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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
中学時代
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部活動

転校してきたばかりの純はとある放課後、災難に遭う。

 新学期初日の放課後。廊下は元のクラスメイト達を探し回る小さな流浪の民で溢れていた。新しいクラスの話題や担任の話など、皆が矢継ぎ早に話している。四月の柔らかな陽射しが届く教室で、廊下には出ずに教室に残った生徒達は楽しげに純を取り囲んでいた。

 藤岡ではどんな生活を送っていたのか、そしてどんな遊びをしていたのか、皆が興味津々と言った様子で順番に尋ねている。

 廊下から戻った岳はその様子を一瞥するとその輪には混ざろうとせずに席に着き、早々と帰り支度を始めようとしていた。帰ろうとする岳の気配に気付いた佑太はすぐに駆け寄り、机を悪ふざけで揺らした。


「まさか、帰るの!?」

「当たり前だろ、帰るよ。居たって別に用事ないし」

「なぁー!ならさぁ、がっちゃんも純君と友達になろうぜ!?」


 岳が純に目を向けると、楽しそうに彼らの質問に答える姿が目に入った。しかし、すぐに机の上の鞄に視線を戻し、佑太と目を合わす事なく答える。


「あのさ、友達って「なろう」って言ってなるもんじゃないだろ」

「なんでそんなに冷たいかなぁ?いいじゃん!仲良くしようぜ」

「友達になりましょう、なりました、友達100人出来ました!ってか?バカくさっ」


 苛立ちを滲ませてそう言った矢先、岳の耳に茜の声がふいに飛び込んで来た。


「純君、部活どうするの?やっぱバスケ?」

「あー、いや。まだ決めてないんさ」

「え、じゃあさ、剣道部入りなよ!私、剣道部なんだよね」

「剣道部?」


 岳は純がバスケ部には入らない事に一瞬疑問を感じたが、それ以上深く考えることも無く、下に向けていた視線を佑太に向けて言った。


「あっち戻れば?じゃあな」

「おい!がっちゃん!仲良くしようぜ!?がっちゃん時みてぇにさぁ、なぁ!」

「うるさいよ。じゃあ、また」


 そそくさと教室を出る岳を見送ると、佑太は純の傍に腰を下ろした。茜が「どうしたの?」と聞くと、佑太は首を振りながら言った。


「いやぁ、がっちゃんに純君と友達になってやれって言ったんだけど」

「佑太、無理強いしちゃダメでしょ?」


純はやり取りの中の言葉が気に掛かり、遠慮がちに訊ねてみた。


「あのさ、さっきの「がっちゃん時」って、何なんさ?良かったら教えてくれん?」

「あ、そっか、知らないもんね。がっちゃんもね、純君と同じ転校生だったんだよ」


茜の言葉に頷きながら、佑太が宙を眺めながら答えた。


「あいつん時はさ、色々事情があったから俺が世話してやったんだぜ?それが今となっちゃアレだよ」

「事情って、家庭とかの?」

「苗字が途中で変わったりなぁ……」

「佑太、やめなよ」

「あぁ、まぁ、まぁいいじゃん!それよりさ、純は何のゲームが好きなん!?」

「呼び捨てかい、まぁいいけど……」


 自己紹介では楽し気に自分の事を話していたはずの岳の素っ気なさと事情に、純は近寄り難いものを感じた。それからしばらくしても、純と岳は話すどころか挨拶する事さえなかった。


 それから数日後の放課後、岳はクラスメイト達と他愛も無い悪ふざけをして遊んでいた。茜が網に入ったサッカーボールをロッカーから取り出し、岳の顔の前まで持って来て悪戯そうに言った。


「がっちゃん、このボールさ、どの高さまで蹴れる?」

「俺って意外と足上がるんだよ。文化部ナメんなよ?」

「じゃあ蹴ってみてよ、ほら」


 網に入ったボールが岳の胸の上の高さまで上がる。岳は茜の腕を避けて狙いを付けると、躊躇うことなくボールを蹴り上げた。


「あっ」


 ボールが勢い良く茜の手を離れて行く。岳がしまった!と思った次の瞬間にはボールはまるで初めから狙いをつけていたかのように純が座る真上の蛍光灯に命中した。 

 強烈な破裂音と共に粉々に砕ける蛍光灯。純に降り注ぐ無数の破片。教室のあちらこちらから上がる悲鳴。

 一瞬の出来事ではあったが、岳の目にはスローモーションのように映った。


 束の間の静寂が訪れた後、廊下に偶然居合わせた学年主任の中年男性教師、上川が教室へ飛び込んで来た。眠たげな眼と腫れぼったい唇が開く。似ても似つかないが、純と上川は遠縁の親戚で血の繋がりがあるのだった。


「何だ!今の騒ぎは!?皆、怪我はないか?」


 肝を冷やした岳が純に視線を向けると、何事も無かったかのように落ち着いた様子で肩にかかった蛍光灯の破片を静かに掃い、通学鞄を肩に掛けた。岳の前を無言で通り過ぎようとした純の横顔は、怒りを堪えているかのように見え、声を掛けようとした。


「あ、あの、ごめ」

「……」


 純は聞こえない振りをして教室を出て行った。岳は純を追い掛け、とにかく謝ろうと思い立ったが、上川がその肩を掴んだ。


「犯人は猪名川かぁ。とにかく、これ片付けて。新川はどうした?」

「あの、多分、大丈夫だと思うんすけど」

「まぁ、普通に帰ってたから大丈夫だろう。とにかく、怪我人が出なくて良かった。はい、皆、撤収!飯田先生呼んでくるから待ってろ」


 岳は掃除用具の入ったロッカーから箒を取り出しながら「あの転校生とはもう永遠に仲良くなることはないだろう」そう思いながらも、自分が何故か心底落胆している事に気付かされた。


「がっちゃんも純君と友達になろうぜ!?」


 あの誘い、乗っておけば良かったかな。岳は少しの後悔を感じながら純の席の周りに散らばった破片を片付け始めた。


「あいつ、殴っておけば良かったかな。いや、面倒な事は関わらないのが一番か」


 純は岳に感じた憤りを無理矢理押し込めながら、昇降口の下駄箱へと向かっていた。廊下の角を曲がり、自分の下駄箱を探す。すると、背後から「いたーっ!こっちこっち!」と声がした。クラスメイトの矢所だった。

 純が振り返り手を上げようとすると、矢所に手招きされた茜が角を曲がって現れた。

 何故か少しはにかみながら現れた茜に、純は何故か大人びた雰囲気を感じた。茜が息を切らしながら純に話し掛けた。走って来たのだろうか、頬がほのかに赤く染まっている。


「純君、怪我なかった?大丈夫?」

「あぁ、いや、全然平気」

「破片凄かったでしょ。保健室、行っとく?」

「あぁ、そんなに大した事なかったから大丈夫。平気だよ」

「あのね、ごめん」

「え、何で?」

「私がふざけてがっちゃんにボール蹴れるかって言っちゃってさ……ごめんね」

「なんだ、全然大丈夫だよ。それに、それってマジで蹴る方が悪いんじゃない?大丈夫だった?」

「私?私は平気だよ。本当、ごめんね」

「いや、蹴られてなくて良かった」


そう言って純は頭を掻くとシャリシャリ、と音がした。蛍光灯の破片を相当被っていたようだった。


「がっちゃん、謝らなかったでしょ?なんか、本当ごめんね」

「いやいや、あぁいう性格なんでしょ?」

「実は私もあんま知らないんだけどさ、ちょっと変わってるの。頑固っていうか……」

「やっぱ変わってるんかい。まぁ、覚えとくよ」


 純は笑いながら「あのまま帰って正解だったのかな」と安堵した。転校して来たばかりで無意識のうちに肩に力が入ってしまう校内で、茜と話している時だけは自然と肩の力が抜けている事に純は気付き始めていた。


 矢所が「ほら、言いなよ」と茜を急かす。

 茜が何か思い出したような顔をした。


「そうだ!あのさ、純君」

「え、何だい?」


 茜の目が何かを期待しているように感じた純は、その純粋な輝きに緊張を覚えた。

 しかし、嫌な緊張では無かった。


「剣道部見ていかない?」

「へぇっ?」


 思いもよらぬ誘いではあったが、純は気分転換も兼ねて剣道場へと向かった。


 まだ真新しい建物と思しき剣道場の入口で純は茜に待たされた。

 陽射しはまだ暖かいが、冷たい風は冬の名残を感じさせた。

 多くの先輩や後輩が出入りする中、見覚えのない相手達に純は小さく会釈し続けた。

 すると、一人の男子生徒が純の前で立ち止まった。

 色が白く顔立ちの整った、落ち着いた雰囲気の生徒だった。

 整髪料だろうか。微かに柑橘系のような香りが純の鼻をついた。


「君さ、転校生だろ?」

「あ、はい。新川です」

「タメ口で良いよ、学年同じだから。俺、剣道部の長瀬 昭仁。よろしく」


 そう言うと長瀬は握手を求めて来た。その大人びた行動に純は少しの戸惑いを覚えたが、握手をした。よろしく、と手を上下させると長瀬が力を込めたのが分かった。だが、純はすぐに手を離した。


「剣道部、入りたいの?」

「いや、まだ決めてなくて。色々見てみようかぁと思って」


 すると、練習着に着替えた茜が戻って来た。

 挨拶をする事なく茜は長瀬に声を掛けた。


「練習見たいんだって。いいでしょ?」


 長瀬はわざとらしく、髪をかき上げながら答えた。


「純君、俺を見ときなよ。良い見本になるから」

「ありがとう。長瀬君はきっと、強いんだろうね」


 長瀬は純をしっかりと見据えたまま答えた。


「あぁ、俺は強いよ」

「ゆっくり見学させてもらうよ」


 純は曖昧に笑いながら答えた。剣道場の中へ入った長瀬が立ち止まって振り返る。


「剣道部、当然だけど甘くないから。覚悟があるなら待ってるよ」


 茜がその背中に向かって叫んだ。


「ちょっと!脅すような事言わないの!」


 長瀬は前を向いたまま手を上げると、小さく左右に振った。


「純君、気にしないでね」

「いやいや、中々やるね、あの人。なんかドラマとかに出てくる都会の人みたいだ」

「長瀬が?ただの気障な田舎もんだよ。ほら、中入りなよ」

「あぁ、お邪魔します」

「人ん家じゃないよ」


 純が剣道というものをこれだけ間近で見るのは初めての事だった。声が裏返る程の発声に勇ましさを感じ、そして素足で床を踏み込む衝撃は正座する純の脛にまで轟いた。

 稽古試合が始まった。防具に身を包んだ長瀬が一瞬、純の方に視線を向ける。


 長瀬は竹刀を巧みに操り、相手との間合いを詰めて行く。相手が竹刀を振り上げた次の瞬間、相手との間に生まれた隙間を縫うように長瀬が動き、一瞬のうちに相手から胴を奪った。

 竹刀が胴を捉える音が剣道場を震わす。


 胴を打った長瀬は華麗に一回転して見せた。


 夢中で試合に見入る純を茜が横目で覗いた。その様子に思わず微笑んでしまいそうになるが、今は練習中だと自分を戒めた。


 明くる日、純は剣道部への入部希望を届け出た。

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