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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
中学時代
34/183

教師達が手を焼く「文化活動部」の面々の奇行とは。

 放課後の5組の教室を飛び出した仲村の背中に、容赦ない生徒達の笑い声が浴びせられた。

 その生徒達とは良和や岳を筆頭とする「変態クラブ」の面々だった。

 生活支援員である仲村の報告に伊達と金村が顔を見合わせ、暗黙の了解と言わんばかりに頷いてみせた。

 伊達はポロシャツの襟を触りながら、仲村に諭すような口調で語り掛けた。


「アイツらは普通の生徒達とは違うんですよ。曲がったものを直すにはそれなりのやり方があるんでしょうが、元々曲がってるものを何とかしようってのは無理がある。酷く歪んでいるように見えて、あれがアイツらなりの真っ直ぐな姿なんです」


 金村も頷きながら伊達の言葉に同調する。


「彼等は平気で嘘もつくし、分かっててダンマリを決め込んだりもする。何せね、彼等は私達大人の目には見えない部分が多過ぎるんです。若い生徒達の感覚を私達が忘れてしまってるのではなく、彼等は全く新しい部類の生徒達だって事です」

「そう。大人に理不尽を覚えて反抗する程、アイツらは子供じゃないんですよ。それに、そこまで頭の悪い連中じゃありません。アイツらは色々な事情がある事を分かった上で、自由であることを望んでるんではないかと思うんですよ。だから、曲がってるとか、反抗してるとか、カッコ付けてるとか、そう言った類のもんじゃない」


 しかし、仲村は伏し目がちに訴えた。


「それでも……私は彼等の中にある優しさを信じたいんです。それを引き出してあげたいんです……」

「仲村さんね、それは違うよ」


 伊達は腕を組みながら、仲村の訴えを突っぱねた。

 その表情には闘う意思さえ含まれて見える。


「違うとは、どういう事でしょうか……?」

「彼等の根は優しいですよ。仲間想いだし、仲間を裏切るような事はしない」

「でも、赤田君は「死」とか「闇」とか……そう叫んでいました。病的だと私は感じました……。いつか誰かを傷付けてしまうのではないかと、私は思いました」

「仲村さんはアイツらと話をしようとしましたか?」

「話……ですか?いや……その……。私の伝えたい事をまず伝えてからと……」

「なら、まず一番最初にアイツらと話をしてみて欲しかった。例えば誰かが鬱屈して居たとしても、それを受け入れる器を彼等は持ってる。仲村さん、信じられます?」

「あの子達にそんな気持ちがあるなんて……」

「誰かを傷付ける前に、傷付けられた経験が彼等にはあるんじゃないかと、そんな風に俺は感じています」


 金村が困惑した表情を浮かべ、伊達に反論する。


「勿論、彼等はやっちゃいけない事をやる時もありますよ。それは注意しなければならないでしょ。田代の喫煙、伊達先生もご存知でしょう?」

「まぁ……。俺も中学の時は悪戯半分で煙草吸ってたから何とも注意し難いんですけどね……」

「それに、傷付けられた女生徒も居ますよ。伊達先生は自分のクラスの猪名川の肩を持ってるんじゃないですか?他の奴等の問題点を無視して、一括りにするのは勘弁ですよ」

「肩を持ってる訳じゃないんだけど……。アイツらにはやはり、相当手を焼いてるんですか?」

「5組の連中ですか?田代、藤本、赤田、それに高崎、新川……。手を焼いて当たり前じゃないですか」


 二人の横に立つ仲村は、黙り込んでそのやり取りに耳を傾けていた。

 対話の足りなさを自覚し、悔やんではいたものの彼等とどう向き合うべきなのか、その答えは見つかりそうになかった。


 その年の4月。中学生になったばかりの後輩達へ向け、部活発表会という行事が行われた。

 サッカー部による華麗なリフティング、バスケ部によるドリブル技、剣道部の模擬戦などの運動部によるデモンストレーションが終わると文化部の番が回って来た。

 音楽部が吹奏楽を披露し、文化活動部の番になると場内は騒めきに包まれた。


 入場した岳、田代、良和の三人が

「競馬」

 と大きく朱色の墨で書かれた新聞紙を持って入場して来たのだった。


 三人は等間隔で並ぶと新聞紙を大きく広げ、構えた。


 田代がまず一番に


「馬!」


 と叫ぶと、三人は順番にスクワットを始めた。


 文化活動部の事前の話し合いで「後輩に何を伝えるか」という事が議題となり、当時田代が熱狂していた「競馬」を伝えようと彼等は決めたのだった。競馬もひとつの文化活動には違いなかった。

 しかし、その本当の目的は公の場での悪ふざけしか無かった。


「競馬!」


 岳も田代に続き、負けじと叫び、スクワットをする。


「競馬!ば!ば!ば!」


 突然始められた部活発表という名を借りた彼らの奇行に、つい最近までランドセルを背負っていた一年生達は一様に恐怖を覚えた。戸惑いの表情を浮かべながら互いに顔を見合わせ始めている。場内で笑っている者は純を除き、一人も居なかった。


 良和も場内の様子を意に介す事なく、盛大に叫ぶ。


「競馬ぁー!馬!馬!」


 三年生三人が目の前で交代でスクワットをしながら「馬!」と叫んでいる。教師も一年生も同級生さえも、どう反応したら良いかと言った表情で三人を眺める。片隅からは純の笑い声が聞こえてくる。

 田代が最後に


「競馬と言えば「JRA」!よろしくねー!」


 と叫び、部活発表会の幕は閉じた。

 文化活動部による部活発表という名の奇行の発表会に、教師達は「あまり触れるべきではない」と判断したのか、岳達が咎められる事は特に無かった。顧問の引田に至っては


「そういや何年も競馬場に行ってねぇなぁ」


 と感慨深い表情を浮かべる始末であった。対処の仕様のない彼らの行動に、教師達は手を打つことが出来ずにいた。その出来事を伊達が仲村に伝える。仲村は酷く困惑した表情になり、頭痛を起こした時のようにこめかみを押さえ始めた。


「本来将棋や囲碁をやる部活なんですけどね。アイツら「競馬ー!」って、叫んでましたよ。生徒の事こんな風に言うのはアレですけど……本当「狂ってる」って思いましたよ」

「あの……。全然分かりません。彼等は何故……競馬と叫んだんでしょうか……?部活で何か……取り上げなければならない事情があったんですか?」

「ある訳無いじゃないですか!思いつきひとつでしょう。でもね、必死に叫んでるから何か止めようにも止められなかったんですよ。意味は分かりませんが力は感じましたよ」

「力……確かに力強い人達だとは思いますけど……」

「彼等は不良とは違うんです。ただ、自由で居たいだけですよ」


 伊達が煙草に火を点け、職員室の事務机に腰掛けた。ゆっくりと煙を吐きながら、伊達はポツリと呟いた。


「俺も自由になりたいって思ってたもんなぁ……」


 その横顔を見詰めながら、仲村は微かに彼等の事を理解出来た気がしていた。


 学校の外へ出た彼等は、蒸した空気に包まれた夕方の街を歩いている。

 佑太が「そういえば」と前置きしてある事を言った。


「ベストドラッグで携帯配ってるん知ってる!?」

「知ってる!」


 岳が思わず大きな声を出す。その頃、ベストドラッグという薬屋の入り口で怪しげなスーツの男が福引を行っていた。

 福引の結果に関わらず男は「携帯が当たりましたよ」と言って親に同意書を書いて来て貰うよう催促するといったものであった。


「携帯とか普通に買った方がいいよな。薬屋の前で投売りしてるとかさ、怖いよ」

「高校になったら携帯持たせてもらえっかなぁ。それにしても怪しいよなぁ!ぜってー詐欺だって!」

「昔さ、学校の校門の前にミニ四駆とか売りに来た人とかいなかった?うち居たんだよなぁ」


 純の発言に一同は目を丸くする。


「いたー!変なおっさんでさ、いっぱいおもちゃ広げて売りに来てた!」

「やっぱいたんかい!でもさ、藤岡では若い兄さんだったんだよね」

「商売!皆商売が上手いん!ガキでも平気で騙すなんて悪だよ。素晴らしいね!」


 良和がそう言うと岳が「資本主義だからな」と呟いた。


「俺ら大人になったらさ、いつでも好きな時に連絡取り合えたり出来るようになるんかさ?」

「純君、手の平でネットが出来るようになるよ!なんと!AVまで見れる!」

「マジかい?」

「ひゃっほー!」

「何で分かるん?「ムー」か?」

「いや、いくらか前にテレビでやってた。AVは想像」

「なんだよ」


 良和の情報は数年後、正しいものと証明された。この頃はまだ誰かと好きな時に連絡を取り合う事すら叶わなかった。想う事しか出来なかった。だからこそ、自由もそこら中に転がっていたのだった。

 その自由のひとつを純が笑いながら拾い上げる。


「ヨッシー、鼻毛が飛び出ててさ、しかも鼻糞ついてんだけど」

「えぇ?がっちゃん、小さい鏡貸して!」

「んだよ!きったねぇなぁ!あいよー」

「純!そろそろ奈々ちゃんにコクらねー?」

「え?いや、部活最後で今それどころじゃないんさ。ははは!見て!新しい鼻毛が飛び出てきてる!」

「あれ?取れてないん!?」

「違う!新しくまた鼻毛が飛び出てきたんさ!」

「あー、もう!はい、鏡。ヨッシー、毛ぇ切れよ!」

「わり」


 ひとしきり笑うとその自由を放り投げる。誰かがまた、拾うだろうと信じて。

 誰も拾わなかったら、きっと明日の行きにまた拾えると信じて。

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