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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
中学時代
31/183

自由

 京都市内にある各アイドルショップは、全国各地からやって来た修学旅行生達でごった返していた。

 純と佑太は中学生ですし詰め状態になった狭い店内へ無理矢理入り込んだ。

 佑太の甲高い声は誰の声よりも良く通る。


「すいませんね!ごめんごめん、君、ちょっとどいてくれるかなぁ!?お願いしやーっす!」

「いでぇ!なんだテメ?今、俺の足蹴ったんべ!?」

「え?俺じゃないよ?てか、訛ってる!純!こいつ訛ってる!」

「あんだテメ!なめてっでねぇぞ!やんのが!?」

「すいやせーん!GLAYのシャツ探しに来ただけっす」

「あ?あんだ。オメ、GLAY好きか」

「ったりめーじゃん!」

「なら許す。あっちにあんぞ」

「あざーっす!」


 一触即発の危機を乗り越え、純と佑太は目当ての商品を手に入れた。全国からやって来る中学生達の中には当然訛りの強い集団もおり、純はそれを新鮮な刺激として捉えていた。


「いやー、言葉って同じ日本でこんなにも違うもんなんだね」

「だべ~とか、俺らも使うじゃん。純は何々さ、とか」

「え?俺訛ってるんかさ?」

「そりゃもう十分」


 京都の市内を散策しながら歩いていると、女子向けの雑貨屋の前で純が立ち止まった。「かわいいー!」と嬌声を上げる女子達の声が耳に飛んで入って来る。純は修学旅行が終わればすぐに茜の誕生日が来る事を思い出し、吸い込まれるように店内に入って行く。先を歩いていた佑太が純が居ない事に気付き、踵を返す。


「純!こんな所に用事ねぇだろ!?」

「あぁ。いや、母親に何か買ってこうかなぁって思ってさ」

「あぁ……そう……ずいぶんセンスがお若い母ちゃんで……」


 店の奥へと進む純にはついて行かず、佑太は居心地の悪さを感じながら入り口近くで店内を見回している。純はあるコーナーの前で足を止め、手に取った商品を見比べると、そのひとつを手に取りレジへと向かった。


 修学旅行も終わり、通常の学校生活に戻った初日。3年5組の教室内は数名の女子生徒の泣き声が響いていた。


「すーちゃん。泣いたら負けだよ!」

「だって……こんなの……だって……」


 机に貼り付いた大量の糊は簡単には剥がれず、糊を削る音とすすり泣く声が交互に聞こえてくる。

 煙草を揉み消し、ベランダから戻った田代はその光景を目に入れる事もなく席に着いた。

 担任の金村は教室に入るなり、真顔で拳を教卓に叩きつけた。七三に分けられた髪に柔和な笑顔が特徴的だったが、金村は生徒達に対し決して物腰が柔らかい教師という訳では無かった。

 その厳しさ故か、剣道部の顧問でもあった。


「おまえら、朝一で報告があったぞ。複数の生徒の机に糊をぶちまけた奴がいる。どうせ一人じゃないんだろ?誰だよ」


 教室に立ち込めた重たい空気が次々と生徒達の口を塞ぐ。糊をまかれた机の持ち主のすすり泣く声が再び聞こえ始める。その声を聞いた途端、田代は噴出しそうになる。同じく堪え切れないといった様子の良和と視線が合う。

 純は視線を黒板の上へと移し、時が経つのをぼんやりとやり過ごしていた。ふと視線に気付き、目線を下げると金村は純を真っ直ぐ見据えていた。怒りを孕んだ酷く悲しげな金村の眼差しに、純は目線を外すタイミングを完全に失い、しばらくの間目が合ったままだった。

 金村が溜息をつき、吐き捨てるように言う。


「そうやって、また逃げるのか」


 部活の顧問でもある金村の言葉は純の胸に強く突き刺さった。三年に上がってから同級生の剣道部員達は最後の大会に向け、死に物狂いの稽古を行っていた。純は今更その中に入り込む事など出来ず、部活へ行く事が殆ど無くなっていた。クラスが変わった為、茜が純を追掛けて来る事はもう無かった。

 俯く純を意に介せず、金村は続ける。


「まぁ……誰がやったかは検討がついてる。きっと名乗り出ないだろうな。謝りもしないだろうな。そうやって大人になって行けば良い。逃げて、逃げて、いつか後悔するまでな。なぁ?田代」

「俺じゃありません」

「そんな事聞いてないよ。そういう生き方は惨めだよな。なぁ?赤田」

「……そうなんですか?」

「怒りとか通り越してな、心配だよ。いつかとんでもない事するんじゃないかってな。まぁいい……。えー、名乗り出る勇気のある生徒は、後で構わないから先生の所へ来るように。新川」

「はい?」


 急に指名を受けた純は思わず声が裏返る。誤魔化すように咳払いをする。


「後で先生の所に来るように」

「あぁ、はい」


 その日のホームルームが終わると金村の元へ純が向かう。金村は何かを叱り付けようとする表情ではないことに、純は内心安堵する。


「あのなぁ。分かってるだろうけど、部活」

「あぁ……。はい。すいません」

「どっか具合でも悪いのか?」

「いや、そういう訳じゃないんですけど……」

「そう……。まぁ、最後の大会も近いし、出れる時は出てくれ。部員なんだから」

「あぁ……はい。そうします」

「うん。まぁ……それだけだ」


 純の肩を叩くと金村は教室を出て行った。「何だったん?」と佑太と良和が純を取り囲んだが純は「別に」としか答えなかった。心の何処かで「見捨てられたな」と感じていたが、自業自得だと思うと純は一人で乾いた笑い声をあげた。


 岳が部室に入ると色の白い藤山が顔を覆って泣いていた。その横で高梨が真顔のまま完成間近の巨大パズルをバラバラにしている。


「おいおい、どうしたんだよ」

「高梨が……俺のパズルめちゃくちゃにぶっ壊した……後少しで完成だったのに!」

「うん!壊したいから、壊した!俺はスッキリしたから、もう大丈夫!」

「あぁ、そう……」


 岳は二人の間に割って入る事もなく顧問の引田と向き合う。引田は珍しく囲碁盤に向かい、一人で囲碁の問題を解いている最中だった。


「先生、ちょっと良い?」

「おう。やるか?」

「いや、やんない。先生さ、何で先生になったの?」

「俺か?なんでだったかなぁ……。もう引退の近いジジイの話し、聞くか?」

「うん。聞いてみたい」


 中学三年生。岳は漠然としか描けない未来の切っ掛けを掴む為、身近な大人の話を聞いてみようと試みた。


「俺はな、これでも昔は「鬼教師」なんて呼ばれてたんだ。教育ってのは厳しく指導して、曲がった根性を矯正して、叩き直すことに事にあるって思ってた」


 引田は手刀を切って見せた。そして、昔を懐かしんでいるのか意気揚々とした口調だ。岳がちゃちゃを入れる。


「先生、今じゃ舐められっぱなしなのに?」

「馬鹿。いいか?高圧的に教育するってのはな、日本が戦争に負けた後に教師になった連中の幻想なんだ。いつまでも軍を引き摺って、そして死んでいった幻想や亡霊を蘇らせた教育こそが「根性論」。教育戦争なんてのもあったな。俺は思ったんだ。古臭い考えにしがみついて、そして幸せになった奴はいない」

「そうなの?どういう風にさ、不幸なの?」

「不幸というか、それなりに安定した生活送ってても何処かギスギスしてたりな、余計な神経使って生活送って、生活は安定してるはずなのに自殺して死んでしまったりな」

「ふぅん。そうか……」

「おまえ、聞いてるか?」

「聞いてる。思い当たるから考えてる」

「お、どう思い当たるんだよ?」

「自分の……人生」

「これからだろ馬鹿。とにかく、俺は自由が一番だって、そう思う。楽しめる時には楽しむ。心を自由にな。それを教えたくてやってる」

「うん。それは俺も思う」

「おまえらは自由過ぎだ!藤本や赤田、田代。あの辺の親玉、おまえなんじゃないか?」

「俺が!?俺は別にそんなん思ってないよ。別にグループ組んでる訳じゃないんだから」

「悪のスマップか?」

「先生、スマップなんて良く知ってんじゃん」

「猪名川。ジジイ馬鹿にすんなよ?」


 自由。何をしても許される訳ではない事は分かっている。それを得る代わりに失う代償。それが何なのか。それは人生に多大な影響を及ぼすものなんだろうか。大人は「責任」という言葉をすぐに持ち出す。自分達は怒られる事が嫌だから教師からバックれる事もある。「責任」が無いと言われる。大人達が「責任」の擦り合いをしているのは自分達と同じで怒られたくないからじゃないのか?

 大人も子供も変わんねーんじゃん?いや、まだ分からない。そもそも、大人ってなんだろう。

 今は自由。なんだろうか?


 岳は腕を組みながらぼんやり考え、しばらくの間部室で眠りについた。起きた頃には夕暮れに景色が変わり、部室内には誰の姿も無かった。「もう帰れ」と言うように、遠くでカラスが鳴いている。

 起き抜けの頭で、岳はバラバラになったパズルのピースを数枚、拾い上げる。窓を開ける。


 そして「今の自由」を確かめるように、それを全力で放り投げた。

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