遠い電話
初ライブを大成功させた岳。
喜びも束の間、次なる誘いが岳を待っていた。
そして、久しぶりの良和の声色は酷く疲れていた。
ゴールデンウィークに萩野と岳、そして他校の生徒により結成された「ディストラクションズ」のライブが神川町のホールで行われた。
当日は純と米田、他数名のクラスメイトが応援に駆けつけた。
他校のバンドも入り混じってのイベントだった為に会場は若々しい熱気に包まれていた。
岳のカウントでジュディマリの「Blue Tears」が始まる。
速いビートのこの曲を叩くのが岳にとっては心地良かった。ベースと音の歩調を合わせながら、曲は順調に進んでいく。萩野の声もいつより張りがある。
曲が終わると会場から「YUKIちゃーん!」と声が飛ぶ。萩野はまんざらでもなさそうに会場に向かい手を振っている。
続いて「散歩道」「小さな頃から」とナンバーが続き「クジラ12号」、そして最後は「そばかす」で演奏を終えた。
盛大な拍手を浴びながらステージを去る。ライブは大成功を収め、楽屋に帰ると四人で抱き締め合い、喜びを分かち合った。
エントランスで岳の姿を見つけた純と米田は走り、そして岳の肩を掴んだ。
キャップを斜めに被った米田が興奮気味に話す。
「すっげーな岳!マジでカッコよかったぜ!ドラムの音ってあんなに腹に響くんだな!」
純も興奮気味に話し掛ける。
「凄かったなぁ!バンドいいなぁ!ちきしょう!俺もあんな風に弾けたらなぁ。あと、萩野さん可愛かったぁ」
「な!?可愛かったよな!?パンツ見えそうだったしよ、最高だよ!」
「そう!動くと見えそうなんだけど見えないんさ。それがまたさ、たまらんのよ!がっちゃん練習中とか見えんの?」
「ドラムなんだから見える訳ねぇだろ」
「あ、そっか」
「純、オメー馬鹿かよ!」
米田は岳と純の名前を下の名前で呼び捨てにする。そして、少し「俺様」のような所もあるが何故か佑太に近いものがあると岳と純は感じていた。
「岳、この後はどうする?打ち上げとかあんの?」
「まだ分からないんだけど…………」
その時、金髪の二人組が岳達の輪へ近づいて来るのが見えた。
一人は鼻が高く整った顔立ちをしていて、もう一人は強面で鼻ピアスをしている。
「こいつ?」
「あぁ、間違いない。見た事あるし」
二人は岳を確かめると「話がある」とその場から少し離れたベンチへ連れ出した。
純と米田は肘で突き合ったが追い掛ける事はしなかった。
ベンチに腰を下ろすと鼻の高い金髪が岳の肩を掴んだ。
「うちのリーダーに言われてね。すまないけど、ちょっと付き合って欲しい。俺、本間」
「はい…………?」
事情の飲み込めない岳が眉を潜める。本間は続ける。
「実は俺ら同じ高校なんだぜ?しかも同じ部活」
「そうっすか…………。それで…………?」
「まぁまぁ…………。いっちゃん」
「あぁ」
いっちゃんと呼ばれた鼻ピアスが「急にごめん」と頭を下げる。
「実はさ、この夏にデカいイベント控えてて、うちのバンドでドラム叩いて欲しいんだわ」
「俺…………にですか?」
「うん」
「他に先輩居ますよね…………?」
「あぁ、あいつら下手だし。それにビジュアル系ばっかだから話になんねーんだわ」
「そうですか…………」
「ハイスタ知ってるっしょ?」
「あぁ、はい」
純に教えてもらって以来、岳は時折ブラフマンなどと併せて聴いていた。
「ハイスタやろうぜ!一緒にさ」
「えぇ!?あんな速いのっすか?」
「君なら叩ける。大丈夫」
「てな訳で決定!」
「マジっすか?」
「マジだよ」
この強引な勧誘のすぐ近くで、純と米田は呑気に夕飯の相談をし合っていた。
「やっぱガスト?」
「ガストはなぁ。純、そういえば男衾って何かないの?」
「えっ…………。何もないなぁ…………。駅前に「こんちゃん」っていう謎の焼肉屋ならあるけど…………」
「何それ。もっとメジャーな店ないのかよ」
「ないね」
岳は次のバンドの練習スケジュールを確認すると同時に、早速打ち合わせに入った。
ギタリストやベーシストは幾らでもいたがドラマーは少ない為、とにかく需要が多かった。
結局打ち上げにも純達とも合流する事無く、岳はHi-standardを聴きながら八高線と東上線を乗り継いで帰宅した。
帰宅すると、岳のすぐ上の兄がビデオテープを片手に出迎えた。
「今日はお疲れさん。ビデオ撮っといたよ」
「え…………マジで?」
テープを再生すると、そこには如何にも不機嫌そうな顔でドラムを叩く岳の姿が映し出された。
「えー…………俺こんな顔して叩いてたんだ」
「それより手の振りが大き過ぎだろ。もっと抑えて叩けよ」
「うん…………」
「あと、このボーカルの子可愛いよな。紹介してよ」
「嫌だよ」
映像は最初のうちこそ岳をメインに撮られたものであったが中盤から後半は画面の殆どを萩野が占めていた。
当然だが、パンツは見えなかった。
ゴールデンウィーク中、岳は慣れない2ビートの練習に追われていた。
その間、純は久しぶりに佑太と会い池袋へ遊びへ出ていた。都会を歩いているうちに人混みの中へ紛れる感覚が、純は好きだった。都会ならその他大勢の中へ、自分が入って行ける。
男衾では道を歩いているだけでも目立ってしまう。
純は目当てのトランスコンチネンツのショップへ入ると、佑太の存在を忘れたかのように真っ先に鞄のコーナーへ足を運んだ。佑太が純を追い掛ける。
真剣に鞄を眺める純に佑太が声を掛けた。
「純さぁ、高校どうよ?」
「どうっていうか、まぁ楽しいよ。あ、この色いいな…………」
「がっちゃん元気してるん?」
「ん?あぁ。この前ライブ行ったんさ」
「誰の?」
「え?がっちゃんの」
「がっちゃんのライブ!?マジかよ純!何で言わねぇんだよ!」
「忘れてた。あ。これ、あんまり入らないのか…………」
「まったくオメーはよ…………。ヨッシーも元気してんのかな」
「そういえば…………。そうだね」
岳が部屋で練習の休憩の合間にSUPER CARを聴いていると母から呼びだされた。良和からの電話だった。
「おい。ヨッシーか?久しぶり」
「あぁ…………。久しぶり…………」
中学三年にして親に翻弄された人生を送るその声は、岳の予想を遥かに超える暗さだった。
「どうしたん…………?暗いで」
「もうさ…………疲れちゃってさ…………」
「何が?」
「高校がひでぇ…………。もう行きたくねぇ…………」
良和は酷く疲れた声で最近の近況を岳に知らせた。入学した高校の校則があまりに厳しく、学校へ行くのが苦痛で仕方ないとの事であった。
男子は坊主が基本。女子は化粧厳禁。無論、スカート丈は膝下。髪も縛る事が徹底されており、男女は校内で話してはならず、話す際は学校側の許可を得てから「談話室」内で教師立会いの上、会話する事。等。
机も全て男子と女子で完全に離されているのだという。
岳は自分の置かれている環境と比べ絶望的な気分になった。髪を染めていようが私服だろうが特に厳しい指導はない。ヤマンバギャルも校内のあちこちに見受けられ、週末になるとローライダーの車が列をなして女生徒を迎えにやってくる。
桜沢駅の下では先輩が後輩にパー券を売るように迫る隠れ家になっていて、校門を一歩出れば誰彼構わず煙草を吹かしている。
性欲が人の二、三倍強い良和にとって拘禁生活のような校内のルールはきっと苦しいものがあるだろうと岳は感じた。
誰も頼りのない同級生達に囲まれ、学校側のルールを強制させられ過ごす事は絶望に等しかった。
純と佑太は帰りの電車で良和の思い出話に華を咲かせていた。
「オナニーしてチンコの皮切れたって言ってたなぁ」
「あったあった!あとさ、ヨッシーん家にあった洋物のエロビデオ。あれは笑ったなぁ。何でセックスすると赤ランプが作動すんだよってさぁ」
「黒人が覗いてる奴だろ!最高だったなぁ。あいつのセンスは最高だよ。群馬でもきっとエロの英雄になってるぜ」
「あぁ。絶対間違いないね」
二人はまだ良和の声の暗さを知らずに居た。




