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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
中学時代
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卒業

高校合格を果たし、ついに卒業式を迎えた岳、純、佑太。

中学最後の日に茜を呼び止めた純。

「明日は受験本番っすよ!勉強してねー!」


 放課後。佑太はそう叫ぶなり自転車のペダルを逆回転し始める。純と岳は佑太の言葉を無視し、珍しく単語長を開いている。

 いくら地元の馬鹿高校と呼ばれる高校でも最低限の点数だけは確保しようとここ二週間程は純も岳も必死になって受験勉強に勤しんでいた。


「受験終わったらアホみてーに遊ぼうぜ!約束な!約束!」

「あぁ」


 軽くあしらうように返事をする純の首を佑太がくすぐる。驚いた純が単語帳を落としたがすぐに拾い上げる。

 岳は二人をまるで無視したまま、片手運転で熱心に単語帳を捲っている。


「つっまんねぇんだよー!あー!」


 そう叫んだ佑太と、純といつ別れたのかも曖昧なまま、自宅へ着くと岳は机に向かった。それは純も同じだった。

 そしてついに受験当日を迎えた。



 試験の行われる教室に向かうと頭の禿げ上がった担当が一番前の机の生徒に何やら注意していた。


「君!机の上から足を下ろしなさい!受験させませんよ!」

「あぁ!?うっせーよ!テメーみてぇなペーペーにそんな権利ねーだろ。ぶっ殺すぞ!」

「もういい!君の学校へ後で連絡します。では皆さん、必要なもの以外は全てしまって下さい!」

「ちっ」


 先頭の生徒は襟足を伸ばした見るからに「ヤンキー」という風貌の生徒だった。テスト用紙を配る瞬間に純が顔を盗み見ると、眉毛が無かった。


 岳も純も試験自体に不安は無かった。問題は集団面接で上手く話せるかどうかであった。純は部活で「剣道部です」と答えると高校側の反応が良く、話が弾み純は胸を撫で下ろした。

 怒りながらも純を部活へと強制連行していたいつかの茜に心中感謝していた。


「うちの高校はスポーツマンシップが足らないところがあるからね。君は高校でも剣道を続けてくれるのかな?」

「はい。そのつもりです」


 その嘘はすらり、と純の口から飛び出した。

 問題は岳だった。


「君は……絵が得意のようだけど……部活が、これは何ですか?この……文化活動部というのは……」


 岳は薄ら笑いを浮かべ答える。


「そのままですよ。文化的な活動です。職員室の前にある水槽を掃除したりとか。文化っすね」


 教師達、そして同時に面接を受けている生徒から失笑が起きる。


「君は高校に入ったら何がしたいですか?」

「はい。バンドやりたいです。ギターとドラムどっちか、です」

「そうですか……はい……じゃあ次の方」


 集団面接でどうこうなる事はあまりないと担当の伊達から聞かされていた為、岳は言いたい事をそのまま言って面接を終わらせた。

 試験を全て終えた帰り道、受験者のヤンキー率の高さを岳と純は笑いながら語り合った。


 そして合格発表当日。特に何の心配もしないまま岳と純は寄居高校へ向かった。

 万が一にも落ちたら茜に馬鹿にされる、という純の心配以外不安要素は何も無かった。

 合否の確認を終えた集団が反対側を集団で歩いている。

 その中に居た岳のクラスメイトの男子が岳と純に気付き手を上げた。


「二人とも受かってるよ!見といた!」

「おー、マジか。サンキュー!」


 岳と純はその目で合否を知る前に、こうして自分達が高校生になる実感を迎えたのであった。

 念の為に確認するとやはり二人とも受かっていた。安堵はしたが特に感動する事も喜ぶ事もなく、二人はそのままライフというスーパーの中にあるゲームセンターへと足を運んだ。

 純の腕前ではすぐにゲームオーバーを迎えるはずもなく、合格者の集まりが格技場で行われるのを無視し、二人は夕方近くまで時間を潰した。


 学校へ着くと伊達と上川にこっぴどく叱られたが「受かってたなら良かった」と親の呼び出し等はなく、すぐに帰された。

 翌日から卒業まで岳は学校へ気が向けば行くという日々が続いた。

 学年では受験に落ち、第二試験に必死になっている者もいたが純も岳同様に残り僅かの中学生生活を自由気ままに送った。

 それから程なくして岳の所に良和から引っ越した先の桐生の高校に受かったと連絡があり、すぐに純達に伝えた。

 一番喜んでいたのは猿渡だった。


 岳が気まぐれに「最後にしたい事がある」と言うと、放課後、部活動中の陸上部に足を踏み入れた。

 純と佑太が遠くで不思議そうに岳を眺めていると、岳が後輩に何か話し掛けている。


 岳は円盤投げの円盤を手にすると「よいしょ!」とそれを放り投げた。円盤は全く飛距離が出ずに、すぐに落下した。

 岳は満足そうな笑みを浮かべ「気が済んだ」と純と佑太に声を掛ける。

「それだけ!?」と純が驚いていたが、岳は笑いながら「帰ろう」と言ったきり陸上部を振り返ろうともしなかった。

「やっぱり訳わかんねーわ」

 佑太が呟くと、春めいた風が彼らを撫でた。


 卒業式を控え、高校入学へ向けた準備も始まった。

 受験から解放された三年生達には自然な笑みが零れるようになり、最後の悪ふざけがあちらこちらで行われていた。


 放課後。岳は職員室に飛び込んだ。目の前に居た伊達に「部室で引田先生が!早く!」と叫ぶ。

 職員室内の空気が一変する。立ち上がる教師も数名居た。

 伊達と共に階段を駆け上がり、部室の扉を勢い良く岳が開く。


「先生!先生が!」

「引田先生!」


 伊達が横たわる引田に駆け寄る。


「な!なんだよ!」


 昼寝を邪魔された引田が起き上がる。伊達が唖然とした顔で岳に振り返る。


「伊達先生。引田先生が、寝てます」


 事情が飲み込めていない引田が「何だぁ?」と呟き、伊達が「早く卒業してくれ」とうな垂れ額に手を当てた。

 岳は笑っていた。


 それぞれがそれぞれの道を決め、そして歩み始めようとしている。スタートを切るまで、彼らはここで最後の安息を過ごしている。

 高校生に上がり、そしてその次の段階になれば誰でも嫌でも「大人」になってしまう。

 だからこそ、大きく息を吸い、そして大きく息を吐く瞬間を謳歌しているのだった。


 卒業式。どの教室も別れを惜しむ生徒達の声で満ちていた。泣き声が混じり始めると、その声は大きくなっていく。

 岳は何気なく校庭を眺めながら、どの学年が一番楽しかっただろうか。と振り返っていた。

 一番楽しかった思い出。

 それは中学二年生の頃だと強く感じていた。


 純との出会い。茜への片想い。そして告白の失敗。佑太がまだ盛り上げ役として、空回りする前。千代の強い言葉や笑い声。怜奈の涼しげな態度。良和に刺激された日々。猿渡の反抗。放課後。ペダルを漕ぐ音。


 数えればキリが無いな。そう思い、家でまた数えなおそうと静かに着席した。


 最後のホームルームが終わると純は階段を駆け下りた。廊下に飛び出した生徒達が最後の立ち話をあちらこちらでしていて目当ての生徒が中々見つけられずに焦り始める。

 泣いている女生徒に岳が「どうせ近くに住んでんだから、いつでも会えるだろ」といつものように棘のある言葉を吐いているのが見える。


 廊下の端まで行くと階段を上がって来るその姿を見つけ、安堵する。


「やぁ」

「あぁ、純君」

「ちょっと、話さん?」

「うん。いいよ」


 いつもは緑色のジャージ姿でいるのに、今日はしっかりと制服姿で歩いている茜。純は別れの季節が目の前で音を立てるのを痛感していた。

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