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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
中学時代
32/183

指先

 良和は変態クラブのメンバーが集まった自室でゲームのコントローラを突然手放すと、煩悩の喘ぎ声を漏らし始めた。


「幽霊さんが好き、あぁ、幽霊さん!幽霊さん!」


 良和は「好きな人」がかなり短い周期で定期的に入れ替わる。

 今の好き人は同じクラスの「幽霊」とアダ名を付けた色が白く、大人びた雰囲気を持つ女生徒だった。

 その前は学年の中では決して目立った存在ではないが、整った顔立ちをした神社の娘だった。

 良和の喘ぎに岳が反応する。


「巫女の次は幽霊かよ!ヨッシーの好きな人は皆カルトだな」


 コントローラを手放されたゲームの対戦相手だった純は、良和に怒りをぶつけた。

 ゲームの事になると純は熱くなる癖があった。


「なんでいっつも負けそうになるとコントローラ離したりリセット押したりするん!?子供かよ!そういうのマジでムカつくわ!」

「純君、なんでそんなムキになるん?そんなら家で一人でやればいいじゃん」

「俺に勝てないからって、そういう事言わんでくれん?」


 佑太が間に入り、止めに掛かる。


「やめろやめろ!喧嘩はやめろ!純はつえー!な?ヨッシーの負け!次、ほら。がっちゃんが相手!」

「俺は今「幕張」読んでんだよ。忙しいの。それよりさ、猿って好きな人いんの?」


 岳が視線を漫画から一切離さずに、興味本位で尋ねる。


「え……!お、お、俺は、そ、そんなのいねぇ!」


 猿渡の慌てぶりに岳は噴き出す。純も怒りを忘れ、噴き出した。

 佑太が疑惑の目を猿渡に向ける。


「えぇ?居るんじゃねーの?今の答え方……怪しくね?」

「そ、そんなの、い、居る訳ねぇじゃん!お、女なんてくだらねぇ!き、キンモクセイならマンもくせぇ!ってな!ははは!」

「言ってる意味分かんねー。誰だよ!教えろよ!」

「いねぇもんはいねぇ!」


 良和がすかさず慌て始めた猿渡を庇う。


「サルは好きな人いねぇんだよな?な?女より軍の方が好きなんだろ?零戦でヌケるよな?」

「鬼畜米英!この命を懸けて、生きて戻らぬ覚悟であります!ひゃははは!」

「ヨッシーさ、次やったら絶交だかんね」

「純君まだ言ってる!」


 佑太が岳の隣に腰を下ろす。


「がっちゃん、そういやあれから好きな人出来た?」

「いや?走ってる時の小関さんのケツが良いなって思うくらい」

「あんな細いのが良いの!?」

「細めが好きなんだよ、俺は。俺も細いけど」

「へぇ……。純はいつナナちゃんにコクるんだよ!?」

「いやぁ、俺はまだいいや」

「まだいいって!もう一年以上だぜ!?本当煮え切らねぇ!」


 純は岳が茜への片想いを完全に振り切れている事に気付いていた。以前と違い茜の話題に触れても特に嫌悪感を出すこともなく、近頃は自然と話すようになった。茜への関心自体を失っているようにも見えた。

 しかし、純は自分の本当の想いを周りに伝える事は決してしなかった。


「お、おまえらは、本当に、れ、恋愛ごっこが大好きなお子様ですねぇ!」

「うるせぇな!オメーは戦艦大和でヌイてろよ!」

「あれって今の技術でも作れないらしいで」

「そうなん!?」

「がっちゃん!幽霊さんとヤッたら幽霊さん成仏するん!?」

「しねぇよ!大体、生身だろ。ぬ〜べ〜の読み過ぎかよ」

「ヨッシー、鬼の手じゃなくて鬼のチンポ持ってるから昇天はするんじゃね!?」

「それならイクわ」

「あぁー!幽霊さんとしたい!幽霊さん、幽霊さん!」


 彼らの嬌声の中で純は茜へ想いの欠片だけでも伝えようか迷い始めていた。

 その頃の岳は既に恋愛よりも、絵を描く事や楽器を始めたいという欲に夢中になっていた。

 彼らの中に居る時の居心地の良さからそっと抜け出すように、純は静かな行動へ出た。


 昼休み、茜が教室でクラスメイトと談笑していると純が訪れて来た。


「めっずらし!純君、どうしたん?部活出る気にでもなった?」

「いやぁ、それはどうかな?」

「何それ。まぁ期待してないよ」

「それはありがたいね」

「あっそ」

「いや、実は用件があってさ。放課後5組の前に来てくれん?」

「えー?あんな変態小屋の前に行くの嫌だよ」

「すぐ終わるからさ。お願い」

「うーん、分かった。すぐ行けばいい?誰かさんと違って部活が忙しいからさ」

「いつでもいいよ。待ってるからさ」

「分かった、じゃあ放課後ね」


 呼び出しの理由が茜には思い浮かばなかったが、部活が終わった後に茜は5組の前の廊下へと向かった。

 誰も残ってはいない廊下に純が一人、壁に背中を掛け立っていた。


「おーい?来たよ」

「あぁ、悪かったんね」

「ねぇ、どうしたん?」

「いや。これさ、渡そうと思って」

「何これ?」


 純から手渡されたのは可愛らしい柄の小さな包みだった。指先が僅かに触れた。純の指先は冷たく感じた。茜はきっと誰かの代わりに純が手渡して来たのだろうと考えた。


「これって、プレゼントじゃん。誰に頼まれたの?」

「いや、俺から」

「え?何で?」

「こないださ、誕生日だったでしょ?だからお祝い」

「え?覚えてたの?」

「あぁ、まぁ。誘ってもらってんのに部活出なかったり、色々迷惑かけてるしさ」

「ありがとう……へぇ」


 包みを開けると金閣寺の御守りと薔薇の入浴剤が入っていた。入浴剤を買う純の姿を想像し、茜は思わず笑いそうになる。


「純君!意外と良い所あるじゃん!これ、選んでくれたの?」

「うん。もっと早く渡せれば良かったんだけどさ」

「意外だわぁ。本当ありがとね。入浴剤嬉しいな」

「そう言ってくれてホッとしたよ。御守りさ、最後の大会に向けて怪我がないようにさ。頑張ってよ」

「純君もだよ!」


 茜が喜ぶ姿を見て純は心の何処か分からない、普段は気付きもしない場所から喜びが溢れるのを感じていた。そして、目の前で屈託なく笑う茜の少し垂れた目尻に、堪らない愛しさを覚えた。


 二人だけの廊下に、二人だけの声が響く。他愛ない話をしながら階段を下り、そのまま二人は下校の為に別れた。

 手を振って別れた茜の後姿を、純はその姿が消えるまで見送り続けた。


 その頃、とある一人の男子生徒が花屋を訪れていた。


「すいませんが。薔薇はありますか?」

「薔薇ぁ?あぁ。今日はもうないよ」

「そうですか……」

「カーネーションだったらあるよ。遅くなった母の日用でしょ?」

「違います!無礼だな!失礼する!」


 飯元は憤怒しながら店を出た。


「全ては上手くいかないが、それも障害という奴だろう……。障害が多い程恋は燃える。これも俺と森下 茜が運命で結ばれている証拠か……やれやれだぜ……」


 そうひとりごちて、自転車を漕ぎ出した。


 季節は夏へと移り変わり、最後の夏休みを視野に入れた行動を誰もが心掛け計画し始めていた。

「受験」に向け、合宿や勉強会などに参加する者も居た。


 暑い日が続くようになり、中学生最後のプール開きが行われた。

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