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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
中学時代
24/183

未来

彼等が立たされるのは、真っ白なままの未来を描く場所だった。

何もかもが真っさらで、手探りさえ難しい、そんな未来。

 夏休みが始まってから10日後。朝一番に純からの電話で、岳はベイシアに呼び出された。

 電話ではなく、直接会って報告したい事があると純は言った。きっと杉下の事だろう、と思いながら岳がベイシアに着くと、店の外の日陰にあるベンチに座る純が見えた。純は岳に気付くと微笑んだが、笑顔に力が無い様に見える。岳は缶コーヒーを買うと純の隣に腰掛けた。


「がっちゃん。急に呼び出してごめん」

「いいよ。暇だったしさ。で、報告って何?」

「いや、実はさ。告白されてさ……」

「あぁ……やっぱりね」


 思っていた通りの出来事ではあったが、純は断ったのだろうか。杉下と純はどう転んでも付き合う事はしないだろうと、岳は予想していた。


「杉下さんがさ、がっちゃんと森下に巻き込んで申し訳ないことしたって、そう言ってくれって」

「うん。まぁ別に良いよ。楽しかったか?って聞かれたら「何しに行ったのか分からない」って答えるけど」


 純は「確かに」と相槌を打ち、本題を切り出した。


「実はさ、あの後電話もらってさ、寄居の水天宮祭りって花火大会、一緒に行こうって言われたんさ」

「水天宮か」

「その時に「恋人として」って言われて。それは出来ないって、断った」

「あぁ……。それが告白になるんか。でも、ちゃんと断ったんならそれで良かったと思うよ」

「良かったんかな?」

「しょうがないよ。だって純君さ、奈々ちゃんが好きなんでしょ?」

「うん。まぁ……」


 岳の言葉に、純が思い浮かべたのは木下 奈々ではなく茜だった。


「杉下さんに悪いなぁって思ってるん?でもさ、ずっとずるずるしてたらそっちの方が可哀想じゃん。これで良かったんだと思うよ」

「そうなんかな。俺、何か申し訳なくってさ」

「恋愛はそういうもんだよ。全く知らねーけど」


 そう言うと岳は笑った。

 陽が高くなるにつれ、温度と湿度は上昇した。空気は熱を帯びて纏わりつき、陽射しが肌を突き刺した。

 二人は予定していた訳ではなかったが、自転車を漕いで良和の家へと向かった。

 とにかく、田舎の中学生は暇を持て余していた。いつの間にか飼われ始めていた室内犬のパグを見て、犬が大の苦手である岳は「噛まないよね!?噛まないよね!?」と恐怖したが、パグは大人しい性格だった為に岳も安堵した。

 テレビゲームを三人でやっていると、そこへ佑太も加わった。そして、猿渡も加わる。

「あざみやに行ってみよう」と佑太が提案し、彼等は炎天下で自転車を漕ぎながら良和宅から3km程離れた男衾小学校近くの駄菓子屋へと向かった。

 老齢の女店主が独特なイントネーションで「いらっしゃい」と迎えた。狭い店内のあちらこちらに駄菓子がひしめき合っている。

 良和が店主に「これは?」と聞くと「20円」とすぐさま答えが返ってくる。岳が同じく「これは?」と聞くと「30円」と返ってくる。純が店の奥に置かれたゲーム機に目をやる。


「おばちゃん。あれ、やりたいんだけど」

「一回、100円だよ」


 店主がゲーム機の電源を入れると画面には「龍虎の拳」のデモ画面が映し出された。

 佑太と良和は店主を見ながら小声で「あの台詞、出るぞ」と囁き合っている。

 純が硬貨を入れスタートボタンを押して数秒後、店主のキメ台詞が飛び出した。


「ゲームやる子は不良だよ」


 まるで鼻歌のように呟かれたその台詞の言い回しに、彼等は手を叩いて笑い合った。

 夏休みという暇をどうやり過ごすか考えるうち、彼等はほぼ毎日同じメンバーで自然と集まった。

 ベイシアでゲームをし、良和の家に集まっては窓を全開にしてアダルトビデオを大音量で垂れ流し、そして空き家へ行って漫画を盗み、夜には花火をし、岳に至っては帰ってから酒を煽り、徹底的に堕落した夏休みを送っていた。


 ある日、岳は母親と共に学校から呼び出された。呼び出したのは担任の飯田であった。


「お母さん。本日は本当にお越し頂き、申し訳ありません。猪名川、夏休み楽しくやってるか?佑太達と毎日遊んでるんだろ?」

「あぁ、そうですね」

「車からおまえら見たよ。危ない事すんなよ」


 岳は呼び出された原因が一体何なのか分からないで居た。深夜に及んで遊んでいること、飲酒、住宅地などの公園以外での花火、空き家での窃盗。原因が在り過ぎて分からずにいたのだった。

 飯田は猪名川親子に着席を促すと、真剣な眼差しを岳と母親に向けた。


「お母さん。早速ですが……岳君の一学期の遅刻の回数、ご存知ですよね?」

「あぁ、はい。それはもう。毎日言ってはいるんですが、起きて来なくて……」

「岳君、このままだと年間で遅刻が100回を越えるペースなんです。このまま来年になれば、当然内申書に響きます。そこで学校側からの改善策として、特別に岳君には時計を持たせても良いという事になりました」

「そうなんですか?」

「はい。岳君には時間という概念を持って生活して頂きたいのです。どうか、ご理解、ご協力頂ければと思います。将来の為にも」

「それは……。ありがとうございます」


 母親は頭を下げていたが、岳が学校へ遅刻して行くのは寝坊の為だけでは無かった。ただ単に、気が向かなければ行かない。というのが習慣付いてしまっていたのだ。

 成績は総合順位で平均に位置してした為、特に困る事もないだろうと考えていた。しかし、翌年には高校受験が控えていた。早い者は来年に向けて既に準備を始めていた。

 岳は夏休みが明けても時計を持たなかった。そして、遅刻の回数を更に重ねて行った。


「飯田に怒られた。遅刻多すぎるって」

「そりゃそうだよ!最近朝がっちゃん見ねぇもん!」


 ベイシアのフードコートで、佑太がアイスコーヒーを飲みながら絶叫した。純も佑太の言葉に頷く。


「確かにヤバイかもね。来年受験だしさ。その辺、がっちゃん考えてたりするの?」

「何も考えてねーよ。絵の描ける高校があれば行きたいなぁってくらい」

「俺も受験事情とかは分からんけどさ。でも、もうそんな事言われちゃうんだ」

「うん。見事に言われたよ。本当、まだまだ遊んでたい。それで遊んでる最中に死にたい」


 岳がそう言うと、佑太が「俺らが怒られるから勘弁してくれ!」と返す。そして、縮めたストローの袋の上に水を垂らし、袋が動き出す様子を楽しげに眺めていた。

 その様子を岳が眺めながら、静かに呟いた。


「屋久島……行きたいなぁ……」

「行っちゃう!?」

「いや、行かない」

「何だよ!」

「佑太は高校どうすんの?」

「俺なぁ……。頭悪いから、まずは行ける高校探す所からっしょ!」

「そうかぁ。そりゃ……道程が長いな」

「え?俺、そんな駄目?」


 佑太と岳のやり取りを横目で見ながら、純は将来の事を考えてみた。しかし、具体的な答えはひとつも生まれなかった。輪郭さえも見えなかった。そして、その時はまだ将来の事を本気で思い悩んだりもせず、季節はただ淡々と過ぎて行くばかりであった。


 夏休みが明け、季節は秋へと変わって行った。佑太は部活動に力を注ぎ、岳は絵で入選賞を取った。猿渡は早々に志望校を決め、受験の準備を早くも始めていた。


 ある日、純が良和に何気なく尋ねた。


「ヨッシーはさ、今何が一番したい?」

「女の内臓食べたい」


 即答だった。良和の相変わらずの性欲は、より深い趣旨へと変わっていた。その事でさえ、純は「羨ましい」と感じていた。

 剣道部には所属していたが、純には本気で打ち込めるものが何も無かった。


 冬の気配を強く感じる日が増えるにつれ、夜が訪れる時間は早まって行った。

 部活を終えると、純は忘れ物を取りに教室へ戻った。

 誰も居ない薄暗い教室で純はふと、外に目をやった。群青より濃い、紺青の夕景を眺めながら、純は自分だけが取り残されているような気持ちに陥っていた。


 その時、教室の電気が点された。眩しく照らされた教室に、純と茜の姿があった。


「びっくりしたぁ!純君か。高梨がまた女子の机漁ってるんかと思った」

「あぁ、ごめん。夕陽、見てた」

「夕陽って感じじゃなくない?どよーんってしててさ。重たい感じ。何、黄昏てたの?」

「そんなカッコいいもんじゃないよ。何もない所だなぁって、見てたんさ」

「えぇ?そんなのずっと前からじゃん。今更気付いた?」

「いやいや」

「まぁ、今更気付いたって、私達はここから遠くに行ける訳じゃないもんね」

「うん。でも、行けないかな?何か、別の場所にさ」

「行けないよ。だって、中学生だもん。何処かに行ったとしても、私達は帰らなきゃいけないんだもん。行けっこないよ……」

「もし、行けるならさ。森下は何処に行きたい?」


 その質問に茜は一瞬、表情を曇らせた。絶望よりも希望に近いはずの質問に、何故か悲しげな表情を浮かべたのだった。

 紺青の夕景が徐々に夜を引き連れるのが分かる、そんな色の空を茜は眺めた。

 そして、笑顔で答えた。


「あーったかい所!寒すぎるんだよ、ここは」

「ははは。じゃあ、とりあえず家だね」

「そう、私はすぐに帰りたいの!じゃあね!」

「あぁ。また」


 茜の後姿を見送り、純は教室の電気を消した。

 そして、急激に暗くなった教室を眺め回し、廊下へ出た。

 季節は知らないうちに、確実に進んで行った。

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