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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
中学時代
20/183

ナイフ

過去に怪我した指を見詰める岳。

岳の話に猿渡の持つ感性が呼応する。

そして、杉下は純と下校し、自分の願いを純に伝える。

 昼休み。岳は絵を描いていた手を止めると、左の人差し指の先を眺め始めた。

 中学一年の終業式前日。

 担任の大河原が大量のプリントを手に教室へ入って来た。


「えー。皆!この一年間で配り切れなかった小テストのプリントを配ります!ガンガン配るからどんどん回してね!はい!」


 そう言うと大河原はプリントを配る機械となり切り、無心でプリントを配り続けた。生徒達の机上はすぐに様々なプリントで埋め尽くされた。

 単調な作業の連続に耐え切れなくなった岳が「先生!こんなん意味ねぇよ!いらねーよこんなん!」と声を荒げた。しかし、大河原は「これも思い出よ!」と言い切り、プリントを配り続けた。

 プリントを回し続ける作業に限界を感じた岳は、カッターナイフを取り出す。それを机に突き立てようと思い切り振り下ろした。

 物に当たれば多少は気が鎮まるかもしれないと考えたが、刺さったの机ではなく自分の左人差し指だった。

 痛みよりもショックに襲われ、岳の手が止まる。見る見るうちに机が真っ赤に染まり、床に血が滴り落ちた。

「これはマズイ」そう思った岳が一切声を出さなかった為、すぐに気付く者は居なかったが、床に出来た血溜まりに気付いた女子生徒が悲鳴を上げた。


 皆が一斉に雑巾を手にし、プリント配りは中止になった。岳は保健室へ連れて行かれ、雑巾掛けする生徒達に向け「悪い」と一言だけ謝った。


 傷跡がやっと目立たなくなって来たな。そう思いながら指を見詰めていると猿渡が声を掛けて来た。


「が、がっちゃん。ど、どうしたん?ゆ、指がくせぇん?」

「は?違うよ。怪我の跡、見てただけ」


 岳は指を揉みながら手を元の位置に戻す。


「け、怪我?」

「うん」


 岳はそう答えると事の一部始終を猿渡に聞かせた。


「じゃ、じゃあがっちゃん、皆に血、拭かせたん?」

「そうだよ」

「「この奴隷野郎共!拭きやがれ!」って?最高じゃん!あはは!」

「そんなんじゃねぇよ」

「だ、だって、がっちゃん王様じゃん!」

「何でだよ……。佑太もたまに「リーダー」とか呼ぶけど、そんなん御免だよ。誰の上にも立ちたくないよ。輪の外に居たい。第一、誰かが上に立つから差別が生まれるんじゃん。そんな簡単な事も分からない馬鹿が多過ぎなんだよ」


 岳はそう言うと描いていた絵の続きを描き始めた。豚の頭をした男性の身体を描いていた。生々しい描写のその絵を猿渡が眺めて言う。


「が、がっちゃん、リーダーじゃん!」

「何がだよ」


 やや苛立った声で岳が答えた。


「や、病んでる奴のリーダー!ははは!」

「そうね。はいはい」


 岳はそう猿渡をあしらった。猿渡は席に戻らずに廊下へ出る。

 小木が擦れ違いざまに肩を叩く。


「いってぇー!な、何すんだよ!」

「おうコラ!テメー歩いてんじゃねーぞ!」

「はぁ!?意味わかんねー!」


 小木が猿渡に詰め寄り、顔を近付ける。


「あ?やんのか?おい」

「や、やらねぇよ……」

「ふん……」


 そう言うと小木は廊下の隅へ消えて行った。


「口がくせぇ。ろくでもねぇ。頭がわりぃ。口がくせぇ。くっせぇ!」


 猿渡が叫びながら教室へ戻ると予鈴が鳴った。玲奈が呆れた様子で猿渡を眺めている。

 机からカッターナイフを取り出し、刃を出したり戻したりしている。

 その様子を眺め、苦々しい顔をした手島が猿渡に声を掛けた。


「何なん?カッコイイとか思ってんの?」

「あ?べ、別に」

「仕舞いなよ。危ないし、気持ち悪いんだけど」

「あぁ!?何だテメー!刺すぞ!死にてぇのかよ!」


 佑太が「やめろよ!」と止めに入り、数名の生徒が一斉に猿渡を取り囲む。

 彼等の制止に猿渡は笑いながらカッターナイフを仕舞った。


 純はその様子を面白おかしく見ていた。千代が「純君、楽しんでるの?」と怪訝な顔で聞く。


「いやいや、訴える事があるって良いなって思って」

「あっても、あんなんになっちゃダメだよ」

「俺にはないからね。なれないんさ」

「え?何が?」

「いや、いいのいいの。何でもない」


 猿渡の目にはカッターナイフの刃だけが映っていた。


 深く刺す。浅く引く。振り回す。その先は。


 純が部活帰り裏門を出ると、杉下が後ろから追い掛けて来た。走って来た勢いを純の鞄を掴み、消した。

 後ろに仰け反る純の背中を杉下が身体全体で支える。


「じゅんじゅん!捕まえた!」

「びっくりしたぁ!普通に声掛けてくれん?」

「だって聞こえないフリするでしょ?ねぇ?絶対するでしょ?」

「いやぁ、それは……」


 戸惑いながら視線を泳がせる純を無視し、杉下は「一緒に帰ろ」と先を促した。


「夏休みじゅんじゅんはどっか行く?」

「前もそんな話ししたっけ?特にないかなぁ。藤岡行こうかなぁって思ってるくらい」

「友達に会いに?」

「うん」


 純はこの時自分が無意識に「帰る」ではなく「行く」と言った事に気付いた。


「藤岡の友達と男衾の友達、どっちが楽しい?」

「どっちが楽しいってのは比べられんけど、変わった人は男衾の方が断然多いね」

「そっか。男衾は変人ばっかだもんね」

「でも変な事に夢中で良いなぁって思うんさ。佑太はめちゃくちゃな仲間意識。がっちゃんは病気みたいな絵。ヨッシーはエロ本集め。猿渡は軍事がどうたらとかさ。俺には何もない気がするよ」

「そういうの思って言えるって凄い事だと思うけどな。勘違いでも皆何かになりたいとか、そんな感じなのに。そうじゃない人もいっぱい居るのにさ」

「うーん。なんだろね……。杉下さんは何かなりたい事とか、したい事とかあるんかい?」

「私!?私は……」


 そう言うと、杉下は俯いたまま顔を赤らめた。そして、陽が伸びて青い部分を大分残した空を見ながら、呟いた。


「私はね……。私はね……じゅんじゅんと遊びたいな……」

「えぇ!?そんなん!?」

「「そんなん」じゃないよ!そんなんじゃ……」

「あぁ……なんというか、ありがとう」


 県道296号を横並びで歩く二人の脇を、猛スピードでトラックが通り過ぎていく。自然と純が杉下の前へ出る。

「あっぶねぇ……」そう純がひとりごちた。

 ジャージ姿のその背中を見詰めながら、杉下が小さく純の背中に言葉をぶつけた。


「ねぇ、夏祭りさ……一緒に行かない?」

「え……?」


 岳が部屋でミッシェル・ガン・エレファントのライブビデオを観ていると母親から「純君から電話だぞ」と呼び出された。


「おぉ。純君?」

「あ、がっちゃん?あのさ、夏休み暇かい?」

「え?いつ?」

「小川の七夕の日なんだけど」

「あぁ。予定ないよ。行くなら良和達と行くか」

「いや、実はさ。杉下さんと行く事になってさ……」

「へぇー……そうか。おめでとう。電話切るわ」

「いやいやいや!待ってくれよ!」

「何だよ?いいじゃねぇかよ。女の子と二人で七夕デートなんてさ。「青春」じゃん。楽しんで来なよ」


 電話の向こうの岳は、きっと憎たらしげな顔をしているだろうと純は想像していた。

 そして、本題を伝えた。


「いや、二人きりじゃないんだな……」

「ん?どういう事?」

「実は杉下さんが四人で行こうってさ」

「誰と誰?」

「がっちゃんと、森下」

「…………何で?」

「さ、さぁ……」

「俺……振られたばっかだしな……。ダブルデートではないよな。デートの付き添いなら良いよ」

「え、俺と杉下さんはデートなんかい!?」

「だってそうだろ?」

「参ったな……」


 杉下の誘いに純はすぐに答えが出せなかった。


「じゅんじゅん……。ダメかな……?」

「いや、その……」

「奈々ちゃんが好きだから?」

「…………。何ていうか……うーん」

「ねぇ、だったらこうしようよ。茜とがっちゃんにも来てもらってさ、四人で行こう?それなら良いでしょ?」

「四人で?」

「そう、皆で」

「なら、いっか。うん。分かった」


 二人きりのデートに気が引けた純は四人で行くのなら、と杉下の提案を受け入れた。

 安易に杉下の気持ちを受け取り、傷付けてしまう事が純は怖かった。


 岳は茜と出掛けられる事に微かな喜びを感じたが、同時に振られた事を思い出し、想いの残滓が心に残っている事に腹を立てた。

 だが、デートなどではなく付き添いという形なら恋愛とは異なるものだと自分に言い聞かせ、了承した。


 純は電話を終えると安堵の溜息をついた。そして、岳が茜と近頃まともに口すら利いていない事を思い出した。

 しかし、茜の返答次第ではあるが、既に予定は決まってしまった。

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