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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
中学時代
25/183

変態クラブ

中学三年になった純達。

新しいクラス。そして受験。

「変態クラブ」と呼ばれる面々にも、春は訪れる。

 中学二年。一月。日曜日。


 前日の夜中から降り出した雪は、朝には男衾の景色を真っ白く染め上げていた。純は雪が降る様子をブラインドを開け、眺めている。窓を開けると、外は降り積もる雪の為に静まり返っていた。

 その静けさが妙に心地良く、目を閉じて耳を澄ます。

 すると、微かに雪の上を進む自転車の音を純は感じた。車すら通らない雪の日、純が目にしたのはインスタントカメラを握り、自転車をゆっくりと進ませる岳の姿だった。

 純が窓から顔を出し、岳に声を掛ける。


「がっちゃん!」

「おう!純君!」

「こんな雪の日にどこ行くんだい!?」

「写真!」

「写真!?現像しに?」

「違う!写真撮りに行く!このカメラ、白黒フィルム専用だから、雪の降る日待ってたんだよ!」

「写真、撮ってどうすんの?」

「一人で見て一人で満足する!まずは撮りたいから撮る!」

「へぇ……。気を付けて!」

「ありがと!」


 そう叫ぶと岳は雪の降る道路をただ一人、進んでいった。


「撮りたいから撮る」


 その感性は自分の中からは生まれて来ないな。純はそう思いながらそっと、窓を閉めた。


 美術の工作授業中、岳は工作で使う道具には一切目もくれず、いきなり絵を描き始めた。

 真っ白い画用紙に横を向いた少女の姿が描かれていく。授業中、その前を行き交う生徒の誰もが足を止め、岳の絵を覗き込む。

 美術担当の若手女性教師の三木も、岳の逸脱した光景を黙認していた。

 リアルな陰影をつける為、鉛筆を次から次に持ち替える岳。その姿には人を黙らせる力があった。

 やりたい事が次から次へと溢れる人。それが純の持つ岳のイメージであった。


 もうひとつ季節が変われば、高校受験が始まる。嫌でもこれから先、自分が岐路に立たされる事を純は分かっていた。だからこそ、何も思い描けない自分が情けなくて堪らなかった。


 冬は次第に春へと変わり、彼等は中学三年になった。

 桜の散った学校裏の道路を純は佑太と歩いている。


 純は3年5組になった。佑太、良和、翔と同じクラスとなり、顔見知りも多かった為に純はすぐにクラスの雰囲気に馴染んだ。他には素行不良が目立つ生徒も多かった為、このクラスに学年中の厄介者が集められたと噂されていた。

 教室も唯一他の三年生とは別の場所にある為、自由奔放なクラスとなった。


 岳は3年5組の真下に位置する3年4組になった。

 純のクラスメイトが授業中にベランダで悪ふざけする生徒が後を絶たなかったため、岳が授業を受けていると時折上から水やボールが落ちるのが見えた。上からの笑い声の中には、煙草の匂いも混じっていた。


 休み時間になると純はベランダの手摺に足を掛け、バランスを取ってみせる事があった。

 周りの制止を笑って振り切り、完全にスリルを楽しんでいた。落ちれば命の保障はない程の高さであった。

 しかし、純は笑っていた。


 文化活動部の部室が3年5組の隣に位置していた為、岳は純達に会いに昼休みや放課後になる度に教室を訪れた。

 中学二年の時点でそれぞれ集まるメンバーは固定化され、そこから三年になってメンバーが変わる集団は殆ど存在しなかった。

 ある日、岳が教室の掃除をしているとバスケ部の関田というクラスメイトに「ちょっと良いかな」と呼び止められた。


「どうしたん?」

「ねぇ。前から聞きたかったんだけどさ」

「うん」

「がっちゃん達って「変態クラブ」なんでしょ?」

「皆、そう言ってんの?」

「うん……」


 関田は申し訳なさそうな表情を浮かべたが、岳は一呼吸置くと盛大に笑い出した。自分達がそう呼ばれるという事は、ある種の注目を集めており、同時に関わらない方が良いと思われている証拠でもあった。

 好きな事を好きな時に好きなだけ、して来た。

 それがついに認められたのかと胸を張りたくなった。


「関ちゃん、俺達には関わらない方がいいよ」

「うん。分かった」

「変態が感染うつるから」

「うん……多分、皆もそう思ってるよ」

「なら、いいんだ」


 岳は放課後、佑太達にその事を報告した。しかし、思っていた通りの周りのリアクションだった為に、それに相好を崩す者も腹を立てる者も居なかった。その対応に、岳は居心地の良さを覚えた。


 それは社会の授業での出来事であった。社会担当の江古田だという中年太りした教師が「皆に観てもらいたいものがある」との事で、その日はビデオ鑑賞の授業となった。

 そのビデオとは、中国で製作された南京大虐殺で行われたと言われる日本軍による蛮行を描いたものであった。

 日本兵が銃剣で赤子を串刺しにし、高笑いする。ある家族を小さな部屋に閉じ込め、日本兵が手榴弾を放り込むと、手を叩いて大笑いする。

 戦争が生み出した日本兵の狂気をこれでもか、と言わんばかりに描いていた。


「これは全て、真実です」


 江古田はそう言うなり、目に涙を浮かべた。猿渡が見たら「もっと殺せ!チャンコロぶっ殺せ!」と大喜びするに違いない。と岳は想像した。

 クラスメイト達が沈痛の面持ちを浮かべる中、岳は腑に落ちない感情を抱いた。

 各自感想を書くように、とプリントが回された。岳はペンを取らずに、江古田の立つ教卓へと席を立った。


「先生。事実だって言うけど、映画は証言した人の体験を元に作られたんですか?」

「そうだ」


 江古田は当たり前じゃないか。という顔をしている。


「こんな人を次から次に殺しまくって喜ぶ暇とか、金とか、日本軍にあったんですか?」

「あったんだ。あったからこうして映画になったんだ」

「だって日本軍、というか日本自体が外国からの圧力もあって困窮していく中での戦争だったって、そう先生言ってましたよね?」

「だから何なんだ?」

「わざわざ何百万ていう民間人を抹殺する方が、金掛かると思うんですけど」

「猪名川。さっきから何が言いたいんだ?」

「公平じゃない。感想書くなら日本人の意見も聞きたいです」

「悪いのは日本人だ!良いから早く感想書け」


 岳は納得のいかない面持ちで席へ戻ると「悪いのは日本人だ」と、江古田の言葉をそのまま感想欄に書き込んだ。

 放課後、部室へ行こうとしていると教材準備室にいる翔を見つけた。


「どうしたん?」

「あぁ。ちょっと探し物。あ、あったあった。コイツだよ」


 翔が満足そうな笑みを浮かべながら取り出したのは、江古田が普段授業中に飾っている坂本龍馬のポスターだった。

 坂本龍馬と何ら関係のない授業でも、このポスターは飾られていた。

 翔が憎々しい、という表情を浮かべてポスターを睨む。


「あいつ、坂本龍馬坂本龍馬うるせーんだよ」


 そう言いながら翔は坂本龍馬の目に画鋲を刺し込んだ。岳はその行動に好意を感じる。


「翔。鼻にも刺してやろうぜ」

「おお。いいね」


 それから間もなく、顔面のあちらこちらに画鋲の刺し込まれた異形の坂本龍馬が完成した。

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