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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
高校編
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ヤンキー

誰かの普通は誰かの特別。

そんな事を知った、高校一年の春。

 朝、岳が教室へ入ると同時に頭の後ろに手を組んだままの古谷が困った様な顔をしながらひとりごちた。


「ハチガタって……この辺のどこ……?」


 その言葉に純がすぐさま反応し、地元の男衾の隣だと伝える。そして「何で?」と尋ねると古谷は剃り込みの入った額を撫でながら話し出した。


「いやぁ。親に勘当されちゃって……しばらく女ん家から通う事になったんだよ。今日帰りにそこに行くんだけど。久しぶり過ぎて道忘れちまってさ」

「そりゃすげぇ……。女って、彼女かい?」


 興味津々、と言った様子で純が尋ねる。しかし、古谷は顔の前で小さく手を振った。


「いや。祖母ちゃん」

「何だよ。残念だ」

「純君……それちょっと酷いぜ……」


 平謝りした純は放課後に古谷を祖父母宅まで道案内をする約束をした。


 純だけでは細かい道案内までは不安だったので、岳と三人で鉢形へ向かう。

 玉淀大橋を渡り切った信号で古谷は「あぁー!」と叫んだ。

 どうやら祖父母宅までの道程を思い出したらしかった。

 高校からはそれ程遠くない距離の為、歩きでも通学出来る距離だ。

 せっかくだからこのまま遊びたい、と古谷が言った為、セブンイレブンで買い物をして三人で岳の家へと向かった。


「俺さ、家を追い出されたんには理由があるんだよね」


 妙に静かな古谷の口調に岳と純は黙って頷き、耳を傾ける。


「俺……地元で族に入っててさ、その族がヤー公とガッツリ絡んでて、それ知ったらソッコー嫌になって……頭に辞めるって言ったんだよ。したらさ、アイツら俺ん家に嫌がらせするみたいに毎晩家の周りバイクで走ったり、脅迫文とかポストに入れたりし出してさ。そしたら親が両方ともブチキレて、出てけって話になってよ……」

「それ……辞めるって言ったんだから古谷君悪くないんじゃ……」

「いやさ、純君。そんな簡単には辞められないんだわ。親もそういうの分かってるから勘当されたんだと思うんだけどさ」

「ちなみに……マジで辞めるって言う時はどうしたら辞められるの?」

「リンチにされるしかない。そんで、ずっと地元にいる限り先輩にヘーコラしながら生きていかなきゃいけない」

「何それ……」

「本当……何それだよな。何で入っちまったんだろ……」

「引越しちゃえば?」


 純の言葉に古谷は何かを堪えるような表情を浮かべる。


「そしたら……オトコじゃねぇだろ……」

「俺らしょっちゅう逃げてたよ。ねぇ?がっちゃん」

「うん。向き合って勝てないって分かるなら疲れる勝負しない。疲れるから」

「えぇ……何それ……」


 古谷は呆れたような声を漏らしたが、すぐに「そっか……」と妙に納得したような表情になった。

 岳の家に着き、部屋でギターを弾いたり漫画を読んだりしているとインターフォンが鳴った。

 岳が階下へ降りて玄関を開けると、そこに立っていたのは「喧嘩魔人」こと小木だった。


「お、おぉ!がっちゃん!悪い。服貸してくんね?」

「あぁ……いいけど、どしたん?」

「お、女とよ!デートする事になったんだよ。マジ、ヤリてぇからさ」

「そっか……。まぁ上がりなよ」

「おう」


 玄関に並んだローファーに小木は視線を落としながら部屋に向かう。

 部屋に入るとすぐに小木は古谷を睨んだ。


「んだ、テメー。誰だよ」

「あ?」

「やめろよ。こいつ、うちのクラスの古谷君。こいつ、同級生の小木」

「やんのかコラ。おい」

「やめろって。座れよ。服貸さねーぞ」


 小木は服の事を忘れ、好戦的になっている。しかし、場数を踏んでいる古谷は怯む気配を見せない。

 純は険悪なムードの二人に構う様子もなく「珍遊記」を見て腹を抱えて笑っている。


「おまえ、どこ?」

「上里だよ。ていうか、ちゃんと名前呼べよ。さっき猪名川君から聞いたろうがよ」

「あ?俺は小木だよ。古谷?」

「あぁ。俺は古谷」

「喧嘩すんの?」

「たまにね」

「いいじゃん!強そうだな、おい」


 二人は険悪な空気から一変し、好きなバイクや共通の知人の話題で盛り始めた。純は相変わらず一人で笑っていた為、岳は暇を持て余しギターを弾き始める。

 小木が服を借りて部屋から出ると古谷が静かに笑った。


「なんかさぁ……。普通って良いよな」


 岳はギターを弾く手を止める。


「どういう事?」

「いつ誰かに何されるかわかんねーってさ、そう思いながらビクビク毎晩過ごしたり、パー券売るために地元の後輩ボコボコにしたりさ、そういうのと関係ない毎日って、羨ましいよ」

「そうなりゃ良いじゃん。俺らとか、うっちーとか、米田みたいなさ」


 そう言いながらも内山の顔が浮かぶ。内山が家に帰れば「普通」じゃない環境が待ち受けているのだった。

 古谷はパックのイチゴ牛乳を飲み干すと、自信なさげに呟いた。


「今さらなれっかな……。こうやって普通の友達と遊んだりすんのさ、小学校以来かも」


 その言葉に純は笑いを収めた。そして静かに語り掛ける。


「俺なんか剣道やっても長続きしないようなペーペーだったんさ。それでもそれを馬鹿にする奴は中学の集まりにはいなかったし、こうやって集まったりして喋ってるだけでも楽しいんさ。だからさ……。なんていうかさ、また遊ぼうよ」

「俺と……また、遊んでくれるん?」

「特別な事なんか何もせんけどね。当然」


 純の言葉に岳も頷く。


「マジ……ありがとな」


 岳の家を出ると三人で鉢形まで戻り、そして別れた。

 春めいた暖かな風は夕方になっても穏やかだった。紫色の空の下、小さな菜の花畑を眺めながら純が間延びした声で言う。


「俺らもさぁ、あんな高校だし……いつかチームとか族とか入るんかさ?」

「俺は嫌だよ。バンドの方が改造バイクよりデケー音出るし」

「ははは!そうか。俺さ、実はバイク乗りたいんさ」

「へぇ!それは初耳」

「なんか、気持ち良さそうじゃない?まぁ、乗ったことないから知らんけどさ」

「純君がこうしたいって言うの珍しいし、そうすれば良いよ。きっと気持ち良いよ」

「がっちゃんバンドやってるじゃん?なんかさ、俺もなんかしなきゃって思ってさ……」

「刺激になってくれてたら嬉しいけど。うん」

「そろそろライブやるんかい?」

「ゴールデンウィークに決定!」

「お、そいつは観に行かなきゃな」


 紫から黒に変わる空を眺めながら、少しずつ変わって行く環境を確かめ合うように、二人はゆっくりと帰った。


 その翌週。

 あちこち痣だらけで顔面をパンパンに腫らした古谷が教室に現れた。


「ど、どうしたん!?」


 岳と純の声が揃う。古谷は「へへ」と照れ臭そうに笑ったようだった。何せ、顔が腫れ過ぎていて表情が読み取れない。


「辞めれたよ!ボッコボコにされたけど、もう大丈夫!」

「そ……それは良かった……」


 岳がそう言うと満足そうにまた笑ったようだった。


「俺さ、これで普通になったからさ。高校辞めて職人になろうと思う」

「えぇ!?」

「うん。職人になるわ」

「えぇ!?」


 二人が驚嘆しているうちに古谷は「てな訳で」と教室を跡にし、再び教室に戻って来る事は無かった。

 しかし、その姿はとても軽やかで希望に満ち溢れているように感じられた。

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