳴る。


「マジ、で?」


 岳が震える寸前の唇で反射的に「俺も」と言おうとした、次の瞬間だった。


「でもさぁ、一緒にバンドやって、がっちゃんの訳分からないシュールな発言聞いてたらさ、コイツ頭おかしいわって思ってやーめた。だから仲良く音楽頑張ろう」

「何だよそれ!ひどくね!?わざわざ言わなくて良いんじゃね!?」

「じゃあさ……なんでこの前……学食のうどんの器、頭に乗せて廊下歩いてたん?」

「え?思いつきと……悟りを開こうかな、と思って……」

「そういうのが怖いの!訳分かんないんだもん」

「あっそ……」


 岳は学食でうどんを食べ終わると突然「私は、悟りを開くのです」と言いながら立ち上がり、空の器を頭に乗せ片手を上げながら廊下を練り歩いた。その行動は男子生徒には同級生、先輩問わずに大好評だった。

 しかし、それとは裏腹に女子生徒達からは不気味がられていた。


 その話を聞いて岳以外の三人は腹を抱えて笑い出した。


「だから岳はモテないんだよ!黙ってればそこそこ良い男だと思うぜ!?」

「いや、がっちゃん昔からこうなんさ!ほとんど病気だよ」

「猪名川君、俺の居ない間に笑い取るなんてズリーよ!ちきしょー!」

「笑ってもらえれば良いよ。俺の恋の実は発芽しないんだ」

「全然かっこよくねー!」


 純がそう言うと内山は声を上げて笑った。次に向けられた矛先は純だった。


「純はいねぇの?おまえモテそうじゃん」

「俺?俺はねぇ……」


 ふと一瞬、茜の顔が思い浮かぶ。中学を卒業して以来、連絡は取っていなかった。

「またね」と言った茜の最後の顔は時折、純の頭を無意識に過ぎる。


「俺は……松田さんかなぁ」


 純が名前を挙げたのはクラスの「清純派」で、リスのような印象を受ける目の大きなショートカットの女子だった。

 背の低い松田は学校帰りの集団の中ではより一層小さく見え、純はその姿に可愛らしさを感じていた。

 内山は腕組をし、大きく頷く。


「あぁ。良いかも!確かに、分かるわ。かーわいいっ!って感じだもん」

「あの子さ、キーホルダーがミッキーマウスとかじゃくてソニック・ザ・ヘッジホックのソニックなんさ。そのセンスがね、また良いんだよ」

「どうせおまえはマイナー系が好きなんだろ?自分がそうだからってよ」

「いや!これはセンスの問題じゃない?じゃあ米田君は誰なんだい?言ってくれよ」


 少しムキになった純に米田は自信なさげに答える。


「俺は……池上さん」


 その言葉に米田を除く全員が噴き出した。池上は同級生はもちろん、上級生からも人気があり、校内の男子生徒達がこぞってその姿を見に来るほどの学校のマドンナ的存在であった。

 純は手を叩きながら嬉しそうに笑っている。


「な、何がおかしいんだよ!」

「いやー!ないない!絶対無理っしょ!」

「ムカつくなテメー!」

「いやー、米田。無理だよ。米田、無理すぎて面白い」

「うっちーまで!何だよ!」


 内山は泣き腫らした後の顔で微笑んだ。


「皆良いなぁ。俺はさ……いないんだよなぁ」

「嘘つけよ!」


 米田の言葉にただ微笑んで、静かな動きでコーラを口にした。


「母ちゃん死んだばっかだし、今は考えらんないよ」

「そうか……そうだよな。悪かった」

「いーや!でも、俺は絶対この中で一番早く彼女を作るぜ!何故かって!?」

「聞いてねーし」


 米田の横槍を無視して内山は続ける。


「この中で一番明るいのはボクだからでーっす!」

「さっきまでガンガン泣いてたじゃねーかよ!」

「へへっ。だってさぁ、モテない息子見てるなんて、母ちゃんも辛いだろうしさ。もう死んでんのに、これ以上親不孝したくないしさ。毎日落ち込んでる俺なんて見たって母ちゃん困るだろうし。だから俺は頑張るぜ!」


 岳がその言葉に対し、石垣のモノマネでエールを送る。


「おう!おめぇ!大した顔してねぇんだ!頑張れよ!」

「うぉ……焦った……マジかと思ったわ……」


 思いつきでやったモノマネが余りに似ていた為、彼らの顔には緊張が走っていた。

 最後はラルクアンシエルの「flower」を純が早回しで歌い上げ、彼らはカラオケ屋を出た。


 翌日から内山は決して明るい素振りを無理にする事無く、徐々に普段通りの姿を取り戻していった。

 怪我の功名なのか、その少し儚げな表情と姿に魅かれる女子生徒も少なからず現れ始めた。


 ある日の体育の授業中、内山の提案で岳が石垣本人の目の前で石垣のモノマネをする事になった。

 岳は全力で拒否したが石垣が乗り気になってしまっていた。


「おもしれぇ!おめぇ!俺の前でやれんならやってみろ!」

「いやいや、さすがに……」

「うるせー!いいからやれ!」


 岳は冷や汗を掻きながらも立ち上がり、クラスメイト達に向けて石垣の声色を真似して言い放った。


「なんだおめぇら!ジジイみてぇな疲れた顔しやがって!全員グラウンド3周だぁ!」

「似てねぇじゃねーか!おめぇが3周だぁ!馬鹿野郎!」

「うっちー!」

「ごめんちゃーい!」


 岳はすっかり元の姿に戻った内山を、少し恨んだ。

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