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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
中学時代
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またね

卒業式の日。茜が純にある事実を告げる。彼ら、彼女らと過ごした中学生活を振り返る。

いつもと同じ「またね。」それでも、いつもと違う「またね。」

何の実感もないままに過ぎた季節は、本当の終わりを迎える。

 中学校最後のざわめきの群れから離れた廊下の隅。茜は階段の途中で純を見上げながら立ち止まっている。

 純は何処か落ち着かない様子で、手の平を制服のズボンで拭ったりしている。

 二人の目線が合ったまま、純が言葉を繋ごうとすると背後から佑太の声が飛んでくる。


「純!どこにいるー!?一緒に帰ろうぜー!純-!」


 その声に純は振り返ったが、茜は純を見上げたまま微笑んだ。


「外、行こうよ」


 純は佑太の声を振り切ろうと、茜と共に階段を駆け下りる。下駄箱で靴に履き替え、裏庭を歩く。佑太の声はもう聞こえてこない。

 二人は意味もなく笑い合う。


「何だかんだあったけど、今日で最後だね。楽しかったなぁ」

「あぁ。俺もさ、楽しかった」

「純君、部活はぜーんぜん、出なかったけどね」

「ははは。それはすまんかったけどさ……」


 頭上の窓際で、岳が善雄と「ロックンローラー!」と叫ぶ声が届く。茜が立ち止まる。


「がっちゃんかぁ、最後はあまり話せなかったな。中二の頃は特に楽しかったなぁ。純君が引っ越してきた時も面白かったよ。純君、マセガキみたいで」

「そんなにマセてたかなぁ?でも、転校先が良いクラスで良かった」

「がっちゃんと、佑太と、三馬鹿トリオやってたもんね。今もだね」

「うん。あのさぁ……」

「何?最後の悩み相談なら聞くよ。今ならタダだよ?」

「無料キャンペーンかい。ならさ、聞いて欲しいっていうか、聞きたいんだけどさ」

「もしかしてだけど……もういっか。多分、聞きたい事分かってるよ」

「え?」


 目を少し見開いた純から目線を外し、茜は胸につかえていたものを吐き出すように、一息に喋った。


「この前純君にバレたかなって思ってたし、多分バレてるだろうから言う。もういっその事、言うわ。ごめん。特に隠してたわけじゃないんだけど、後から「やっぱり」とか言われたらとか考えてヒヤヒヤするのってやっぱ疲れるし、そんなにタフなメンタルでもないから言わせて」

「何が……?」


 純は茜を見る。三月の陽射しは茜の髪を茶色に柔らかに、描く。純は唇が乾いて行き、頬が硬直するのを何とか抑えようとする。

 春を感じさせる陽気とは裏腹に、身体の芯が冷えて行くのを感じていた。


「純君。この前いなくなっちゃうみたいだ、って言ってたの、合ってる。黙ってて、ごめん」

「は?それは……どういうこと?」

「高校に入ったらさ、私ね、引っ越すんだ。もうすぐ男衾から居なくなるの。苗字も変わる。あー、言えたぁ!あー、スッキリした」


 茜は安堵の溜息を吐いたが、純は茜の言葉に混乱し始めていた。

 スッキリした、と茜は言ったがどこか寂しげな表情に本音では強がっているようにも思えた。


「どういう事?だって……高校は深谷なんでしょ?男衾から通えないの?」

「ううん……家の都合でね。だから、中学の付き合いは中学でおしまい。これからは新天地で、新しい生活になるの」

「そっか。でもさ、凄く離れる訳じゃないんでしょ?」

「うーん……自転車だったら遠いかな」

「俺さ、夏休みになったらバイク取ろうかと思ってるんさ、それならさ」

「ううん、無理しなくていいよ。大体、純君にバイクは危な過ぎるでしょ」

「いや、ちょっとさ、嘘みたいじゃない。引っ越すなんて、急にさ」

「私は私の新しい生き方で頑張るから。純君も頑張んなよ」

「そうだけどさ……おしまいって事はないじゃない」

「ううん。お願いだから分かって」

「いや、でもさ……分かってって、そんな、急に言うなよ……」

「お願い。私ね、その為に色んな準備してきたんだよ。親同士が仲悪いって、マジ悲惨。笑っちゃうけど、上川にも「アルバムの名前どうする?」とか心配掛けてたし。普通さ、わざわざ変えないよね?本当、上川おかしいよ。誰とも被らないように高校選ぶのだって大変だったんだから」

「でもさ、そんなさ……だからって終わりって事ないじゃん。だってさ、森下は森下じゃないんかい?」

「私は私だよ。だから何も変わらないよ。だけど、環境は変えたい。純君が心配しなくても大丈夫だよ!」


 茜はそう言うと屈託なく笑った。純の目にはそんな茜が酷く遠くにいるように感じられた。いや、遠退いて行くのを感じていた。

 突き放されたような、頼りにされていない事を痛感させられるような、そんな気持ちになっていた。


「卒業だよ!ほら、奈々ちゃんに告白したの?どうせまだしてないんでしょ?時間なくなるよ?」

「いやぁさ……その、違うんさ。俺さ」

「世話焼くのも今日でおしまい!もう後の事は自分で頑張りなさいよ。ほら、早くしないと!」

「あのさ、あのさ……」

「…………」


 茜は無言のまま青い空を見上げた。最後の景色をその目に焼き付けているようだった。

 純は言葉が纏まらず、喉が締まって行くのを堪えようと必死になっていた。

 何とか声を振り絞る。


「あのさ……森下、色々、二年間ありがとう」

「本当だよ!全く。でも、楽しかったからオッケー」

「引っ越してもさ、頑張ってよ」

「純君に言われなくたって私は頑張るわ!」

「うん……そうだね、森下はさ、頑張るよな。きっと、そうだよな」


 ようやく搾り出した言葉の拙さに、純は泣きそうになる。それ以上に隣で純の言葉を受け止め続ける茜の優しさに、耐え切れそうにも無かった。


 毎日の放課後が、当たり前のようにこの校舎の中はあった。岳がだるそうに壁に背をもたれ、床に座り込んでいる。笑いながら言う

「あんま馬鹿だと死ぬぜ?だって、馬鹿は信号の意味も分からないからな」

 その側では佑太がバレーボールを黒板に向けて投げるけている。

「ジャストミーット!」と甲高い嬌声が上がる。

 高梨と猿渡が安全ピンをコンセントに差し込む。破裂音が響き渡り、驚き、腰を抜かす。音に神経質な岳は怒っている。それを見て笑う。高梨が女子のスカートを被り、猿渡が真似をしようとする。すると、それを一切無視しながら良和が漫画を持って教室に現れる。自作の漫画を岳に見せている。次第に二人のふざけ合いが始まる。セロハンテープを顔面につけて意味の分からない言葉を吐きながら、佑太を追い掛けている。ひたすらそれを見て、笑う。誰もが純の反応を伺っている。笑いが起こらないと彼らはやっけになって悪ふざけをエスカレートさせて行く。腹の底から笑いが生まれる。

 しかし、純はそんな放課後の教室で彼らとは別の声を待っている。


 廊下から足音が聞こえてくる。警戒心の強い小型犬のように、純はその足音に機敏に反応する。佑太が「ヤバイ!」と叫ぶ。


 道着姿の茜が教室に入って来る。鼓動が高鳴る。


「純君!またサボってる!ほら!立って!」と叫ぶ。


 待っていた声が放たれ、純は嫌そうにしながらも思わず微笑んでしまう。

 弟を叱りつけるように茜は怒鳴る。純の手を握り、教室から連れ出して行く。


 光が目に入る。視界が白くなる。安らかな、優しい光だ。


 まるで、全てが夢だったように、遠くなって行く。

 そして、声が消えて行く。


 目の前にいる制服姿の茜は、微笑んでいる。


「純君」

「うん……」

「本当、楽しかった。ありがとね」

「うん。いや、俺、なんか……いや、うん……」

「もう行こっか。佑太が泣いちゃうよ」


 茜が校内に向けて歩き出す。歩きながら、振り返る。


「純君。男衾、好き?」


 その質問に、純は力を振り絞り、懸命に答える。


「あぁ、好きだね」


 茜は笑う。


「私も、好きだわ」


 そう言った茜は微かに泣いているように見えた。咄嗟に純は言葉を掛けようとしたが、すぐに言葉を引っ込めた。

 茜は階段を子供のように駆け上がると、純に振り向いた。


「純君、またね」

「あぁ。元気で」


 茜は笑顔を純に向けると、そのまま嬌声の群れの中に姿を消した。


 学校から最後に皆に渡されたのは「勿忘草」という花の苗だった。

 卒業証書と花の苗を抱えた集団が校門から次々に吐き出されて行く。


 純は寂しい気持ちを隠しながら、佑太と岳の待つ教室へ向かう。その時、後輩の女子から声を掛けられた。


「新川先輩……あの……二年の堀口って言います……あの……先輩の第二ボタン……貰えませんか?」


 痩せ型で目の大きなその女子は胸の前に手を置き、純に懇願した。その後ろに同じグループと思われる女子数名の姿があった。

 純は無感動のまま、ボタンを引きちぎると無造作に手渡した。


「どうぞ」

「やぁっ……!ありがとうございます!二年の堀口です!ずっと大事にします!ありがとうございます!」


 純の第二ボタンを大切そうに握りながら、女生徒はグループの中へと戻って行く。たちまち、悲鳴のような嬌声が上がる。グループの女子が純を値踏みするような目で眺める。深く頭を下げると、その女生徒は立ち去った。


 佑太と岳が待つ教室へ入ると、純は佑太に卒業証書の入った筒で頭を叩かれた。


「おっせー!散々探したぜ!」

「いやー、すまんね」

「あぁ!こいつ!第二ボタンがねぇ!」


 高梨が「マジかよ!テメーふざけんなよ!」と純の肩を叩く。純は「いやいや」と笑う。


 猿渡を交え、最後の下校を共にする。高梨が第二ボタンの無い純を非難し続けている。学校近くの小さな川に差し掛かると高梨が勢い良く制服を脱いでみせた。


「こんなボタンが全部残った制服なんか、おふくろに見せられっかよ!いらねぇんだよ!」


 そう叫ぶなり、川に制服を投げ捨てた。岳と佑太は「慶ちゃんが悪い」と笑う。

 いつも通りに、下らない馬鹿話をしながら昼間の空の下を彼らは歩く。

 まるでこれが最後だということを、最後まで実感しないままに。


 純の家の前に到着すると、全員が輪になり黙り込んだ。互いに目配せし合うが適当な言葉が生まれない。

 猿渡が意味もなく笑う。

 佑太は「いやぁ……」と繰り返し呟いている。

 すると、岳が突然「これにて解散!」と叫んだ。

 純は「えぇ!?」と声を上げる。佑太がすかさず「良和が帰ってきてねぇじゃん!」と叫ぶ。

 岳は「そうだった。忘れてた」と悪びれた様子も無く返す。

 そしてまた、無言になる。

 俯いたまま、佑太が「行くか!」と皆を促す。佑太が率先して言う。


「じゃあ、またな」

「あぁ。また」


 純はそう返したが、会おうと思えばすぐに会える所にいるはずの「またな」はいつもと少し違って聞こえた。


 小さくなって行く彼らの後姿を見送っていると、見えなくなる寸前で佑太と岳が片手を挙げた。

 見えないはずの彼らに、純も、手を振った。


 彼らは、卒業した。

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