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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
中学時代
42/183

不安の種

ついに願書を提出した岳と純。そこには見覚えのあるピアスの少年が。

そして、茜の言葉に微かな不安を抱く純。

 大きなピアスの穴の空いた少年の事を、岳と純はまるで知らない相手だと思っていた。


 願書を提出した帰り道。街は薄闇に包まれ、冷たい空気が二人の頬を刺すよう通り過ぎて行く。

 好きなおでんの具を語りながら自転車を漕いでいると、突然純が「あぁ!」と声をあげた。


「何だよ。「あぁ」って名前のおでんの具が好きなん?」

「いや!思い出したんさ!さっきのアイツさ、夏休みバンド観に行った時の奴じゃない?」

「え?さっきのピアス?」

「そう!確かそうだよ」


 中学最後の夏休み。岳と純は剣道部の善雄に誘われて隣の中学生達が主催のライブイベントを観に行った事があった。

 荒川沿いにあるコミュニティホールを借り切った会場へ入ると、その中規模ホールには男衾以外の中学生達が所狭しと並んでいた。

 髪を紫色に染めたボーカルのバンドが「黒夢」の「beams」を演奏していた。


 生演奏による爆音の中、善雄が興奮気味に岳と純に語る。


「男衾だとバンドやってる奴なんていないけど、他だとこんなに盛り上がってるんだよ!ねぇ、俺ギター買うから二人も俺と一緒にバンド組もうよ!」


 清春を意識しているのだろうか、シャウトというより嗚咽を漏らしているようなボーカルに純が笑いながら手を横に振る。


「いや。俺は人前に立つのがちょっと」


 兄の影響で岳にはドラム経験があったが、善雄の興奮とは対照的な態度で首を横に振る。


「音楽はまだ、ちょっと考えてない」


 善雄は残念そうな表情を浮かべたが、ライブを見届けたら何かが変わるかもしれないと二人を説得した。

 黒夢のコピーバンドと入れ替わり、次はルナシーをコピーするバンドの演奏が始まった。

 ドラムのカウントが始まり、歪んだギターが鳴り出す。

 曲は「rosier」だった。

 その次の瞬間、ステージを見つめたまま三人は固まってしまった。


 他のバンド達とは比べ物にならないほどにドラムが際立って上手かったのだった。

 正確なリズム、そしてキープ力。スネアの響きが空気に穴を開けると、そこからバスドラムの音が胸を目掛け飛んでくる。

 ボーカルはお世辞にも上手いとは言えなかったが、三人はそれすら「どうでもいい」と思い、ただドラムの演奏に魅入っていた。

 大きなピアスがシンバルと共に揺れるのを、純はただ呆然としながら眺めていた。


 純はその時の事を思い出すと、善雄の事をふと岳に尋ねた。


「がっちゃん、新川君とバンドやるんかい?あー、さっみぃ!」

「えぇ!?何!?」


 強い風の為に純の声が上手く聞き取れず、岳は聞き直す。

 玉淀大橋から何気なく真下の荒川を見下ろすと、黒いシルエットの名前の知らない鳥が羽を羽ばたかせるのが見えた。

 純が声を張り上げる。


「バンド!新川君のバンド!」

「あー!春休みに合宿行こうだって!」

「合宿!?」

「うん。何か場所借りて練習しようってよ」

「楽器ないのに?」

「純君部屋にクラシックギターあんじゃん」

「はは!まさか」


 結局、善雄とのバンド結成は受験本番の波と卒業までの慌しい時期の中で立ち消えてしまった。

 しかし、岳はバンドをやるという事に対して密かに準備し始めていた。

 楽器を始めようと迷っていた岳の背中を押したのは純だった。

 受験直前のとある放課後、純は兄から貸してもらっていたバンドの話を岳にしてみようと声を掛けた。

 すぐ前に佑太と猿渡と高梨が並んで歩いている。父が雑貨屋を営んでいる高梨が店に置かれているエロ本のセンスの無さを嘆いている。


「がっちゃん「Hi-STANDARD」って知ってる?」

「あぁ。パンクだっけ?」

「そう!聴いた事ある?」

「ないなぁ」

「曲がさ、すっげー速いんさ!でも何かさ、簡単に弾けそうな気がするんさ」

「へぇ。聴いてみようかな」

「テープあるから渡すよ。ちょっと聴いてみてよ」


 その日、純に手渡されたHi-STANDARDのテープは曲目は愚かアルバムタイトルさえ書かれていなかった。

 しかし、再生ボタンを押してすぐにその曲の速さに岳は驚嘆の声をあげた。

 そしてテープを聴き終えるとすぐに兄へ電話し、要らなくなったギターを引き取る約束を取り付けた。


 岳はそれから間もなくストラトタイプのギターを手にし、次第に音楽にのめり込んでいった。


「がっちゃん今日も来ねぇの?」


 不満げな佑太の声を聞くと「さぁ」と言いながらバスケットボールをリングに向けて放った。

 綺麗な曲線を描き、ボールはリングの中へと吸い込まれて行く。


「そろそろ試験本番だしさ、勉強してるんじゃない?」


 放課後の校庭。ボールを拾い上げ、純は白い息を吐いた。


「それにしても付き合い悪いよなぁ。遊ぶ時もサッカーとかバスケやっても乗り気じゃないしさ」

「ははは。座ったまんま動かないしね」

「じじいみてーな所あっからなぁ。純、PKやろうぜ」

「あぁ。いいよ。身体動かしたいし」

「三本先取したらジュース奢りな!」

「マジかい!しゃーねぇ」


 そこには岳の姿も、猿渡の姿も、もちろん、良和の姿も無かった。陽が傾き始めた広いグラウンドには二人が蹴るボールの音だけが響き渡っていた。

 動き回っても佑太の他に重なる影が無い事に気付くと、純は途端に寂しさを覚えた。


 塾の帰り、純の志望校を聞くと茜は「へぇ」とだけ呟いた。


「まぁ…………。近くていいんじゃない?」


 少し間を置き、感想らしい感想を何とか述べる。しかし、茜に笑顔は無かった。


「そっかな」

「そっかな、ってどう考えても一番近いでしょ」

「そうなんだけどさ。願書提出しに行ったら不良みたいなんばっかでさ。ビビッたよ」

「ふーん。まぁ地元の高校なんて皆そんなもんよ」

「うん。何かさ、森下今日元気なくない?」

「私?」

「あぁ。何かあった?」

「別にぃ。忙しいだけ。誰かさんと違ってやらなきゃいけない事だらけで大変なの」

「そうかい。なんかさ」

「うん?」

「なんかさ、笑ってないと心配になるんさ」

「えぇ?何で?」

「え?いや、いつも笑ってるからさ」

「そうかな?いつも笑ってるって、私なんか馬鹿みたいじゃん」


 純は笑いながら「違うよ」と言ったが、上手く笑い切れずに不安が吐息に混じる。純に一瞬の苛立ちを感じながらも、茜は自分の高校生生活の事を考えていた。遠くで石焼芋~と、馴染みの宣伝文句が節つきで風に乗り聞こえて来る。オレンジ色の街頭に照らされた歩道橋を眺めながら、茜は純に尋ねる。


「純君さ、男衾好き?」

「好きかどうかかぁ、まぁ……がっちゃんも佑太も居るから、人は好きだな」

「私は小さい時から育ってるからこの街も好きだよ。何もない所だけどさ。だから私もここの人達が好きなんかもしれないけどさ」

「うん、やっぱ地元っていいよね」

「好きだったんだなぁって、気付かされるんだよね。最近」

「それって、どういう事?」


 不安げな純の表情を見ないまま、茜は答える。


「え?もうすぐ卒業じゃん?高校入ったら皆バラバラになるしさ。何だかんだ、男衾好きだったんだなぁって思ってさ。学校は変な先生とかばっかだったけどね」


 心の奥にあった不安の種が芽を出し、それが急激に育って行くのを純は感じる。


「何かさ、今すぐいなくなっちゃうみたいな言い方だから、驚いた。急に何だよ」

「そう聞こえた?」


 純が茜に向くと、意外にも怒られる前の子供のような表情を浮かべている。純は思わず言葉に詰まる。ジャージの裾の中に手を入れ、純は「いや」と呟きはにかんだ。どんな顔をして良いのか分からなかった。寒さの為か、喋っているうちに二人の距離が近くなっている事に純は少しの安堵を見出そうとする。

 茜は気を取り直したように笑顔を純に向ける。純は自然と、情けないほどに心が解れていくのを感じた。


「純君!卒業だよ!」

「あ、え?あぁ、そうだね」

「いいの!?」

「何が?」


 茜の意図が分からず、純は真顔になる。


「奈々ちゃんに告白しないまま卒業すんの!?それとも奈々ちゃんからも卒業すんの!?」

「いやいや、俺はもう。うん、まぁ自然に任せる事にしたんさ」

「任せてたら枯れるから!」


 拭わなかったまま風化していたはずの嘘を突然突き出され、純は思わず俯く。本当に想いを伝えたい目の前の相手には、きっと卒業まで何も言えないままだろうと恥ずかしい気持ちになる。


「ちゃんと告白しなさい!あと、高校落ちたらすっげー馬鹿にするからね!」

「俺、いくらなんでもそこまで馬鹿じゃないでしょ!?」

「いや、分からない。本当落ちるかもしれない。色々心配なのはこっちだよ、全く!転校してきてからずっとずーっと純君が心配だよ。このまま高校行っても大丈夫かしら」

「がっちゃん居るから平気っしょ」

「なんでそう他力本願なの?あーあ」

「俺は俺で頑張るけどさぁ。まぁ、ほら、人は助け合いって事で」

「え?私、純君に助けてもらった事とか無いんだけど」

「いやー、それは将来、いつかね。いつかいつか、はいはい」

「ムカつくー」


 そう言いながら茜は自転車の鍵を外す。そのまま帰ろうとするが、ふと純を振り返る。


「純君さぁ。男衾、来て良かったと思う?」


 同じように帰ろうとしていた純が立ち止まる。そして、少し考え込んで答えた。


「うん、今となっては来て良かったかな」

「そっか。じゃあ、またね」

「あぁ。また」


 少し微笑んだ茜の背中を見届けると、純は全身の力を込めて自転車のペダルを踏み込んだ。

 不思議と寒さは感じなかった。

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