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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
中学時代
19/183

空転

純は代理告白すると岳に告げ、部活を終えた茜を待った。しかし、告白はせず。

そこへ部室に居るはずの岳が走って現れた。

純が岳へ伝えた事とは。

 夕方。文化活動部の部室から駆け付けて来た岳の気迫に、思わず純は目を見開いた。

 膝に手をつき、肩で息をする岳は何処か殺気立って見えた。


「純君!森下は!?」

「いや……」


 純の言葉が詰まる。

 岳が純に詰め寄る。その目が血走っている。


「森下は何処かって聞いてんだよ」

「あぁ……その……」

「何処だよ!言えよ!」


 岳は珍しく純に対して怒気をはらんだ声を出した。

 身体全体から放たれた気迫はきっと、岳が自分で想いを伝える決意をしたからなのだろうと純は考えた。

 岳はどことなく、告白を失敗した時と同じ様な雰囲気だったのだ。


「本当の本気で、岳は伝えに来たのか」


 踏み越えられなかった線をついに踏み込んだ岳の気迫に緊張し始めた純は、喉の渇きを急激に感じ、ゆっくりと唾を飲み込んだ。

 そして、その時岳に対して何を伝えるべきかを密かに決めていた。

 岳をなるべく見ないようにして、純は伝えた。


「がっちゃん……。ごめん」

「え?何。ごめんて」

「いや……。あのさ、森下に伝えたんさ……」

「なんだよ……」


 岳は気迫を失くし、その場に座り込むと頭を抱えた。

 項垂れたまま、動く気配すら無い。


「がっちゃん。ごめん」


 純は何も言わず、心の中で岳に謝りながらその姿を眺めている。

 その時、部活を終えた翔が二人の前を通り掛り、座り込む岳に声を掛けた。


「おいおい。そこで糞すんなよー」

「しねーよ!そうじゃねぇよ」


 翔が静かに足を止めた。彫刻のような顔立ちが、夕陽の為に影を作った。


「じゃあ、何だよ」

「言っても分かんねーよ」

「おう。言われてねーから分からねーわ。じゃあな」

「あぁ……」


 翔はそのまま立ち去った。純はその間に静かな決意をし、次の言葉を吐き出す準備をしていた。岳は弱々しく立ち上がると結果を聞くことなく、歪んだ顔で純に頭を下げた。

 純の目に今まで見た事もないほどに、岳の表情は哀しげに映った。


「本当、ごめん……マジで……」

「え?何故に?」


 嘘をついたとは言え、岳の気迫を台無しにした純は岳に怒られるだろうと思っていた為、岳に頭を下げられるのは予想外だった。


「いや、マジ。純君にこんな事させちゃって、本当ごめん」

「いや、いいんさ。気にしないでくれよ……」

「なら森下の答えがどうだったかは置いといて、純君も気にしないでくれ」

「あぁ……」

「自分で言おうと思ったけど……やっぱ駄目だったかぁ。仕方ねぇな。俺が悪いわ……」


 岳はいつも通り、唇の片側だけを上げて力なく純に微笑んだ。


「がっちゃん……言っちゃってすまんね……」

「頼んだの俺だし、いいよ。ありがとう。で……返事、どうだった……?」


 純は岳のその問い掛けに、頬が一瞬痙攣するのを感じた。

 今から岳に対して伝える事を懸命に整理し、崖から飛び降りるような勇気と覚悟で純はその言葉を静かに伝えた。


「うん……。森下、ごめんって。何かさ、がっちゃん……暗いからって」

「ははは。暗いか。まぁ、そうだね。実際、暗いかんな……」

「でも、それががっちゃんの良さだしさ。それが分からんなんてさ、森下はがっちゃんに相応しくないんだよ」

「ありがと。いやー……けど、慰めらんねーわ……あー、何か、ごめん。今、来た。すげー来た。ヤベーな、やっぱショックだわ」


 とめどなく溢れる悲しみに岳は恋が壊れるという大きな衝撃を、生まれて初めて感じていた。

 茜に振られたならば安堵すら覚えると思っていたのに、岳に訪れたのは「取り返しのつかない事をした」という激しい後悔と、船底に空いた穴から次々と入り込んでくる水のような悲しみだった。

 思考が散らばったまま纏まりを失くし始め、眩暈を覚えたが、それを笑って誤魔化した。

 唇の端だけが上がり続けた。


 純は心の中で岳に謝りながら、最後は茜への自分の想いを守り抜いた。

 そして

「もしも振られたら俺もこうなってしまうのか」

 と、岳を見つめながら戦慄めいたものを感じていた。


 帰り道、純と岳は笑いながら語り合った。


「純君、やっぱ俺に恋愛とかは無理だわ。振られて良かったんかもしんない。もちろんムカつく事はいっぱいあるけど」

「うん。先走っちゃってすまんかったね。本当に……。恋愛ねぇ……。っていうか、佑太は何で安西さんと上手くやれてんかね?」

「誰も取り合わないピザだから冷めてもくっ付いたまんまなんだろ」

「ははは!そういう事か」

「普通の中学生……特にこんな何もない所に住んでる中学生に恋愛は無理だよ。ぜってーそう思うわ」

「田舎だからかい?」

「電車は30分に1本。道を歩けば肥やしの匂い。擦れ違うのはジジイかババア。どこを見渡しても住宅街。ドラマがねぇよ。ドラマが」

「他所に出ればまた違うんかさ?良和ヨッシーだってあんなに性欲強いのに女とどうこう、とか一切ないもんね」


 二人は良和の部屋の棚に隠されている無数の、それもかなり刺激の強い内容のエロ本を思い浮かべた。


「猿渡とか、高梨は論外だけど……良和の場合は生身の女が怖くて手が出せないんじゃない?でも「幽霊とセックスした!」ってこの前喜んでたけど」

「そういや言ってた!セックス終わったら成仏するんかさ」


 手を叩いて笑い合う。下らない話は延々と続き、その下らなさに安堵した。


「純君、こんな所に住んでる男子ってどういう奴がモテるんかな?」

「やっぱ郷土愛とか溢れるヤツじゃないかい?」


 岳は吐き捨てるように返した。


「サッカー上手い奴より田植えが出来る奴、餅がつける奴、肥やし撒ける奴とかの方がモテそうだもんな」

「それ近所の爺さん婆さんからしかモテないんじゃない?」

「まぁそうだけど、いつか皆嫌でもジジイ、ババアになるんだよ。女子達、何が「恋したい」だよ。ふざけんな、クソが」

「ははは」


 中学二年。飲み込めない後悔も、自分への不甲斐なさも、状況への悲しみも、歯痒い事ばかりで覚える切なさも、世間や田舎という環境へ対する怒りの中へ全て一緒くたにぶち込んだ。


 二人は別れた後、純は部屋で一人落ち込んでいた。自分の中に眠る想いを犠牲にする事は、とうとう出来なかった。後に嘘をついたのが岳にバレてしまったら、その時は素直に制裁を受け入れようと自分の負を認めた。

 いつか、茜と仮にも結ばれる事があるならば。その時、岳にどんな顔をしたら良いのだろうか?

 いや。それは無いな。純はそう考え直し、見つめていた天井から目を離した。

 そして窓際に掛けられたブラインドを開けると、夜の暗さに得体の知れない不安を感じ、すぐに閉じた。


 岳は純と別れた後、息を切らしながらがむしゃらに自転車のペダルを漕ぎ続けた。無意識に感じる胸の痛みは何をしていても感じた為、せめて考え事をするのを止めようと試みたのだった。

 すると家から程近い小さな交差点のスナックの目の前で、岳は体制を崩し自転車ごと転倒した。タイヤが虚しい音を立て空転し、重たげに身体を起こし視線を下ろすと、手の甲が擦り剥けていた。しかし、不思議と痛みは感じなかった。

 岳は空転するタイヤの音を聞きながら、最後まで茜に踏み出せなかった自分の不甲斐なさに泣いた。

 空転するタイヤの音は良く響く、乾いた音だった。

 転がるヘルメットに苛立ちを込め、精一杯の力でスナックの壁に投げつけたが、誰からも、何からも、気付かれなかった。


 翌日。純が岳や佑太と話をしている輪に、茜が何気なく視線を向けた。

 岳と一瞬目が合う。ところが、岳はすぐに目を逸らした。


「気のせいかな」


 あまりに素気ない印象にそう思った茜ではあったが、その日から岳と目が合う回数は日に日に減り、口を効く機会も殆どなくなった。

 純に用事があって近付くと、純の隣に居る岳は必ず席を外した。

 意図的に岳に避けられていると感じた茜は、千代へ疑問をぶつけてみた。


 千代は「頬にニキビが出来た」と、まるでこの世の終わりを迎えたかのように朝から絶望し、良く響く声で騒いでいた。


「茜!どうしよう!ニキビが全然治らないんだけど!ていうか、どんどんデカくなってるんだけど!」

「そんなすぐに治らないよ!触るからじゃない?気になっても触らない方が良いよ」

「もし治らなかったら一緒に泣いてくれる!?ねぇ!お願い!」

「良いけど、治るから大丈夫!安心して!けど触らないで!」

「触るよ!」

「触らない!ダメ!」

「えー!何もう!なんで!なんでなの!もう!」

「触らないで大人しくしてなさい!」

「えー!ヤダ!死ぬ!茜厳しいよ!」


「こんなんじゃ魁皇に会えない」と文句を言う千代を宥め、本題を切り出す。


「ちーちゃんさ、最近がっちゃんと話してる?」

「え?がっちゃんと?普通に話してるよ?今朝も玲奈と「顔色悪いからそろそろ死ぬんじゃない?」って話したよ」

「ふうん。そっか……」

「茜、何かあったの?」

「ううん。別に」

「何かあったら言ってよね?茜に頼られなかったら私、寂しいよ」

「大丈夫!何でもないし、何かあったら頼れるのはちーちゃんだけだよ!」

「茜!私の可愛い茜!」

「ちーちゃん!」


 そこへ佑太が「はいはい!俺もー!」と混ざろうとするが千代に「汚い!近寄らないで!」と一括された。

 茜は岳に避けられている原因が分からず、時折不安を感じたがいつか自然と元に戻るだろうと気を取り直した。また好きな音楽の話や馬鹿話が出来たら良いと。


 茜が窓際に目を向けた。夏の風は湿った空気を運び、遠くの草と土の匂いも連れてくる。

 閉じ切っていないカーテンが大きく揺れ、忙しく手元のペンを走らせる窓際の生徒が薄黄色の裏へ隠れてしまう。

 まるで、そこから居なくなってしまったかのように。


 カーテンを払う生徒。岳はそこに居た。

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