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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
182/183

日常へ

純の葬儀が終わり、彼らは次第に日常へと戻って行った。

しかし、純を失くした日常はあまりにも今までとはかけ離れていた。

 通夜の帰り、コンビニ前で彼らは屯していた。


「え?俺?」

「ったりめーじゃん!」

「ちょっと……えー……」


 岳は友人代表として弔辞を読むことを任されようとしていた。


「だって……人前で読むんだろ?マジかよ……」

「がっちゃん以外、他にいねぇだろ!」

「ってもなぁ……森下は?」


 千代が微笑んで答える。


「友人?なのかなぁ……ねぇ?」


 茜が小さく笑うと翔が岳の肩を叩く。


「最後の言葉を送れるのはおめーしかいねぇだろ」

「そーだぜ!?頼むぜ、リーダー!」

「分かったよ……」


 岳は茜達と共に家に帰り、朝が来るまで話し込んだ。

 途中、岳が純に憑依されたように話し出す事があった。

 疲れ過ぎた身体が見させた体験だったのか、それとも純が言い残して置きたかった事を岳の身体を通して伝えたのかは誰も知る由は無かった。

 しかし、その中で茜と純の間に諍いじみた事があったりと、岳の知らなかった事までが話題に出たのは確かだった。


 火葬場へ向かう車の中、ワイパーは静かに雨を弾き続けた。

 岡部へと向かう途中、小高い場所に立つ三角形の大きな建物は何故か「死」を連想させた。

 幾つもの遺影が並ぶ中、一際若い純の遺影の前で関係者ではない他の遺族達が口々に


「若いのに……」


 と呟いていた。

 純の父の願いで、彼らは火葬炉に棺を入れる役目を任される事になった。


 高校の頃、家に行って夜中まで騒いでは純の父によく怒られていた事を思い出す。


「おまえらふざけんなよ!出てけ!純、おまえもだ!」

「っかたよ!っせー親父だなぁ!」

「次同じ事してみろ!ぶっ飛ばすぞ!」

「あーはいはい。皆、行こう」


 少なくとも好意的には見られていなかった自分達がこうして今、純が焼かれようとしている現場に立っている事が不思議でならなかった。

 小さな小窓から列を成して次々に、皆が純との最後の別れを惜しんだ。


「純君……本当に最後なんだね……いっぱい、ありがとね」


 ぼやけた視界の中で、純は安らかな表情で眠ったままだった。

 岳は声にならない声で「じゃあな」と告げる。あまり長い時間、見ていたくはなかった。

 棺を台に乗せ、火葬炉の中へ入れる。そして、重厚な扉が閉められた。


 雨の中で煙が上がるのを眺めながら、茜は皆を車に呼び寄せた。


「これね、お母さんが良いんじゃないかって。お葬式で流してもいいかな?」


 茜が皆に見せたのは新井 満という歌手の「千の風になって」という曲だった。その曲を聴きながら、彼らは黙って頷いた。


「本日は、まるで純様の死を悲しむように雨がしとしとと……」


 というアナウンスが入り、雨の中の告別式は静かに始まった。外では沢山の紫陽花が雨に濡れていた。弔辞を読む役目があった為、岳だけは一番前の席に案内された。それが心細く、純を失った悲しみも相まって涙が次から次へと零れ出た。

 純の親族と思われる高齢の男性が静かに岳の肩を抱き寄せた。


 友人のお言葉。というプログラムになると佑太がマイクの前に立ち、短く叫んだ。


「純……俺達、親友だよなっ!」


 岳は佑太らしい最後の言葉に思わず頬を緩めた。岳の番になり、弔辞を取り出す。


「おまえに、詩書くなんて思わなかった……」


 マイクの前でそう前置きすると、岳は弔辞を読み始めた。


「…………あなたは高い高い空の上。誰よりも何よりも、高い空の上。

 あなたは優しいその心で 空の高みから僕等を見下すはずもなく、見守ってくれるでしょう。


 時に心を空に映し、壮大な朝陽を、幸せの降り注ぐ晴れ間を、日々終わりを告げる夕暮れを、想いはせる星空を、創り出してくれるでしょう。

 曇りや雨はあなたが少し疲れた日。無理は決してしないでください。


 安心して見守れるよう、僕らは強く大地に根を張るように生きていきます。

 忘れないのではありません。

 いつも心にあなたはいます。

 枯れない涙の数だけあなたは素晴らしい人です。

 悲しみが夜を越えた朝に新しい光が生まれ あなた の生きた道を照らします。

 その道は絶える事なく遠く伸びてゆきます。何処までも、いつまでも。

 人は時に脆く、情けなく、とても弱いものです。その時は少しだけ勇気を分けてください。

 今は旅立つあなたの背中を強く見守り、応援します。

 あなたの生きた証を胸に刻み あなた の言葉全てを受け止めます。

 いつかみた真夏の、美しい朝焼けを、あなたが好きだった朝焼けを、あなたが一番見たいように創り出してください。

 長い旅に出る あなたの無事を心より祈ります。

 心でつながる大切な家族のあなたへ。

 全てをありがとう。」


 背後から、誰かが漏らした泣き声が岳の背中を震わせていた。

 それは純の眠りに向けてのメッセージというよりも、これから先残された自分達が生きていく決意表明のようなものだった。

 最後に純の父が喪主の挨拶の為に前へ出る。


「本日は、純の為にお集まり頂きありがとうございました。」


 これで葬式が終わり、純の居ない日常に戻る事になる。それは明日からそこにあるはずの当たり前の日常なのに、まるで想像が付かなかった。

 いつも笑いながら皆の話を聞き、たまに皮肉めいた事を言い、照れ屋だった純。

 社会問題や弱いものが虐げられる世界を変えて行きたいと言っていた純。音楽が好きで、今年もヒップホップのイベントに足を運びたいと言っていた純。

 茜といつか、しっかり向き合いたいと言っていた純。

 純の父はしばし俯いたままだったが、言葉を続けた。


「私達は……自分達だけが純の家族であったと思ってません。純が越してきてから過ごして来た男衾。正直、中学二年になったばかりの純を思えば、引っ越してきてしまって良かったのだろうかと思う日々もありました。しかし、純にとっての友人達。今、今日もこうしてここに来てくれている彼らこそが、純にとっての居場所であり、家族だったんだと、私はそう思ってます。」


 その瞬間、岳や翔、茜の目から次々に涙が溢れ出た。自分達を純の家族として迎え入れた事、それは純を想う親の強さだったのだ。

 純の棺を運び、斎場での手伝い、火葬炉へ入れた棺。焼かれたばかりの純の骨を、拾った。

 通常の「友人」であれば、ここまで出来なかった。

 全て、純の父の想いの強さがそれらを彼らに叶えさせたのだった。


 純の父は泣き笑いの顔で茜に伝えた。


「ありがとな。おかげで良い葬式になったよ。今までも、誰の葬式よりも良かった」

「そんな……本当に何も出来なくって……」

「皆が居てくれた事が一番……あいつに対してしてくれた事だよ」


 ただただ、涙は流れ続けた。


 翔が良く行く、というラーメン屋で佑太と翔と岳はジャケットを脱いだ。


「あー!葬式終わったなぁ。逝っちまったんだな……」

「あぁ……もう帰ってこねぇんだ」

「弔辞あんなんで良かったんかなぁ……まだ実感ねぇわ」


 三人はラーメンを食べた。とても静かに。何かを言い出したくても、何も思い浮かばなかった。


 岳は家に帰ると妹が不思議そうな顔をした。


「あれ?さっき帰ってきたばっかじゃん」

「はぁ?さっきまで斎場にいたよ」

「だって玄関開ける音がしてさ、二階に上がってトイレにこもってたでしょ?」

「はぁ?あぁ……」


 それはきっと純なのかもしれない。トイレにこもるのは純しか居なかった。泥棒を危惧する妹をよそに、岳は笑い続けた。本当に久しぶりに感じる、楽しく愉快な笑いだった。


 流れる車窓は何度同じ風景を映しても、すぐに慣れる事はなかった。外灯一本にしても、無意識に純を思い描いてしまう。

 共に通ったファミレス。下手だなぁ、と笑った駐車場。ふと、涙が流れる瞬間は葬儀後も幾度となく続いた。

 小さくなった純の欠片は火葬場で、純の兄からそっと茜に手渡されていた。


「ははっ!やったよ!」

「純君やるじゃん!」

「はい!あげる」

「えー、いいのかな?」

「まぁ、大事に持っといてよ」

「うん。本当ありがとう!」


 そのぬいぐるみの中に、小さな純は納められた。


 四十九日を前に純の骨壷の中に皆で撮った写真をこっそりと忍ばせ、和尚を激怒されたりもした。メールで報告を受けた岳は「バレたぁ」と笑った。

 友利は岳がアパートへ行く事を引き止めることは無くなった。


「四十九日は行くしさ、皆によろしく言っておいてね」

「うん。まだ皆元気で生きてるよ」

「当たり前でしょ!あー、翔君来るかな?」

「何で?」

「ちょっとカッコ良かったんだよねぇ」

「おまえふざけんなよ!」

「あはは!冗談だよ」


 八月を迎えた空は街を焼き付けるように、燦々と太陽の光を注ぎ続けた。


 翔がゴミ出しをする青柳の背中に声を掛ける。


「ちょっと、ちょっと」

「は……はい?」

「それ終わったらトイレ掃除。お願いしますよ」

「は、はい……ふたひと、まるまるには終わらせますので」

「その言い方気持ち悪いから止めた方がいいっすよ」

「それは……すいませんです……」

「オーナーに報告……と」


 日に焼けた佑太がゲートで警備員に止められている。


「ちょっとちょっと!兄さん!」

「あんだよ!?急いでんだけど!」

「うちはねぇ、フィリピーナは入れないんだよ!」

「っざけんな馬鹿野郎!日本人だよ!」


 そう言って佑太は自慢気に大型免許を提示した。


「日本人だろ?」

「失礼しましたぁ!」


 佑太はアクセルを踏み込むと、笑った。


 良和は実習で保育園で体験学習を行っていた。


「目を離してばっかいるから怪我が増えるんですよ!?」

「いやー……子供が苦手で……」

「じゃあ何で専門学校入ったの!?」

「いや、早く弱ってるジジイとかババア見たいんすよ」

「あ……あぁ……そう……」


 太陽の真下。大人のように肌を焼く事を気にもせず子供達は飛んだり跳ねたりし続けていた。

 テストの為に告別式に顔を出さない、と言い張っていた良和は前日の夜に翔と揉めていた。薄情だとも言われた。しかし、日記にはこう記されていた。


 純、俺に悲しんでもらいたかったらこんな時に逝くなよ

 会ってる時だって、いっつも時間ばっかり気にしてだだろ?

 まぁ、そっちにいったらまたいい友達になろう。よろしく


 純を偲ばない者など、誰も居なかったのだ。

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