春への旅
ホモ疑惑をかけられた純と岳。
友達を増やす事を互いの指針とし、高校生活を送ると…
萩野に促され、岳は古びたドラムスローンに座ると、機材の周りをぐるりと取り囲むように座る一年生の視線を一気に浴びる。
緊張しながら、スネアの上に置かれっぱなしだったスティックを手にする。
塚本と根岸の演奏する「マリオネット」の音の隙間を伺い、二人の演奏に合わせるようにスネアを叩く。
三人の目線と呼吸がピタリと合う。演奏は途切れる事無く、続く。
純は興奮しながらその様子を眺めている。周りの一年生達が三人の演奏に目を奪われている間、純は誇らしげな気持ちを抱いていた。
演奏が途切れ、塚本が岳の肩を叩く。
「君、すげーな!さっきの先輩より全然上手いじゃん!名前は?」
「猪名川」
「俺、塚本。こいつは」
「俺は根岸。猪名川君?だっけ。やるな」
「ありがとう」
「明日から三人でやろうぜ!良いドラマーが見つかったわ」
三人で演奏曲のやり取りをして、岳は純と萩野の間に座る。純が「おいおい」と岳に向かい笑い掛ける。
「がっちゃん、いつからあんな叩けるようになったん?全然知らなかった」
「いや、ずっと前からだよ。ドラムセットはないけど練習だけはずっと続けてた」
「へぇ!マジかい。バンドですぐに実践出来るとか、羨ましいわ」
萩野が興奮気味に岳の腕を掴む。その距離は相変わらず近かった。
「ちょっと!がっちゃん何で言わなかったん!?めっちゃ叩けるんじゃん!」
「めっちゃ、でもないけど……」
「私のバンドに入ってよ。地元でジュディマリのコピバンやってるけど、ドラムがいないんよ」
「ジュディマリか……まぁ、良いよ。全然、嬉しい」
岳は萩野の細い手足に目を奪われながら、二つ返事をした。その日、岳はドラマーとして二つのバンドに加入する事になった。
放課後、純を後ろに乗せて自転車で帰っていると純が「がっちゃんさ」と改まった口調になった。桜沢駅前の急坂を下りながら、ブレーキを掛けながら純の声に振り返る。
「何?」
「がっちゃん、萩野さんタイプっしょ?」
「え!?なんで!?」
「わっかりやす!カーブ投げれんタイプよね」
「まぁ……うん。まぁ……そうね」
「バレバレすぎっしょ。あー、おかしい」
そう言いながら純は楽しそうに笑っている。苛立った岳がそのはらいせに急ハンドルを切って純を驚かせた。
放課後になると岳と純は教室に残り、いつも下らない話をして盛り上がっていた。部活に行っても上級生が居るため、すぐには楽器に触る事が出来ないのだ。
そこへ萩野とその中学の同級生の北野がやって来た。萩野が岳の隣の席に座る。
「がっちゃん、純君。話があるんだけど……」
「あの……私も……」
二人の目から何か特別な意思があるように感じ、岳と純は黙り込む。萩野が北野に「私が聞こうか?」と言うと、北野は黙って頷いた。
「あのさ、がっちゃんと純君て……「ホモ」なの?」
その質問に岳と純はしばらくの間固まり、そして盛大に笑った。
「はははは!何で俺らが!?」
「冗談きっついなぁ。俺ら、他に友達いないだけなんさ」
萩野と北野は安堵の溜息を漏らしながら「良かった」と呟いた。北野はガムを取り出すと、噛み始めながら話し始めた。ブルーベリーの香りがほんの少し、空気を染める。
「女子の間で話題になってたんだよね。二人ともいっつも一緒にいるしさ、話したくても何だか近寄れない空気あるって」
純は宙を眺めながら「あー」と頷く。
「俺らそんな風に見られてたんかぁ。がっちゃん、どうする?明日から会ったら喧嘩でもしようか」
「痴話喧嘩って言われんじゃん?」
岳の言葉に三人は笑い合う。萩野が岳に尋ねる。
「ねぇ、本当にホモじゃないよね?ホモのドラマーでもうちのバンドは全然良いけどさ……」
「だからホモじゃねぇって!」
岳を見据えたまま北野が丸い目を見開き、尋ねる。
「彼女とか欲しくないの?」
「特に……考えてないけど」
「ふぅん……」
北野はつまらなそうに岳から目線を外すと、次に純が答えた。
「俺はいらんかなぁ。あればいいけどね、出会いとかそういうの」
「純君てさ、散々やり散らかしたんじゃない?だから真面目なフリしてるだけでしょ?」
「うわ!失礼だなぁ。まだ何も知らないんさ、俺は」
「絶対裏でやってるよ、この人」
そう言いながら萩野は純の肩を叩く。純は何も答えない代わりに疲れたような顔で微笑んでみせた。
岳と純はその帰り、ホモ疑惑が広まらないうちに「周りの男友達を増やす」という事を今後の指針とする事にした。
翌日からは早々に内山こと「うっちー」、米田と4人で行動するようになった。そこへ他の男子達も混ざるようになり、クラスの男子達は分け隔てない付き合いをするようになった。
いつも明るい印象の内山が小便をしながら、岳と純に何の気なしに呟いた。
「俺んちさぁ、母ちゃんがずっと入院してるんだ。いつ死ぬかも分からないんだけどさ」
「え……マジかよ」
岳は静かにそう言うと、内山を見る。笑っている。どんな時も内山は笑みを絶やさない。
「だからさ、楽しい事が俺は好き。すっげー好き!尊敬する人はナイナイのオカムラー!ヤッピー!マンゲハロー!」
「うるせーよ!」
個室の中からヤンキー古谷が吠えた。しかし、内山は怯まない。
「あれー?ふるやん煙草ー!?」
「ちげー!うんこだよ!うるせー!」
「うんこー!?頑張れー!」
「うっちー!ぶっ殺すかんな!」
そのやり取りに岳と純は声を揃えて笑い合う。「死」はあまりに遠く、ずっと未来になってもきっと想像すら出来ないものだと、その頃は誰もが思っていた。
だからこそ、母親の「死」の存在を身近に感じながら生きる内山の笑顔は、いつでも力強いものとして映っていた。それが弱さや脆さとは、誰も思いもしなかった。
担任石垣の圧倒的な存在感を前に、誰かがリーダーでも仕切り役でもない4組の男子達には自由を謳歌する空気が流れている。
初めての数学小テストで0点を叩き出した岳と純、そして古谷は三人で解答用紙を片手に揃って万歳をした。そのままの流れで彼らはいつも冷静沈着な襟足の長いヤンキー2号の嶋田の机に向かう。
古谷が嬉しそうに嶋田の肩を叩く。
「おい!嶋田君もどうせ赤点だろ!点数見せろよ!」
無言のまま差し出された点数欄には「95」の数字。三人は驚愕し、声を失った。
嶋田が答案用紙を伏せると静かに呟く。
「馬鹿じゃヤンキー務まらねぇ。ここだよ、ここ」
そう言いながら嶋田は自らの頭を指差して見せた。
三人は「はい」としか言えず、自分達の出来の悪さを笑うしか無かった。
ただ、笑う事で全てを掻き消せるのは中学までだったのだと気付くと、笑う回数は眉間に皺を寄せる回数へと変わっていった。




