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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
中学時代
36/183

朝方

塾に通い始める者が増え、深夜近くまで遊んでいた佑太と純はとある災難に遭う。そこで二人が提案したのは「朝方」から遊ぶ、というものであった。

 最後の夏休み前。高校受験を控えた三年生達は塾や合宿と多忙を極める予定であった。

 茜と同じ塾に入った純、街中の塾に通う良和も例外では無かった。佑太でさえも形だけでも、という事で塾に通うようになり、例外となったのは岳一人だけであった。

 それぞれが放課後予定が出来る中、岳は家に帰るとそそくさと部屋に入り、絵を描くかゲームをするしかやる事が無かった。


 佑太と純が塾の帰りにコンビニの裏手で座り込んで深夜近くまで話しをしていると、そこの店主が二人に声を掛けた。


「おい。君ら中学生だろ?そろそろ帰らないと親御さん心配するだろ」

「父さんは蒸発して、母さんは……病気で……うぅ……」


 佑太が演技をすると店主はくすりともせずに怒りを露にした。


「おまえのおふくろ知ってるよ。警察来るぞ。早く帰りなさい」

「はーい」


 すぐに立ち上がった二人であったが、店主が居なくなったのを確認するとまたその場に座り込んだ。


「いちいちうるせーっつーの!買い物してやってんだからありがたいと思ってもらいてーよ」

「俺らそんな邪魔なんかね?それとも警察来たら面倒だから?でもさ、店関係ないよね」

「どうせ「たむろ」ってたって、元々こんな時間に客もこねーんだし……。あぁーうるせぇ大人ってやだやだ」

「本当だよ。万引きしてる訳でもないんにさ」

「帰れって言っただろ!」


 二人がその怒声に顔を上げた瞬間、店主がバケツに入った水を二人にぶっ掛けた。


「何すんだよ!」

「帰れ!」

「もうこねぇよ!純!行こうぜ!」

「っざけんなよ!ビショビショだよ!」

「さっさと帰れよ!」


 二人はそれぞれ店主への文句を叫びながら、自転車のペダルを全力で漕いで店から離れた。

 翌日、変態クラブの面々が放課後集まっていると純と佑太がある提案をした。


「俺と純が遅くまで遊んでたら、セブンのオッサンに水ぶっ掛けられたって訳よ。そこで考えたんだよ。朝方遊べば良いんじゃん?」

「何かどこに行ってもさ、俺達邪魔者扱いされるしさ、夜遅いと花火も出来ないじゃん?どうかな?」


 その提案に良和と猿渡は大いに賛同した。


「そうか!その手があったんか!朝方なら誰もいねぇ!騒いでも文句言われねぇ!」

「ほ、補導される心配も、ねぇ!健康的でいい。ははは!」


 二人とは裏腹に、爪先を眺めていた岳が刺すような目で佑太を見た。


「塾があって夕方遊べないからだろ?塾、やめれば?」


 佑太がその言葉の棘にすぐに気付いた。


「あ?そうはいかねーじゃん」

「何でだよ。塾行かなきゃ高校行けないなら、遊んでる暇なんかねーんじゃねーの?」


 机に腰掛けていた佑太が岳に詰め寄る。純が薄笑いを浮かべ「まいったな」と呟く。


「あ?何、その言い方。がっちゃん、何が言いたいん?」


 良和が女の声色を作って「ケンカは、やー!」と叫ぶ。

 一人だけ塾へ行っていない岳は、つい漏らしてしまった小さな疎外感を咄嗟に隠した。


「朝、弱いんだよ。知ってるだろ」

「何だよ!そんな事かよ!迎え行くよ!任せろよ!」

「なら、いいよ。よろしく」

「決まりー!」


 佑太が叫ぶ横を通り過ぎ、純が岳の隣に腰を下ろす。


「いやさ、怒らないでくれよ。ただ、楽しくやりたいだけなんさ」

「純君がそう思うならいいよ」

「怒ってない?」

「別に怒ってねーよ。朝方遊ぶ中学生なんて全国で俺らくらいだろ。やろうぜ」

「ありがとう。俺も頑張って起きるからさ。部活も無事終わったしさ」

「部活出てなかったじゃん!」

「あー耳が痛い。取れそうだ」

「取っちまえよ。嫌な事聞かなくて済むぜ」

「相変わらずだなぁ」


 そう言うと純と岳は笑い合った。佑太が「がっちゃんて口から生まれたんじゃね?」と冷やかす。

 良和が「下の口だから間違ってはない」と言うと岳は「気持ち悪いよ」と返した。


 土曜日の朝4時。まだ薄暗い塩沢交差点をひとつの自転車の灯が横切った。ファンタグレープを籠に入れ、自転車を漕ぐ佑太だった。

 岳の家の前へ立ち、インターフォンを押そうか迷っていると、静かにドアが開かれた。

 思わず小声で叫ぶ。


「がっちゃん……!起きてたん?」

「早く寝て、目覚まし3時にセットして起きてた」

「やる気満々じゃん!」

「まぁね」


 そう笑うと二人は朝になる前のまどろんだ空気を思い切り吸い込んだ。空気の中に草木の呼吸を感じ、思わず微笑む。


 純の家の前へ行くと既に良和と猿渡が自転車を停めて待っていた。


「佑太、純君が起きてこねぇ!」

「マジで?どうすっかな」

「ぜ、全然起きて来る、気配がない。もう10分くらい待ってる」

「とにかく、待とうぜ」


 一向に出てくる様子の無い純を待っているうちに太陽が顔を覗かせ、街は強烈なオレンジ色に染められて行く。

 駅の職員だろうか、駅に向かい通り過ぎていったセダンの中年男性が車を停めて佑太達を眺めている。

 しばらくすると発進し、特に何事も無かったが純が出て来る気配は無かった。

 たまりかねた佑太が自転車のベルを鳴らす。岳と良和が小声で呼び掛ける。

 すると玄関のドアが開かれる音がして一同は安堵する。しかし、現れたのは純ではなく、純の母親だった。

 一瞬「不味い」と思ったが、純の母は申し訳なさそうに頭を下げた。


「純が皆と朝方遊ぶんだって、そう張り切ってたんだけど……。張り切りすぎて寝坊しちゃってね、言いだしっぺの自分が起きれなくて申し訳ないって、泣きながら言ってるのよ。合わす顔が無いって……」


 その言葉に佑太と岳は微笑ましい気持ちで笑い声を立てた。


「そんなん気にしてないっすよ!出て来てくれって言ってもらっていいですか?」

「純君らしいけどな。全く。大丈夫ですよ。俺らここで待ってます」

「そう?本当ごめんね。すぐに行くように伝えるから」


 そう言うと純の母は家へと戻っていった。佑太と岳が「良い母ちゃんだな」と感心していると良和が二人の会話を遮った。


「純君の母ちゃん、可愛い……」

「かわいい!?」

「いや、マジで可愛い。うわぁー、羨ましいんねぇ……。可愛い……」


 岳が眉間に皺を寄せ尋ねた。


「それ、恋愛対象になるってこと?」

「当たり前じゃん!そういう意味の可愛いだよ……」

「そうか……。すげーな……」


 朝陽に照らされながら純の母を「可愛い」と言う良和の姿は岳の目には何故か力強く映った。

 再び玄関のドアが開かれる音がする。今度こそ、現れたのは純だった。泣き腫らしたのか、目が腫れている。彼等の前へ立つと深々と頭を下げた。


「本当……ごめん。寝坊しちゃってさ、本当申し訳ない……」

「そんなんいいよ!早く行こうぜ!朝になっちまう!」

「ははは!」


 佑太の言葉に純は笑い、彼等は男衾小学校へ向けてペダルを漕ぎ始めた。

 学校へ着くと佑太が落ちていたサッカーボールを校庭目掛けて思い切り蹴り上げた。良和がそれを追い掛ける。岳は純を校庭の隅に作られた畑へ連れて行く。


「ここで俺ら授業でサツマイモ植えたり収穫したりしてたんだよね。農園がずいぶん大きくなったみたいで、普通の芋まであんな」

「へぇ。面白そうだね、そういう授業ってさ」

「いや、草むしりしたり面倒もあったよ。授業と言う名の不法労働させられてたんだよ。だから芋はあまり甘くなかった」

「ははは!」


 良和が猿渡と校庭の木を揺すってカブトムシを探し始める。それに気付いた佑太が木を蹴り始める。

 佑太が「せーので蹴ろうぜ!」と提案したので全員で木を囲む。「せーの!」で蹴ったが結局カブトムシは見つからなかった。

 諦めて木の植えられた小高い場所から降りると良和が「飯山ぁ!」と叫んだ。

 フェンスの向こうに自転車を停めた飯山の姿があった。佑太が声を掛ける。


「何してんだよ!」

「君達こそ、こんな朝方に何をしてるんだよ」

「遊んでんだよ!」

「はぁ?」


 飯山は口を半開きにしたまま彼等を眺めた。佑太が再び聞き返す。


「で、おまえはこんな朝方に何してんだよ!」

「あぁ。これ」


 と言って腰に巻かれたウェストポーチを指差した。


「今日、幕張でポケモンの大会があるんだ。始発で出ないと間に合わんから」


 その答えに一同は盛大に笑った。高い空目掛け、笑い声が響く。「頑張れよー」と声を掛け照れくさそうにしている飯山を見送ると猿渡が空き家に隠していた花火のセットを取り出した。


「は、花火、も、持ってきた!」

「しけってない?大丈夫かな」


 試しに一本火を点けてみると心配を他所に無事に火花が上がった。

 純は満足そうに何本か取り出すと連発式花火を手に持ち、火を点けて猿渡に向けて発射した。


「あ、あ、あぶねぇ!」

「ははははは!」

「おい、あいつやべーぞ!」


 佑太と岳が逃げ出すと、純は笑いながら二人を追い掛けながら花火を向けた。岳のすぐ横を花火の玉が通り過ぎていく。


「なんでアイツ花火やるとあんなに性格変わるん!?」

「純君やべーよ!ホラーに出て来るサイコ野郎じゃねーか!」


 その花火が終わると今度は純の提案で佑太の自転車の後部に乗り、ロケット花火を発射させた。自転車の機動力を使い、校庭を縦横無尽に移動しながら純は猿渡と良和を追い掛ける。岳は早々と危険のない場所に身を隠していた。

 完全に朝になった校庭に笑い声と花火の音と煙が鳴り響く。太陽が夏の暑さを伝え始め、フェンス横を通り過ぎる車の台数も増えた。しかし、不思議とそれを咎める大人は誰も居なかった。


 校庭の裏手から自動販売機まで歩き、ジュースを買って彼等は一息ついた。

 純が自転車花火を思い出し、腹を抱えて笑っている。


「いやぁ!最高だった!ははははは!」

「ふ、ふざけんなよ!お、俺、手、ヤケドしたぜ!」


 猿渡の訴えを聞くと純は一層大きな笑い声を上げた。佑太が満足そうに空を見上げる。


「朝方最高じゃん!マジで誰もいないしさ」


 佑太の言葉に岳が大きく頷いた。


「あぁ。誰にも文句言われなかったし、こんな中学生どこにもいねぇだろうな」

「俺達って超健康じゃん!」

「じ、ジジババより、早起き!はははは!」


 学校へ辿り着いた頃には点いていた街灯はいつの間にか消えていた。そして、辺りを見渡すとすっかり夏の朝の景色になっていた。

 純は鼻に手を近付けた。火薬と土の混ざった匂いに、安堵と懐かしさを覚える。


「この後皆、どうすんだい?帰って寝るんかい?」


 岳が「あぁ」と答えようとしたが佑太が先に言葉を出した。


「まーだまだ遊ぶっしょ!ホラ!まだ7時半だってよ!」

「まだ!?」


 佑太のデジタル腕時計の数字に彼等は驚嘆の声を上げた。そして眠りに就く事も無く、再び昼に向かってペダルを漕ぎ始めた。

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