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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
中学時代
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白い息

将来に対するビジョンは愚か具体的な方向すら見えない純と岳。

しかし、高校受験は日々迫って行く。

 夏休み中に良和が転校する事になったニュースは、夏休みの間にあっという間に知れ渡った。

 良和の持つ独特の雰囲気を嫌がる生徒は皆無であり、寧ろ良いキャラクターとして好かれていた。

 強烈なエロへの執念の一方、中学二年までは運動部の花形であるサッカー部に所属しており、アニメのイラストを描いたりするなど、生徒間の交流が幅広かった。


 純はこれといった用事は無かったが、同じ塾へ通う茜へ電話を掛けた。純にとって茜と取り留めない話題で過ごす時間は他の何よりも心地の良い時間だった。


「純君さぁ、ちゃんと勉強してんの?この前の英語の小テストボロボロだったんでしょ?」

「あぁ。そうそう。俺、英語は本当苦手でさぁ……」

「馬鹿の一つ覚えみたいに同じ単語ばっかノートに書いてるからだよ。良い?英語は使うもんなんだよ?歴史と違って暗記するもんじゃないんだからね?」

「いやぁ、俺はまず、使うための単語を覚えられないんだなぁ」

「何「加山雄三」みたいにのんびりした口調で言ってんの」


 茜は純ののんびりした口調に電話口で笑い声を立てた。


「ははは。そのうち頑張るよ。自分が焦るまで待つんさ」

「ほら、ダメ人間!」

「あ、そうだ。ヨッシーさ、転校するって知ってた?」

「えぇ!?うっそ!何で!?この時期に!?」

「あぁ……。うん。何か家で色々あったみたいでさ」

「そっか……。純君の変態仲間が減ったね……。もう男衾戻って来ないのかな?」

「いや、それがまだ分からんのよね」

「こんな時期に家の都合で転校って、どんな気持ちなんだろ。悔しいよね、きっと。一緒に卒業したかったなぁ……」

「皆そう思うだろうね。二学期になったら学校にヨッシーいないってさ、何だかね……」

「うん。受験受験、でただでさえつまんないのにさぁ。ヨッシー居ないんだね……」


 夏休み。生徒達が受験に向けて本格的に勉強に取り組む中でさえ、良和の突然の転校という話題は大きな影響を及ぼした。

 岳は良和が欠けてしまった寂しさを絵にぶつけ、純は茜と話す機会が増え、勉強の時間も若干増やした。佑太は以前より多く岳や純を誘って遊べる時に遊ぶようになった。


 夏休み後半。急激に涼しくなった曇りの日。佑太と純は小学校のグラウンドでバスケットボールをしているた。

「指を怪我したくない」という理由で岳は二人を眺めていた。時間の許す限り、彼らは帰ろうとしなかった。

 どこかの家が庭で火を燃やしているのだろうか。涼しい風に乗って運ばれる煙の匂いが鼻をついた。

 雨の気配が確実に迫って来てはいたが、それでも彼らは帰ろうとしなかった。


 夏休みが終わり、二学期が始まると受験に向け生徒達は本格的に動き始めていた。

 季節は秋へと変わり、そして中学最後の冬へと移った。


 陸上で推薦を受けたという小木が「喧嘩の強い高校に行きてぇ」という理由で推薦入学を拒否したと話題にもなった。

 早々と推薦入学を決める生徒たちが現れ始める一方、純達「変態クラブ」の面々は元の学力以前に内申書の内容や遅刻早退欠席の多さから入試の他に道は選べなかった。


 しかし、岳は夏休み中に描いた絵がコンクールで特撰賞を取ったこともあり、女性美術教師の三木から呼び出しを受けていた。

 美術室で岳と向き合うと、三木は柔らかに微笑んだ。


「猪名川君。私は猪名川君にこのまま絵を描き続けてもらえたら良いな、って思ってるの。この前の絵、凄く繊細な描写で驚いたな。才能があるし、猪名川君は強い表現も出来るものね」

「そうですか?ありがとうございます」

「以前ね、同じような描写をした生徒が居てね。その子もずっと絵が好きだったんだけど、その表現を続けているうちに少しおかしくなっちゃったの。卒業後の彼はね……あまり良い人生……ううん、結果じゃなかった」

「はい……」


 三木の言いたいことがいまいち飲み込めず、岳は姿勢を正した。しっかり聞かなければ分からない内容かもしれないと感じた。


「表現ってね、人を救うのね。でも、作る人がそれに悩まされる場合もあるの」

「はい。なんとなく、分かります。ゴッホとか」

「そうね。うん……。猪名川君がもし、絵の描ける高校に行きたいって思うなら、先生は協力する。これからも描きたいって、そう思うなら……」

「少し考えても良いですか?」

「うん。大丈夫。先生ね、猪名川君が彼みたいにならないか不安な部分もあるんだ。だから無理にとは言わない。それから、これ……」


 三木から手渡されたのはゴッホとミレーの絵画集だった。


「これは……?」

「本当はいけないのかもしれないけど、私と生活支援員の仲村さんからのプレゼント」

「貰っていいんですか?」

「フランス行った時のお土産。仲村さんがね、やっぱり猪名川君は「よだか」だって。絵を見てそう思ったんだって」

「よだかですか?あぁ、そういえば……。そっか」


 変態クラブの為に「よだかの星」を朗読する仲村に向かって耳元で「死!闇!絶望!」と叫ぶ良和の姿が一瞬、頭に浮かぶ。

 表紙を見るとゴッホの描いた「種を撒く人」が描かれている。


「あ、これ」

「よく気付いたね。そう、これはゴッホがミレーの絵を模写した絵画集なの。元の絵と比較して見れるんだけど、解説がフランス語だからちょっと難しいかもしれないけど」

「いや、絵だけ見れたらそれで良いです」

「うん。絵に言葉は要らないもんね。表現って面白いのよね。ミレーの絵なのに、ゴッホが描くとゴッホになるんだもん」


 ページを捲りながら岳は感心した様子で答える。


「本当ですね。表現って、在るものを別の形に変えるんですね」

「うん……。もし、これから先絵を描かなくなっても、絵を嫌いになったりしないでね」

「はい。もちろんです。これ、大切にします。ありがとうございます」

「うん。返事は、また後で良いから。ゆっくり考えてね」

「分かりました」


 美術室から出た岳は貰った画集を早速佑太と純に自慢した。


「ひいきぃー!それって贔屓だよ!」


 悔しがる佑太に純が「その言葉、どっかの英語教師が怒るよ!」と笑う。三人は笑い合い、そして、岳は絵を描くことをその日限りで辞めてしまった。

 伊達は苛立ちを隠せない様子で岳を問い詰めたが、岳は「高校に入ったらロックやりたい」とだけ伝え、教師達を呆れ果てさせた。


 塾へ通いながらも、純は自分の入りたいと思う志望校を決められずにいた。佑太は地元で誰でも入れると噂される高校一本に絞っており、「絵が描ける所」と志高く語っていた岳に至っては「ロックが出来る所」と大幅に志の基準を下げた為、志望校を決められず悩んでいた。


 塾が終わると、純と茜は近くの自動販売機の前で話し込んでいた。風はないが夜の空気は冷たく、乾いた空に星が幾つも瞬いている。


「森下はもう志望校決まってるんかい?」


 茜は不思議そうな顔で純を眺める。


「私は……かなり前に決めたけど……っていうか、逆に決めてないの?」

「え……?志望校かい……?」

「うん。だってもう受験だよ?」

「そうなんだけどさ……。うーん」

「え、それはさすがにヤバイ!え!?本当決めてないの!?」

「うん。決まってないんさ」

「えぇ!ラルクにハマッてる場合じゃないよ!早く決めときなよ!」

「そうなんだけどね……。あ、ラルクどうだった?」


 茜は純の好きだったラルクアンシエルのCDを純から「凄く良いよ」と言われ借りていた。ふと、その事を思い出す。そしてありのままの感想を述べた。


「うん。私には良く分からなかった」

「なんだよ、せっかく貸したんにさ!」

「せっかくって、貸してきたのそっちじゃん!」

「聴き足りないんじゃないの?良さが伝わらない訳ないんだけどなぁ」

「だって、純君の趣味でしょ?」

「どういうことだい?」

「え?別に」


 そう言うと茜は声を上げて笑い、純は「ひでぇなぁ」とひとりごちた。自動販売機の灯りに照らされた二つの白い息は夜に向かって飛んで行き、そしてすぐに消えてしまった。

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