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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
中学時代
29/183

修学旅行

 修学旅行前日の放課後。岳は最近になって文化活動部に出入りし始めた肌の白く「美少年」という称号が似合う藤山が作る富士山の巨大パズルを横目で見ている内に眠気に襲われた。

 何しろ、パズルのピースに青が多過ぎた。


 部室で仮眠を取っていると廊下から嬌声が聞こえてきた。

 悪ふざけが好きな田代たしろが業務用の巨大なスティック糊を股間にあてがい、喘ぎ声を上げている。

 良和や佑太、他数名が笑い声を上げている。


「馬鹿じゃねーの!」


 教室へ入るなり岳も大笑いする。田代はそのままスティック糊を擦り始め、架空のボルテージを上げていく。

「ぽ!ぽく!イッちゃう!ぽく!もう!ぽく!」

「なんで「ぽく」なんだよ!」


 一同が笑い声を上げる中、田代は「あぁ!あぁ!出る!出る!」と叫びながらスティック糊を複数の机へぶちまけた。

「くっだらねぇ!」と言いながらも、田代の奇行に一同は中々笑いが収まらずにいた。

 純が「一応拭いといてやろうよ」と声をあげ、一同は空雑巾で机を掃除し始めた。だが、すぐに純の手が止まった。他の者も同様に、その手を止めた。

 岳が雑巾と机を見ながら言った。


「これ、糊……伸びてね?余計に取れなくなってんぞ」


 全員が顔を見合わせた。恐らく濡れ雑巾ではどうにもならないであろう事は分かっていた。しかし、時間を掛けて掃除をすれば教師が来て奇行の宴の後始末がバレる可能性がある。普段の掃除すらまともにしていない連中が放課後に掃除をする理由など、悪ふざけの後始末以外に無いのだ。

 その時、良和がパン!と手を打った。


「まぁ、皆さんで掃除をしたという事で!お開き!」


「宴もたけなわですが……」というような調子で言った為、一同は掃除を諦め、水道で雑巾を洗い、汚した机の処理はそのままに逃げるように学校を飛び出した。


 学校から近い柏田歩道橋を過ぎた辺りで佑太が「そういえば」と声を上げる。


「明日っから修学旅行じゃん?で、土日休みじゃん?って事はさ、バレるのって週明け?」

「絶対ガビガビになってんだろ」


 岳の言葉に純は神妙な面持ちになる。


「それは不味くないかい?あれ、固まったら取れるかな?」


 良和が間延びした調子で答える。


「後輩か誰か掃除すんじゃん?行事で無かったっけ?修学旅行中の三年の教室掃除」

「そんな都合の良い行事ねぇよ!」


 佑太が勢い良く言うと彼等は笑い、それ以上その話しを広げようとはしなかった。二泊三日の修学旅行を前に、机の処理という問題は保留にされた。

「まぁ……どうせ帰ったら怒られるんだし、修学旅行で問題を起こさなければオッケーっしょ」

 そう佑太は言ったが、問題が起こらないはずが無かった。特に岳は親の呼び出しをされる程の問題を起こしてしまう。


 当日の朝。慣れない電車を乗り継いで彼等は東京駅を目指していた。乗り換え駅で偶然同じ男衾中の小柄な男子生徒を見つけた岳は純と佑太に声を掛けた。


「あいつ、あんな小さい身体だから電車とホームの隙間に簡単に落ちちゃいそうだよな」

「がっちゃん!朝から物騒だよ!」

「落ちたら行きの新幹線、一席空くから荷物置きにしようぜ」

「旅行どころじゃなくなるって!」


 朝からきつい冗談を飛ばす岳に純は「今日はがっちゃん、調子が良いな」と感じていた。

 クラス別行動の為、岳は純達と別れ新幹線に乗り込んだ。

 純達は写真を撮り合い、騒いでいた。担任から注意を受けるも「たまたま乗り合わせた奴が悪い」と開き直った。

 京都へ行く前に奈良へ行き、大仏や法隆寺といった定番のコースを辿る。間近で見る大仏の迫力は普段煩い彼等を黙らせるには十分だった。

 特に問題も起きる事なく、京都へ着いた。小雨混じりだった為に移動が多少困難ではあったが、その夜には皆が自由行動の予定を楽しげに話し合っていた。


「純、アイドルショップ行くっしょ?」

「あぁ。ラルクのグッズとかあるらしいんだよね。佑太はGLAY?」

「ったりめーじゃん!TERUが俺を待ってるんだから!」


 その頃、岳は周りの生徒達に「見たこと無い缶珈琲あったら教えて!」と声を掛けていた。良和の影響で知らない缶珈琲の銘柄を集めるのが日課になっていた。

 食事の最中、鳥元が岳にふと思い出したように静かに漏らした。


「ここの旅館の廊下にマックス?とかっていう珈琲あったよ」

「おぉ!ありがとう!」


 旅館で出された料理に特に興味も抱かず、岳は部屋を飛び出し缶珈琲の収集に勤しんだ。


 翌日の京都観光も天候にはあまり恵まれなかったものの、集団行動に問題はなく事は進んで言った。

 清水寺や金閣寺。地味な銀閣寺。嵐山。鴨川の流れを見詰めながら各々が中学生なりに風情を感じ、楽しんで過ごした。

 そして、その夜。


 佑太達は枕投げ合戦に始まり、興奮が抑えられなかったのか悪ふざけを更にエスカレートさせて行く。

 騒がしい佑太達に飯元が声を荒げた。


「俺は今、新しいパジャマに着替えてるんだ!君達、着替えの邪魔はしないでくれるか!」

「はぁ!?知るかよ!デケーんだからまわしでも着けとけよ!」


 佑太は飯元を無視して再び騒ぎ始めた。

 翔は修学旅行前、藤山と「一番早く寝た奴の鼻の穴にポッキーを入れよう」と約束していた事を、ふとトイレの最中に思い出した。


「まぁ、チョコが溶けるし、ちょっと可哀想だけどな……」


 そうひとりごちて部屋へ戻ると、藤山が嬉しそうにポッキーを手にして待ち構えていた。

 真っ先に眠りに落ちたのは新しいパジャマ姿の飯元だった。周りを取り囲んだ連中が忍び笑いを漏らす。


「やろうよ……!」


 藤山のその一言で、飯元の鼻の穴へとポッキーは入れられた。

 翌朝、部屋の出入り口の蝶番を彼等は壊した。ふざけてドアにぶら下がり、その重みで蝶番が外れたのだった。

 仲居と女将がやって来てすぐに修繕された為、こっぴどく怒られる事はなかった。


 方や寝起きの飯元はパジャマがチョコで汚れている事に気付くと烈火の如く怒り始めた。


「俺の寝てる所にチョコ置いてったのは誰だ!?答えろ!どこのどいつだ!パジャマが汚れてるじゃないか!これは新しいパジャマなんだぞ!見つけたらタダじゃおかないぞ!」


 飯元は溶けたチョコで汚れた鼻の下に気付かず、叫んでいる。


「笑い話が増えたな」皆が飯元の叫びを無視してそう話していると岳が部屋を覗きに来た。


「おぉ!がっちゃんおはよう!」

「うん。おはよ」


 佑太が声を掛けたが岳はすぐに部屋を出て行った。余りの素っ気無さに佑太が追い掛ける。


「がっちゃん!どうしたん!?」

「いやさぁ……やっちまったんだよなぁ……」

「何したん!?俺らなんか蝶番ぶっ壊したばっかだぜ!?」

「あぁ……そう。俺も壊したんだけどさ……」

「ははは!やってくれんじゃん!流石、がっちゃん!何壊したん!?もう怒られた?」

「とんでもなく伊達に怒られた。で、帰ってから親の呼び出しがあって、また親子共々怒られる」

「え?マジで?」


 佑太の顔色が変わる。岳の顔色はずっと血の気を失くしたままだった。


「マジで、だよ」

「何やっちゃったん……?」


 佑太が小声で聞くと、岳は廊下の上方を指差した。

 かなり大型の非常口案内の誘導灯がそこにはあったはずだった。

 少なくとも、昨夜までは。

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