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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
181/183

加害者

純を偲ぶ者達で溢れる斎場。そこに姿を現したのは事故を起こした加害者だった。

どうしても謝りたいとの申し出に…

 彰に突き動かされた佑太は挨拶を終えたばかりの岳目掛けて走り出し、その肩を叩いた。


「がっちゃん、俺に出来る事何かない?」

「え?あぁ……じゃあ……」


 岳は斎場の入口に目を見やる。


「あそこに立って来てくれた顔見知りに挨拶して来てよ」

「それだけでいいん?」

「あと……森下見つけたら傍に居てやって」

「おっしゃ!分かった」

「頼んだで」

「まっかしときー!」


 そう言って佑太は甲高い声を上げながら、人混みの中へと消えて行った。先に着いているはずの茜の姿が見当たらなかった。

 病院でも、純の納棺時にも泣き腫らしてばかりいた茜を思うと少し不安な気持ちになった。

 あちらこちらに塊を作る者達の中、一際大きな塊を作る者達の前で岳は目を細めて笑った。高校時代の同級生達の姿が、そこにあった。

 先頭に立つ鳥山と米田がすぐに、岳の肩に力強く手を置いた。


「純君……マジだったんだな。アパートで会ったきりだけど……最後に何もしてやれなくてごめんな」

「いや……来てくれただけでも、純君喜ぶからさ」


 黙って頷く鳥山を押し退けるようにして前へ出た米田が、涙を浮ばせながら岳を揺さぶった。


「岳、マジで水臭ぇぞ!純がこんな事になるなんてよ……」

「本当、すぐに言えなくてごめん……」

「分かってっから大丈夫だよ。気にすんなよ……でも、文句の一つくらい……いいだろ」

「どっちだよ。でも、マジでごめん」


 米田は岳の二回叩くと「しっかりしろよ」と声を掛けた。日に焼けた内山と、卒業してからも襟足が長いままの田島が岳に頭を下げる。


「猪名川君……辛いだろうけどさ、頑張ってな。通夜に来れて良かったよ……」

「いや、本当来てくれてありがと。長野旅行、懐かしいよな」

「ははっ。あん時行けたのは純君のおかげだぜ?純君はずっとナイスガイだったよ」

「純君の代わりに、ありがとう」


 内山は深呼吸すると、斎場に向かって大声を上げた。


「じゅーん!おまえと出会えて、俺は最高にハッピーだったぜぇ!」


 涙の混ざったその声に、岳は微笑んだ。

 田島が頭を掻きながら岳に言う。


「猪名川君、ずっと仲良かったんだな……」

「あぁ、卒業してからもね」

「なんつーか……ありがとな」

「え?」

「いや、わかんねーけどさ……純君と仲良くしてくれてて良かった」

「おう、当たり前だよ」


 岳がそう言って微笑むと田島は拳を作って岳の胸に当てた。その塊が動き出す中、最後に残ったベースの福山が親指を立てて岳の横を通り過ぎて行った。岳は笑いながら彼らを見送った。


 斎場の入口に向かうと、受付係に座っていたのは翔と武人だった。家が同じ地区だった為に声が掛かったのと、翔の父と純の父が知り合い同士という事もあり、自ら手伝いを志望したのだという。

 記入をし終え、香典を差し出すと武人がそれを岳に突き返した。


「お客さーん、ちょっと薄いんじゃないすかぁ?これじゃあねぇ、おやっさん?」

「あぁ。あんただけは特別料金なもんでね。誠意を見せてもらわねぇと、なぁ?」

「分かったよ……」


 岳は眉間に皺を寄せながらそう言うと、ズボンのファスナーに手を伸ばした。武人が声を立てて笑うと、翔は岳の置いた香典を手に取って笑いながら言った。


「馬鹿!分かったから、もういいよ。さっさと行けよ」

「そりゃどうも」

「頼むぜ、大将」

「ははっ!おうよ」


 翔のハッパを掛けるような言葉に岳は励まされた。斎場の中は驚くほどの人で溢れ返っていた。高校時代、廊下で純に手を振っていた数人の女子が固まって泣いているのが目に入った。

 あんな人達まで来てるのか。そう思うと純の死後からたった1日でここまで人を集めた彼らのネットワークの強さに感心した。しかし、自分達以外に誰か発端となる人物が居るはずだった。

 会場の入口で榎本と安田が岳を待ち構えていたように、表情を明るくさせた。安田は控えめに岳に頭を下げ、榎本が岳の背中を軽く叩いた。


「がっちゃん。あちこち声掛けたんだけどさ。こんな事くらいしか出来なくてごめんな」


 榎本の言う「こんな事」の規模の大きさに岳は目を丸くし、笑った。


「いやいや、凄いって。こんなに呼んでくれたの?」

「いや、あちこち声掛けたのは間違いないんだけど……こんなに来てくれたのはビックリしたよ」

「そっか。本当ありがとね」

「純君喜んでくれてっかな?」


 榎本がそう言って斎場を見回すと、安田が寂しげに微笑みながら言った。


「喜ぶよ。あいつ、すげー寂しがりだからさ」


 岳がそれ以上言葉を出さない代わりに、強く頷いた。安田の言葉の他、必要な言葉は無かった。

 会場左手の後方には良和と猿渡、そして鼻の横にピアスを開けた友川の姿があった。

 良和が猿渡を肘で突き、言った。


「猿渡、悲しいん?」


 パソコンでグロ画像を皆に見せて回っていた猿渡は真顔のまま言った。


「あぁ……さ、流石にキツイもんがある……」

「純君死んだんな。本当、死んじまった」

「さ、最後に話したかったぜ。ちきしょー……ゲームもしたかった。純君のやるメタルスラッグ、また見たかった」

「あれ凄かったんなぁ。もう見れないで」

「分かってる。シビアだな……」


 友川が良和を肘で強めに突いた。


「友達でしょ?茶々入れるのやめなよ。あんたこそ悲しいの?」

「当たり前じゃん。何年一緒に居たと思ってるん」

「じゃあ……別にいい」


 冗談や人を茶化す事で、良和は純の死を和らげようとした。しかし、アパートに帰り、一人になれば嫌でも純に関する様々な記憶が蘇った。

 部屋の片隅でテトリスで遊ぶ純。ラジカセを前に岳と音楽談義に華を咲かせていた純。茜と肩を並べて笑い合う純。何もかもが、自分の過ごす部屋の中に転がっていた。

 事故は前期テストを控えていた矢先の出来事で、これから始まるテストの結果はきっと良くないものになるのは目に見えていた。


 法要が始まり、焼香の為の列は延々と伸びていた。茜は終始泣き続け、傍らで千代が茜の肩にそっと手を置いていた。

 岳達も焼香を終え、席に戻ったがまるで全てが他人事のようだった。飾られた花輪に記された企業名や人名はどこれもこれも、ピンと来る物がなかった。


「佑太、秩父鉄道とか純君関係あったっけ?」

「さぁ……キセルしたとか?」

「ならずいぶん太っ腹な会社だな……」


 長い時間、参列者による焼香は続いていた。皆が沈痛の面持ちで純に最後の別れを告げていた。

 何処か現実感のないまま、その光景を眺めていると岳は肩を叩かれた。純側の中年の保険屋だった。


「ちょっと、いいかな?」


 佑太と顔を見合わせ、斎場のロビーへ出る。


「実は……加害者の方がお見えになられてて、どうしても謝りたいって言ってるんだけど……」

「純君の両親は?」

「それが顔も見たくないって……」

「そりゃそうでしょ。それで俺らに?」

「まぁ……気持ちだけでも伝えたいっていうもんで……」

「……分かりました」


 佑太と岳は保険屋の後をついて行くと斎場の外で加害者の女性は家族に支えられながらそこに立っていた。細面で、これといって特徴のない顔立ちだった。右隣に立っているのが彼氏だろうか。坊主頭で耳に大きなピアスを開けていた。

 白髪頭をオールバックにしたサングラスを掛けた父が真っ先に口を開いた。


「まぁ、事故とは言え殺人じゃない訳ですから。あれからうちの娘も憔悴し切ってしまいましてね。言ってしまえば被害者と言うか……」

「おい。その前に言う事あんだろうが」


 苛立ったまま佑太がそう言うと、加害者女性は涙を零しながら言った。


「大切な人を……ごめんなさい……本当にごめんなさい……」


 そこで文句を言ったり、返せと言っても何も変わらないことは明白だった。そして、分かり切ったそれを口にするのは自分達でもないという事も。

 佑太が黙ってハンカチを女性に手渡した。


「情けですから」


 そう言って、踵を返し斎場へと姿を消した。その場に残された岳は純を失くした痛みは一生続くだろう事を思い返す。

 そして、泣き続ける女性に告げた。


「一生だと思うんですよ……純君の事、一生覚えてるんだと思います」

「はい……大切な人だったって……聞いてます……」

「だから……俺らと同じように一生背負って生きて行って下さい。じゃあ」


 岳がそう告げると女性はその場で泣き崩れた。泣き崩れたまま、死んでしまえばいいとさえ思えた。しかし、今見たばかりの顔だったはずなのに岳は斎場に入る頃にはその顔を忘れ去ってしまっていた。

 通夜が終わり、外へ出ようとした矢先だった。彼らが一塊になって歩いていると茜が突然声を上げて泣き始めた。

 加害者の女性が申し訳無さそうに遠くで彼らを見つけていたのだ。茜はすぐにそれが加害者だと気付くと、抑え切れなくなった感情を爆発させた。

 突然泣き叫んだ茜の肩を、佑太と岳が掴んだ。


「おい、どうしたんだよ!?」

「だって、だって……ねぇ!純は!?」


 岳は祭壇を振り返って息を呑んだ。


「純はって……おまえ……」

「ねぇ!純は何処にいるの?ねぇ!純が居ないんだよ!ねぇ!」

「落ち着けって……純君はもう死んだんだよ……」

「嘘だよ!だってこの前まで一緒に遊んでたじゃん!嘘だよ!ねぇ!純は何処行ったの!?」


 斎場の外へ出ると、心配そうな顔を浮かべる同級生達が茜を取り囲み始めた。純を失って取り乱した茜の気持ちはきっと彼らの中で理解出来る者はいないだろう。


「純を返してよ!ねぇ……純を返してよ!」


 岳は咄嗟に茜を抱き寄せ、胸の中に押し込めた。そうでもしなければ過呼吸になるかもしれなかった。

 怪訝な顔を浮かべる者、物珍しさや好奇心で覗こうとする者。様々な目を見ている内に岳の中で怒りが溢れてくるのを感じた。

 しかし、茜にこれ以上の心の負担を負わせまいとする。それは岳や翔、良和も同じだった。

 彼らを追い払うように、茜に近付かせまいとする。

 茜を抱き寄せながら、岳が言った。


「おい、見せもんじゃねーぞ。帰れ帰れ」


 その言葉を聞くと彼らは踵を返し始めた。それでもしばらく、茜は泣き続けていた。

 薄暗い空も泣き出しそうに雲が立ち込めたままだった。

 加害者の女性は、既に姿を消していた。

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