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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
中学時代
38/183

純の誕生日

中学最後の夏休み。受験に向かいそれぞれが悩みを抱える中、純の誕生日祝いを岳の家で行っていたのだが……。

 中学最後の夏休みへ入る直前、それまでの夏休みとは違う空気が三年生達の間には漂っていた。

 何をするにも「中学最後」であり、嫌でも立ち向かわなければならない「受験勉強」が控えていた。

 3年5組では一学期最後の英語の授業が終わろうとしていた。

 大河原が教室中を見渡す。


「という訳で、夏休みなので塾の夏期講習などに行く人も多いと思います。そうでない人達は単語だけでも良いから英語を毎日眺めること!「毎日」という癖を付けないと英語はすぐに離れて行きます。では、スタンダップ!」


 生徒達は一斉に立ち上がり、授業終わり恒例の唱和をする。サンキューフォーユアレッスン、グッバイエブリワン、それに続き


「グッバイ、ミス・オオガワラ」


 と唱和するのだが、その声に混じり「グッバイ・ブス・オオガワラ」と唱和する声が聞こえた。

 大河原はその声に気付き、見開いた視線を翔に向けたが翔は澄ました顔で微動だにしなかった。

 休憩時間になると純は溜息をついた。


「あー、英語は絶対忘れるだろうなぁ。俺、本当苦手だ」

「俺もだぜ、純……。ただでさえ成績ヤバイのにさぁ。受験とか遠い世界の話かと思ってたけど……気付けばもう夏休みだろ?勉強……だるいなぁ……」


 二人の放つ重たい空気を察したように、翔が佑太に声を掛けた。


「あのさ。受験が嫌にならない簡単な方法があるで」

「そんなんあるん?」

「あぁ。勉強すりゃあ良いんだよ」

「それが出来ないから困ってんだよぉ……」

「だから、出来ないなら勉強するしかねーだろ?受験に対して自分の能力を上げるには勉強以外、何も出来ないだろ。やれば良いんだよ。ドラクエのレベル上げと一緒だろ」

「そんな簡単に言うけどさぁ……。面倒くさっ」

「俺だって最初から出来た訳じゃねーし。やってみろよ」

「やるしかねぇんだろうけどなぁ……」


 煮え切らない佑太の態度にさっさと見切りをつけた翔はすぐにその場から離れた。その姿を純が目で追いながら静かに呟いた。


「確かに、最初から何でも出来る人はおらんよね」

「出来るのは天才とかだろ?俺らさ、がっちゃんみたいに絵が上手い訳でもないし選手になれるくらいの運動神経もないしさ。やるしかねぇんだろうな」

「そうね。あーあ、凡人は嫌だ嫌だ」


 何気なくベランダを眺めると、良和と田代がコンドームに水を入れたもので遊んでいるのが目に入った。


「おもしれぇ!」


 佑太が席を立ち、一人机に残された純は苦々しい表情で英語の教材をしまった。


 夏休みに入ると岳は中学最後の絵画の宿題に早速取り掛かり始めていた。題材は頭の中にある「架空の都市」を描く事だった。

 仲間内で唯一塾へ通わなかった岳は、勉強をしない事よりも描かなくなってしまう事の方へ強い焦燥感を覚えていた。


 ファンタを手に純が部屋へ訪れると、画用紙に描かれた細かなビルの群れを見て純が驚嘆の声を上げた。


「がっちゃん!これ何処の景色だい!?すっげぇ」

「いや、何処でもない。頭にある街を描いててさ、今住宅街とか飲み屋とかあると面白いなぁと思ってビルの裏手にそれを描いてる途中」

「へぇ……。何でこんなの描けるん?」

「うーん……分かんない。勝手に出てくる」

「へぇ。才能なんかさ。羨ましいな」

「全然。何か褒められても嬉しくないんだよ。自分のウンコ見られてる感じ。出したいから出してるだけだよ」

「そういうの感性っていうんかさ。それが豊かなんだろうね」

「…………」


 岳は黙り込んだまま、純と共にその絵をしばらくの間眺めていた。


 数分すると佑太と良和が部屋を訪れた。岳が「やっと来たか」と声を掛ける。

 二人はケーキを取り出すと「純!おめでとー!」と盛大に声を上げる。

 純は予想外のバースデーサプライズに照れながら喜びの声を上げた。


「いやぁ!マジかい!全然気付かなかった。普通に遊ぶだけかと思ってたんにさ。嬉しいな」

「無視すると心が折れるかもしれないから、それはやらなかったんだよな」

「そうそう!純にやったらシャレにならないんじゃね?って話してさ」


 佑太と岳は純の誕生日にサプライズを仕掛ける相談をし合った際、岳にやったように無視する事だけは無しにしようと事前に話し合っていた。

 以前自転車に乗った佑太がふざけて純に唾を掛けた際、純が一瞬で怒りの頂点に達し無言で佑太を自転車ごと蹴り飛ばした事があった。

 岳と違い「手が出る」のが純だった。

 そして何より、純の持つ繊細な心の部分に誰しもが気付いていた。


「誕生日にケーキ出されるとは思ってなかったなぁ。家とかのお祝い以外だと初めてかもしんない」

「そうなん?」


 佑太が返事をすると純は楽しそうに答えた。いつもより饒舌である事が何よりも純の喜びを現していた。


「そうそう。昔さ、皆でクラスのアイドルみたいな女の子の誕生日にケーキ持ってった事があってさ。そしたら他の奴らも持って来ててさ、結局自分達で食ったんさ。情けなかったなぁ」

「えー?そうなん?純ってモテなかったん?」

「いや、それはどうかな」


 純が屈託無く笑うと良和が純に切り込んだ。


「モテてた奴がそういう風な態度取れるん!俺なんか何もない!エロ本とエロビデオ以外何もない。モテてぇ……クソッ……クソッ!」


 そう言うと良和は純の身体にもたれ掛かった。純が「やめー!」と楽しげな声を上げ、岳が「俺もモテねーよ」と同情した。

 その後は塾の話しになり、良和は学区外の塾に通っていた為他の中学校の生徒の話しなどを皆が楽しげに聞いていた。

 男衾は小学校も中学校も同じ学区域の生徒達で構成される為、9年間全く同じ顔ぶれで過ごす事になる。

 その為、部活等で他の中学校の生徒達と交流がない限りほぼ外の世界を知らないままで過ごすのだった。


「街中とかの生徒はさ、分かりやすいヤンキーとかに憧れるん。だから族とかに入る奴がモテるしセックスも出来るん。頭が良いだけじゃダメ!あと、トークがスゲー奴」

「ヤンキー!?もう俺らの上でそういうの終わったんじゃねーの?」

「俺らの学年はいねーけど、そんなん下にいっぺーいるじゃん!」

「そうなん?全然興味ねーから分かんなかったわ」


 岳が見識の狭さを吐露すると、階下からここには居ないはずの良和の母の声が響いてきた。

 全員が顔を見合わせる。岳が部屋のドアを開けるとその声はハッキリと聞こえた。


「良和ー!群馬行くよ!すぐに!」


 ドアを開け半身になっていた岳を押し退け、良和が階下へ向かって叫んだ。


「何で!?」

「いいから!早くしな!がっちゃん、ごめんね!良和連れてくからね!」

「どうして!?」

「いいから早くしろよ!もう行くんだから!」


 岳と純と佑太が顔を見合わせていると良和が振り返る。


「悪い。行くわ」

「あぁ。状況が分からないけど……」

「また後で電話する」

「分かった」


 そう言うと良和は階下へ降りて行った。祐太が岳に「何?」と声を掛けたが岳は「さぁ……」としか答えられなかった。

 純が目を落とすと、部屋の真ん中に置かれたケーキのフィルムが真夏の光を弾いていた。

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