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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
中学時代
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サプライズ

いつものように良和の家へ遊びへ行った岳であったが、皆の様子がいつもと違う事に気付き始める。

 夏休み前の土曜日。前日に皆で遊ぼうと話をしていた通りに岳が良和の家へ遊びに行くと、玄関には佑太と純の靴が脱いだままの形で並んでいた。

 一通りの靴の向きを揃え、良和の部屋へ入る。良和と祐太と純の姿が目に入る。岳がソファに腰掛けると、ゲームをしている佑太と純に何気なく声を掛けた。


「電話くれたら良かったんに。結構前から来てたん?」


 しかし、佑太は何の返事もしなかった。純が佑太の代わりに気まずそうな表情で「まぁ」とだけ言った。

 良和も「ばるぼら」を読みながら顔を上げようともしない。


「なんだよ」そうひとりごちて岳が「幕張」を読み始めると、佑太が突然立ち上がった。


「純、ヨッシー、ベイシア行こうぜ」

「あぁ。いいね」


 自分の名前が呼ばれない事を不審に思いながらも、岳も彼等に続いて良和の家を出た。ベイシアに着く間、岳が何を質問しても彼等からは素っ気無い返事しか返って来なかった。

 どのような状況でも岳とは当たり前に話す純すらも「あぁ」とか「まぁ」という簡単な相槌を返すだけで表情はずっと気まずそうなままだった。


 人気の少ない店内をうろついてる間、意図的に無視されていると感じた岳はいても立ってもいられず、佑太の肩を掴んだ。


「さっきから何なん?言いたい事あんなら言えよ」

「うっせーよ。触んじゃねーよ」

「おい。ふざけんなよ」

「うるせー。近寄るな」


 そう言うと佑太は踵を返し店の奥へと消えていった。二人の様子を遠くで見ていた良和が岳に駆け寄る。

 警戒を解かないままの岳は良和を睨みながら詰め寄った。


「ヨッシー。佑太が気分悪いから帰るわ」

「違う!違うんだよ」

「意味わかんねー。帰るよ。テメーら全員ムカつくわ」

「だから……」


 ここから逃がすまい、とするように岳の袖を掴みながら辺りを何度も見回すと、良和が岳の耳元で呟いた。


「……実は、ドッキリなん。がっちゃんを無視して、実はドッキリでしたーってサプライズで誕生日ケーキ渡すつもりなん」

「はぁ?」

「がっちゃん、誕生日」

「あ。そうだったわ」


 岳は前日に誕生日を迎えていたが、当日に彼等の誰からも祝いの言葉を送られなかった為に、岳自身が誕生日だったという事を忘れてしまっていたのだった。

 気まずそうに打ち明けた良和に警戒を解いた岳は小さく微笑んだ。


「馬鹿だな。マジで帰ったらどうしてたん?」

「家に押しかける作戦だった」

「本当に馬鹿だな。……じゃあ、怒ってヨッシーの家に戻ったって事にしといて」

「おぉ、リアルでいいんじゃん?分かった」


 岳は一人笑いながら店を出た。


 佑太と純が予約していたケーキをカウンターで受け取る。会計を済ませると、純が佑太の顔を見ないまま話す。


「あのさぁ、やっぱやり過ぎじゃないかい?」

「これくらいでいいんだって!じゃないと、がっちゃんに気付かれるじゃん?徹底的に無視した方がいいんだよ」

「いやぁ。ドッキリとは言え、何だかすまんなぁって思ってさ……。無視する理由ないしさ。がっちゃん、帰ってないかな?」

「万が一帰ってたら押しかけようぜ!がっちゃんは意地張るタイプだから帰ってないと思うぜ」

「がっちゃん居たらまた無視し続けるんかい?気まず……」

「大丈夫だって!」


 佑太が純の肩を軽く叩くと良和が遠くから手を上げながら悠然と歩いて来るのが見えた。声が届く距離になると良和が笑いながら二人に声を掛けた。


「がっちゃん、怒って俺ん家帰った」

「ほらぁ!だから言ったんさ!あんな無視する事なかったんにさぁ……」


 純の心配の側で佑太は声を立てて笑った。


「いいじゃんいいじゃん!効果あったんだって!サプライズにはその方がいい!」

「ぶん殴られたりしないかい?」


 良和は平然とした様子で答える。


「純君!がっちゃんは手出さないから平気!そういう生き物だから」


 佑太と良和が岳の様子を気にも留めない態度を見て、純は今から何が起こっても二人の背中に隠れていようと密かに決めた。


 良和の部屋で佑太達の「サプライズ」を待つ岳は、缶珈琲の空き缶が高く詰まれた窓際をぼんやり眺めていた。

 手持ち無沙汰で弦の数本切れたアコースティックギターを手にし、爪弾いてみたが指がただ痛くなっただけですぐに諦めた。

 何となく落ち着かず、どんな顔をしてサプライズを受け入れようか考えていると玄関の開く音がした。

 ソファに座り直し、平静を取り繕う。階段を昇る音が聞こえ、部屋のドアが開かれる。一瞬の間にして、全身に緊張が走る。

 知ってしまったドッキリにどう対応したらいいのか岳は分からずにいたが、いずれにせよ佑太達のしようとしている事が悪い事ではないと思うと素直に受け入れる気持ちへと切り換わった。


 しかし、そこに立っていたのは背が高い痩身の良和の父であった。何処か眠たげな表情が良和と良く似ていた。


「おぉ。友達か」

「あ、はい。お邪魔してます」

「あれ、良和は?どっか行ってるんか。まぁいいや。そのうち帰って来るだろ」

「そうですね。多分すぐ」

「まぁ、ゆっくりしてって」


 そう言うと父は階下へ降りていった。拍子抜けした岳が正していた姿勢を崩し、漫画を読み始める。すると、今度こそ数人の足音が階段を昇る音が聞こえて来た。

 勢い良く扉が開かれる。


「誕生日おめでとぉお!」


 そう叫ぶ佑太の表情に岳は大笑いし、彼等のサプライズに素直に喜んで見せた。

 誰かから盛大に誕生日を祝ってもらう経験が岳には無かった。家の中では形式的にケーキなどが出たが、幼少期は好きなものを買って貰う日というだけで、誕生日の為に家族で食卓を囲んだ経験が無かった。

 それどころか、普段の食事でさえ家族が揃って食事をする事など皆無だった。


 既知のサプライズだった為に演技臭くならないよう、そう思いながら喜びを表そうとした岳であったが、弦の足らない出鱈目なギターの伴奏で歌われるハッピバースデートゥーユーを聴いている内に、自然と喜びが胸の内から込み上げて来るのが分かった。


 皆の誕生日には必ずこれをやろう、と佑太が提案すると純は「神経が参る」と神妙な面持ちになった。良和からはプレゼントとして読んでいた「ばるぼら」が手渡された。

 そして、すぐ後には純の誕生日と中学最後の夏休みが控えていた。

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