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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
中学時代
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願書

破れかぶれな状況で志望校をついに決めた岳と純。

しかし、願書を提出した先の高校で見た光景が…。

 中学三年。冬。願書提出直前まで純は志望校を絞れずにいた。同じく、岳も志望校を絞れずにいた。

 そんな悩みから逃げ出すように二人は電車に乗って隣町の小川町にあるカラオケ屋に行き、互いの歌を褒める訳でもなく、互いの好みに合わせる訳でもなく、ただ好きなように歌い続けていた。


「がっちゃん、時間そろそろかな?」

「うん。あと10分くらいかね」

「外、しばれるんだよねぇ。帰るかい?」

「とりあえず、出るか」


 二人はラブホテルを改築したカラオケ屋へ行くと帰りはヤオコーへ行き、パン屋でパンを買う。二人が決まって買うのはソーセージが挟み込まれた細長いパンで、形が男性器が反っているように見える為「反町パン」と勝手に呼んでいるパンであった。


 その日はあまりに寒かった為、駅前にある小さなレストランに入ってみることにした。階段を上がり、店内に入ると洒落た雰囲気というよりはアットホームで落ち着いた雰囲気の店内だった。

 和洋問わず様々なメニューがあり、お金を大して持っていない二人が頼んだのは最安値の味噌汁とパンだった。

 二百円でお釣りが来て暖が取れるので、二人はそれからもその店を贔屓にした。

 味噌汁を飲むと純は「あったけー」と微笑んだ。岳は運ばれてきた小さなパンにわざわざバターとジャムが別々の容器で添えられているのを見て、その店のあまりの丁寧さに笑いを堪えていた。


「純君。腹空かしたらジャムだけでも食えるで」

「ははは!余ったバターに砂糖入れて食べても良いかもね」

「貧乏人に優しいよな。良心的だけどさ、砂糖とか盗んだら人が変わって撃ち殺されるかもしれない」

「それくらい実は主人が狂人かもしれんね」


 しかし、何度か通ううちに純は砂糖のスティックを盗みはしなかったものの、スナック感覚で次々とスティックの袋を開け、口の中に流し込むという行為をし始めた。岳は怪訝な顔で腕組をしながらその様子を眺めていたが、中年の女性店員は純の行為を咎めることなく微笑ましく眺めている。


「純君……そんなに甘いもんが好きなん?」

「いや、砂糖だけってのが美味いんさ。シンプルに。邪魔されない感じが好きでさ」

「そう……。あのさ、高校なんだけどさ、多分志望校決めてないのってもう俺と純君だけだと思うんだよね」

「そうだよね。色んな奴に話聞いてももう皆決まってるもんなぁ。がっちゃん、どうする?」

「うん……」


 二人が宙を眺めていると店員がホット珈琲を運んで来た。他に客がいなかった為、純と岳は顔を見合わせた。


「いつも来てくれてるでしょ?寒いからね。サービス」

「ありがとうございます!」


 店の心遣いに二人は丁寧に頭を下げた。


「うちは昼がメインで夕方はお客さん少ないからね。誰も居ないよりか良いのよ。ミルクは?」

「もらいます。砂糖は今、ここにいっぱい入ってます」


 純が腹を指してそう言うと、三人は声を上げて笑った。店員が去ると、岳は純を見据えた。


「俺さ……。もう、決めようかと思うんだけど」


 岳の突然の告白に純の雰囲気が一瞬、たじろいだ。「へぇ……」と呟くと、カップに顔を寄せて静かに珈琲を啜り始める。

 少しの沈黙の後、岳が口を開いた。


「まぁ……。具体的に決まってる訳じゃないんだけど……」

「そっか。なんだ、てっきり決まってるもんかと思ってさ。びっくりしたよ」

「自転車で行ける所かなぁって考えてるんだけど。面倒臭いんだよね、学校行くのに時間使うの」

「俺もそれは同じだなぁ。遠かったら絶対遅刻するっしょ」


 岳は極端に面倒臭がりな為、心の内に秘めていた事を純に初めて告白した。


「まぁ……だから絵を描く為に学校行くのも断ったんだけど」

「それが理由?」

「え?うん……」

「俺、もっと苦悩して考えた結果だと思ってたんにさ、それが理由?」

「そうだよ」


 岳があっけらかんと答えると純は手を叩いて笑った。


「すっげー!この人!才能の無駄使いだ!ははは!マジかい!」

「マジだよ。だって面倒臭いんだもん」

「ははは!じゃあ近くで探すかい。行けそうな高校」

「あぁ。高校入って何するとか決めてないし、とりあえず入れる所探そうか」

「そうしよっか。いいね」


 そして二人は願書提出寸前まで悩んだ。結果、隣町の小川高校へは自転車だと距離があり過ぎるという理由で地元の「寄居高校普通科」を志望校とした。

 放課後、岳は伊達から職員室に呼び出された。伊達は頭を抱えながら神妙な面持ちで机の上の資料を眺めていた。


「猪名川。おまえ、本当に寄居でいいのか?」

「え?近いし……別に。はい」

「知ってて言ってるんだよな?おまえ、せめて小川くらいだったら普通に入れるぞ」

「電車面倒なんで寄居でいいっす」

「本当に良いんだな?」

「え……?あ、はい……」

「じゃあ、うん……。分かった」


 同じクラスでも三年になってから良く話すようになった川本という女子を始め、寄居を志望する生徒は他にも多くいた為に、伊達の言い方と態度に岳は釈然としないものを感じていた。

 純に聞くと純も同じような事を担任の金村から聞かれたという。


 願書提出用紙を書く練習で岳と純は笑い声を上げ、徹底的にふざけあっていた。


「純君「科」どうする?寄居高校って何科があったけ?」

「俺、外科かなぁ。内科は儲からないらしいからね」

「じゃあ俺ゴールデンエリート科かなぁ。強そうだし、エリートになれそうだしなぁ」

「ははは!そしたらやっぱ俺手堅く麻酔科にしよっかなぁ」


 二人のやり取りを眺めていた金森が笑顔を作り、呟いた。


「おい。そんな科ないから。ふざけないでちゃんと書けよ?」

「はい」


 二人の練習用用紙は何度も消しゴムをかけた為に酷く汚れていた。

 そして二人は正式に志望校を「寄居高等学校普通科」に決めた。

 地元とは言え、地区の違う寄居高校へ願書を提出に行く際二人は道に迷ってしまった為に、着いた頃には既に夕方過ぎになってしまっていた。

 高校前の潰れたコンビニの空き地には、金髪や茶髪の男子生徒達が煙草を吸いながら屯っていた。金属バットでフェンスの金網を滅多打ちにしている者も居る。ここへ受かれば全員が「先輩」だった。

 岳と純はその様子に恐怖を覚えながら、そそくさと校門へ小走りに向かった。


 受付事務所へ行くと中学生のカップルが目に付いた。男の方はピアスの穴から向こうの景色が見える程、巨大な穴が耳に空いていた。

 岳と目が合うとピアス男が立ち上がり、話し掛けて来た。身長は岳の目線辺りまでしかなかった。


「二人さぁ……中学どこ?」


 岳と純は目を合わせる。たどたどしく「俺ら……男衾」と答えると、ピアス男はゆっくりと歩き出し岳の胸元を軽く叩いた。


「オブチューか。俺とこいつ、城南。受かったらよろしく。じゃあな」

「あ、あぁ……。よろしく」


 二人が出て行くと受付の担当員が奥から姿を現した。岳は先程のピアス男に何故か見覚えがあるような気がしたが、すぐにその思いを掻き消した。


 そして受験当日に向け、佑太と純と岳は勉強会を開いた。しかし、終始下らない馬鹿話で盛り上がり、岳が二人に「トレイン・スポッティング」のビデオを無理やり見せた為に教科書を開く事無く勉強会は終わった。

 遠く離れてしまった良和は、桐生の高校を受けると電話で話していた。


 受験を受け、合格すればついに高校生になる。そこにはどんな未来が待ち受けているのか、誰もが想像すら出来なかった。

 しかし、受験も、合格発表の日も、確実にすぐ側まで迫ってきていた。


 気付けばそれだけの季節が目の前を通り過ぎていた。

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