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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
高校編
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暗転

 昨年まで見ていた馴染みのあった景色は、嬌声と若気の至りが作って見せた幻だったのかもしれない。

 そう思える程に、良和の目に映る景色は一変した。

「時代遅れ」と揶揄される程に厳しい校則の待ち受ける高校の校門を出ると、遠くにそびえる群馬の山々が目に映る。

 埼玉で見ていた山よりも輪郭が濃く、そしてその雄々しさは良和の心をいとも容易く萎縮させた。

 次第に良和の抱えた孤独は心を、自由を、そして生活を蝕んだ。


 岳は良和の声の落ち込みようにうろたえた。


「ヨッシー、大丈夫かよ。なんていうの?鬱病?みたいになってんじゃねーの?」

「みたい、じゃなくて実際そうだと思う」

「そっちでさ、誰か相談出来る友達とかいねぇの?」

「いるわけねーじゃん。友達も出来ないのにさ」

「そっか……」

「この前さ、校外学習で山行ったんよ。頂上で蕎麦作った」

「へぇ……。楽しそうじゃん」

「誰とも喋らなかった」

「そっか……。あのさ……」


 岳は堪らず、最後の切り札とも思える言葉を良和に渡した。

 今の良和の状況を考えると、後に無責任と罵られようと知った事では無かった。


「学校、辞めちゃえば?」

「そうすっかな……」


 中学時代は誰からも好かれ、自由奔放と言った印象の良和でさえ、見知らぬ土地ではその持ち味は通用しなかった。いや、発揮する機会さえ無かった。

 岳は自らの持ち味を一切発揮出来ない良和の状況を悔しく思うと同時に、他の中学メンバー達の顔を思い浮かべていた。


 明くる日、純は廊下を歩いていると尻に衝撃が走るのを感じ飛び上がった。思わず「ひゃ!」と小さな叫び声を上げる。


「はははは!純君!面白ぇ!!ひゃ、だって!カンチョーだよ!」

「おい。無言でやるの、やめてくれよ」


 屈託なく笑う内山に純は呆れた顔で言葉を返す。

 内山は笑顔のまま純の肩に手を置いた。


「純君。俺と一緒に、ひと夏の冒険しないかい?」

「はぁ?」

「いやいや、そこは食いついてよぉ!」

「ひと夏のとか……言い方がさ、ホモみたいじゃない?」

「その噂はもう無いから大丈夫だって!」

()()?もう何か違う噂でも出てんの?女子が多い学校ってやーね。噂ばっかでさ」

「いいから仕切り直してもう一度!俺と一緒に冒険しようぜ!」

「どんなだい?」

「夏休みさ、長野の白馬に皆で泊まり行かない?」

「へぇ……いいね。誰と行く?」

「俺と、米田でしょ、あと猪名川君誘いたいんだけど」

「がっちゃん、忙しいんじゃないかい?」

「バンドあるもんなぁ……。くぅー!まーったくアイツは面倒臭ぇなぁ!はっはっはぁ!」

「まだ誘ってないじゃん」


 二人が笑い合っていると校内放送で内山の名前が呼ばれた。怒気を孕んだような重たい石垣の声だった。至急、職員室に来るように、との事だった。


「やばー……俺、何かしたっけ?」

「何か悪さしたんかい?」

「この前地元の奴とさ、その辺にあった自転車のサドルぶっこ抜いてブロッコリー差して逃げたんだよね。わざわざブロッコリー買ってさぁ。バレたかぁ……」

「ははは!あんたアホだ!何してんさ!」

「まぁいいや。正々堂々怒られに行って来るわ!石垣にぶん殴られたら顔、整形しなきゃなぁ。じゃ、白馬の件よろしく!」

「あぁ、オッケー」


 純は内山の背中を見送ると白馬旅行の話を米田と岳にしようとしたのだが、二人の姿は何処にも見当たらなかった。


「岳、見張っててくれよ?俺はマジでやる時やるヤツだからよ」

「分かった、付き合うよ」


 米田は高校に入った途端に不良めいた風貌になったという、同じ中学の同級生の自転車を探し回っていた。

 その手にはレンチやスパナ等の工具が数本握られている。


「お、あったあった。こういうハンパに調子くれてるヤツには制裁くわえないと。ムカつくんだよ、あぁいうハンパなの。大人しかったクセによ」

「こいつの自転車に何すんの?」

「あ?自転車を分解して放置。これっきゃないだろ!」

「えぇ?ムカつくだけでそこまですんの……?」


 引き気味の岳を置いてけぼりに、工具を扱う事が好きだと言う米田は慣れた手つきで自転車を見る見るうちに分解していく。

 ハンドルが取り外され。タイヤを外し横たえる。ブレーキやギアやチェーンがまばらに地面に置かれる。米田の横顔は実に楽しげで、今にも鼻歌を歌いだしそうな様子だ。

 岳が手伝うまでもなく、ものの数分で自転車は組み立て前のプラモデルのような状態になった。

 米田はまるで自分の携わった仕事を眺める職人のように晴れ晴れとした表情を浮かべ、地面に転がる自転車パーツを眺めている。


「あー!スッキリしたぜ!これ、笑えるだろ?」

「確かに面白いわ。組み立ててから乗って帰って下さいってか。これってプラモみたいにイケんの?」

「道具なきゃ無理無理。俺、道具はちゃんと持って帰るから」

「極悪人だな」

「お母さーん!迎え来てー!ってよ。放課後電話する事になるぜ」


 その時、二人は背中に誰かが迫る気配を感じた。咄嗟に自転車置き場の陰に身を隠す。しかし、その気配の正体は見回りの教師ではなく内山だった。


「うっちー……!これ見てくれよ。笑えるぜ」


 米田が目と鼻の先を横切る内山に小声でそう囁いたが、内山は無視して足早に去っていった。一瞬だけ見えた内山の横顔は完全に精気を失くしており、完全に別人のように見えた。


「なんだよアイツ。うんこでも漏らしたんじゃね?」


 そう文句を言いながら、分解自転車をインスタントカメラで撮影する米田を見て、余りの用意周到さに隣に居る岳は驚愕を覚えていた。

 次の授業前に教室に戻ると、男子生徒達が固まりを作っていた。皆一様に表情が曇っている。クラス内の男子で唯一「優等生」と呼ばれる北見が二人に駆け寄る。

 普段大人しい坊ちゃん刈の風貌に見合わないほど、北見の目には強い意志が感じられた。


「ちょっとさぁ、二人とも、どこ行ってたんだよ」

「あぁ、フケてただけだよ。何?何かあったん?」

「内山のお母さん、亡くなったって」

「なんで……そんな急に……?」


 米田と岳は揃って絶句した。

 内山の母は今朝まで容態が安定していたのだが、昼前に急変しそのまま亡くなったとの事だった。


「新しい薬始めるみたいでさ、かなり効果が期待出来るらしいんだよね」


 ほんの少し前、そう言って笑っていた内山の顔が目に浮かぶ。


「母の死」という高校生には早過ぎる訪れに対し、どうしていいのか誰にも分からないといった空気が教室には漂っていた。

 純は岳に静かに声を掛けた。


「俺らさ……なんて声掛ければ良いんかさ」

「何てって……。うん。分からない。けど、悲しいって事は分かる」

「だったら、そっとしといてあげるんが良いんかさ。夏休みにさ、長野に行こうって話してたんさ。さっきまで……」

「そうなん?」

「あぁ。がっちゃんも誘いたいって」

「もちろん、行くよ」

「うん。そうしよう。あとさ、母親の話題とかあまりしない方が良いんかさ?」

「わざと、は良くないよな」


 二人の会話を発端に、気付くと再び男子生徒の固まりが出来上がっていた。


 生徒達の無意識な不安を察知したのか、翌日のホームルームで石垣が良く響く声を轟かせた。


「おめぇらな!知ってるヤツばっかだろうから言うけどな、内山の母ちゃんが死んだ!」


「死んだ」ときっぱり言い切る石垣に生徒達は強さを感じ、何故か安堵を覚えた。


「こん中でも何人かは葬儀にも出るだろ。言っとくけどな、親は大体早く死ぬもんだ。俺もそうだった。早く生まれたからには早く死ぬのは当然だよな。高校生だとな、親が死ぬんはちっとばっか早いがな。でもな、そんなん分かっててもな!親が死ぬってのはこれでもかってぐらい悲しいんだ!」


 岳も純も、石垣の言葉に無言で頷く。誰もが茶化す事無く、真剣に聞き入っている。


「だからな、そういう意味では内山は誰よりも大人だ。でも、悲しみはある。戻って来たら支えてやれとは言わねぇ。おめぇらガキには無理だ。でもな、良い友達で居てやれ。ガキにはガキにしか出来ねぇ事がある。いいな!」


 生徒達は皆、無言で頷いた。力と意思の篭った頷きだった。


「おい!分かったふりしてどうせこの後パチンコ行くんだろ!?なぁ嶋田!」


 名指しされた嶋田が慌てて首を横に振った。


「い、行かないっすよ!」

「嘘言え!おい!出たら店と台、教えろ!」

「はい!」

「はいじゃねぇだろ!おめぇは馬鹿か!」


 教室は一時の笑いに包まれた。

 知らぬ間に解けた緊張と共に、誰もが大人になって行く上で避けて通れない道の厳しさを学んだ。

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