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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
高校編
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強烈な担任

強烈なインパクトを与える石垣の登場にクラスは静まり返る。そして、部活見学へと向かった岳と純。

塚本の弾くギターを前に、二人は呆気に取られてしまう。

 あまりに強烈な担任・石垣の登場に4組は静まり返った。

 巨体だが、肥えた体型というよりは肉の塊を思わせる体型だ。

 出席簿を教卓に叩きつけるようにして置く。


「今日はな、入学式すっから。明日は健康診断な。しばらくしたら授業だ。おい!そこの、髪赤い女!」

「は……はい!?」


 突然指名された髪の赤い女子は、声が上擦ってしまっている。


「オメーだ!おい!名前は!?」

「あ、は、はい。あの、え?私……?」

「オメーだっつってんだからオメーしかいねぇだろ!」


 石垣は笑いながらそう声を張り上げたが、教室内の緊張が緩和される様子は微塵もない。


「はっ、はい!」

「名前は!?」

「は、萩野です!」

「おう。萩野!オメーどっから来た!?」

「美里です」

「田舎だな!そんな頭だと目立つだろ!」

「まぁ、はい……」

「ここも田舎だから目立つぞ!美里は近い(ちけぇ)から自転車か!?」

「は、はい」

「おう!なら今日気を付けて帰れ!で、また気を付けて来いよ!」

「は、はい!」

「他の奴らもだぞ!ボサッと聞いてんじゃねぇぞ!」

「はい!」


 石垣の迫力に押され、無意識に声が揃う。

 次に指名されたのはいつかの襟足の長いヤンキー少年だった。


「おい!何なんだおめぇ!?何年前の不良だぁ!?」

「あぁ!?」


 ヤンキー少年は凄んでみせたが、甘かった。

 石垣は足を机の上へ投げ出したままのヤンキー少年の席へと近寄る。

 そして、顔と顔がくっつきそうな距離になってから急に怒声を上げた。


「あぁぁぁぁあ!?だとコラァ!!」


 教室を振るわせるほどの石垣の威圧はいとも簡単に、少年の面子を潰して見せた。

 勝負は一瞬だった。



「いや、先生、そんな……」

「足下ろせ馬鹿野郎!!」

「はい……」


「まるで調教師だ」と純はその様子を眺めている。


「名前は?オメーはどこの田舎ヤンキーだ?」

「俺は古谷っす。上里っす」

「おぉ、遠くからご苦労さん。しっかし、おめぇ今時そんな襟足ねぇだろ!?今時は皆髪染めたりパーマしたりして粋がるもんなんじゃねぇのか!?」

「いや、自分はこれなんで」

「おう!ナメネコか!上里は時代が止まってんだな!よし!おめぇはどうした!?ネクラか!?」


 次に指名されたのは純だった。純は慌てて首を横に振った。


「お坊ちゃんみてぇだな!名前は!?」

「あ、新川」

「下はぁ!?下ぁ!!」

「じゅ、純です!」

「純か!北の国からか!どこの国からだ!?」

「ぐ、群馬……」

「群馬ぁ!?学区外だろ!」

「あ、いや。男衾です」

「男衾!出たな!男衾はな、ロクな奴がいねぇ!これは有名だ」


 教室を見回すと失笑が起き、数名の生徒が頷いている。

 純達の代より上の世代は素行が悪く、さらにその前の世代になると、とても手が付けられない不良ばかり集まる地域として男衾は有名だったのだ。

 石垣は続ける。


「有名だけど、ここでは話は別だ!どっから来てようが関係ねぇ!皆、寄居高校の生徒だ!」


 生徒達は石垣の言葉に無言で頷く。


「俺は面倒臭ぇ事、細々言わねぇ!面倒臭ぇからな!ただ最低限のルールは守れ!それが何だかはテメーらで考えろ。いいな!」

「はい!」


 支離滅裂とも思われる石垣の言葉だったが、それは生徒達を信頼するという言葉の裏返しでもあった。

 と、思わせる事に見事成功していた。

 しかし、面倒臭いとは言いながらも石垣は非常に面倒見が良く、生徒に慕われていた。


 数日後、健康診断に全て引っ掛かった岳は石垣に「病気」とあだ名を付けられた。


 高校生活が始まってから岳と純が気付いた事があった。二年生や三年生の生徒達の風貌は誰が見ても「高校生」らしからぬ風貌だった。金髪に髭。アッシュカラーの者も居る。ほぼ私服の生徒も見受けられる。

 最初のうちは恐怖心を覚えていたが、校内で暴力沙汰が行われているという話は一切聞かなかった。

 皆、良い意味で上下関係に無関心だったのだ。


 部活を見学しに行こうという話になり、岳と純は「ギター部」へと足を運んだ。

 校内の隅に立てられた二階建ての「合宿所」を、夏季以外はそのままギター部として借りている。


 合宿所に近づくとアンプから出された爆音が耳を刺す。

 ドアの前で立ち尽くし、入ろうかどうか岳と純が相談し合っていると背の高い女子が声を掛けてきた。

 赤い髪のショートヘア。萩野だった。


「純君とがっちゃんだ!覚えたよ!中、入れば?」


 純が遠慮がちに言う。


「いいんかな?大丈夫?」

「皆良い人ばっかりだから大丈夫だよ。入りなよ」

「じゃ、じゃあ……」


 二人は萩野に促されながら部室へと入る。畳敷きの20畳ほどのスペース。ベースとギターの爆音が腹の底に響く。二年生達が演奏していて、その周りを一年生達が正座しながら眺めている。

 どの生徒も髪を逆立てたり染めたりしている。

 純と岳も並んで正座する。

 足元を見ると高価なエフェクター類が並んでいた。

 部屋には廊下へ続く古びた木製のドアがあり、その隙間からは常時煙草の匂いが漏れてくる。


 演奏が止むとマッシュルームカットで金髪頭の目の大きな二年生がベースを置き、チェックの赤いコートを羽織った。帰り支度をしながら誰に向けてでもなく話し始める。


「この部室で使っていいのはマイク、アンプ、ドラム、アリアのギター、あとフェルナンデスのベース。エフェクターはBOSSのマルチ。ベースも同じ。弦は部費で買う。楽器の持ち込みはオッケー。置いて行くなら使われても、盗まれても良いって場合だけね。あと、俺達の楽器とか盗んだら必ず見つけて殺す。以上」


 鼻の高い金髪痩身のドラマーが立ち上がり、汗を拭く。同じく帰り支度を始めながら話し出す。


「鍵は最後に残った奴が事務所に返す。借りる時も事務所。煙草と電気の消し忘れだけはないように。吸うなら廊下の向こうの風呂場で。分かった?」


 周りを囲んでいた生徒達が頷く。二年生はもう帰るようだった。髪を逆立てた男子が声を掛けた。


「あの……先輩達は……?」


 マッシュルームが振り返る。


「セックスが忙しいから帰るよ。あと好きに使っていいよ、じゃあね」


 ドアが閉まると皆足を崩し、楽器には触れずに話し始めた。

 純はエフェクターを指差す。


「がっちゃん、あれ、何?」

「あぁ、あれはエフェクターつって、ギターとかベースの音を変える機械」

「ほぉ……凄いな。誰か……ギター弾いてくれんかな……」


 誰も楽器を触ろうとしない中、髪を逆立てた男子がギターを手にした。

 歪んだ音がアンプから放たれた。


「上手いな」


 純は思わず声を漏らす。もう一人、背の高い顔立ちの整ったボブカットの男子がベースを手にした。

 二人は息を合わせたように何かを演奏し始めた。


 BOOWYの「マリオネット」だった。あちこちから「上手い」と囁く声が漏れる。

 萩野が岳に声を掛ける。爆音の為に話す距離が近く、赤い髪が鼻に当たりそうになる。


「あの二人は私と同じ中学なんだよね。ギターは塚本でベースは根岸っていうの。ずっとバンドやっててさ。私も一応ベースやってるけど、全然上手くならないんよ」

「萩野さんはバンドやってんの?」

「ドラム探してる!あの二人もそう!がっちゃん何かやってん?」

「一応、ドラムなら叩けると思う。ギターは全然」


 塚本は身体を音に乗せると、表情までもギターに合わせ始めた。

 心底気持ちよさそうにギターを弾いていて、そしてギターの音も楽しげに聴こえた。

 そんな風に楽器を弾く姿を見るのは、テレビの他には生まれて初めての出来事であった。


「がっちゃん、叩いてよ」


 気が付くと萩野は岳のブレザーの袖を掴んでいる。


「マジで……?」


 純は悪戯そうな笑みを浮かべながら、萩野に掴まれた岳の袖を眺めている。

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