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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
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茜の告白

耳は聞こえている、という言葉を頼りに彼らは純に声を掛け続けた。

誰もいなくなった病室で、茜は自身の想いを初めて純に打ち明けた。

 時間の許す限り、茜は純のいるICUの病室へと足繁く通った。岳や佑太の姿は毎日そこにあったが、それ以外にも純の見舞いに訪れる者は後を絶たなかった。

 茜が病室に入ると、佑太、岳、翔、良和、もう一名の姿に思わず目を丸くした。これ程近い距離で会うのは中学以来だった。


「よぉ、茜嬢。久しぶりがこんな形になっちまうなんてよ……」


 浮かない表情の田代が茜に目をくれないまま、そう呟いた。


「来てたんだ……」

「あぁ……純が意思不明だって聞いてよ……けど、信じられねぇよ。今にも起き出しそうでよ……」


 田代の言うように、純は外傷という外傷はほとんど負っていなかった。

 藪が茂っていて左右の視界が悪い小道から出た瞬間、法定速度を遥かに越したスピードで走って来た車に真横から撥ねられた。身体はバイクから離れて吹き飛び、運悪く縁石の角に後頭部を強打した。脳は激しく揺さぶられ、たちまち組織は破壊された。

 運転者の女性はすぐに警察を呼ぶ事無く、その場で彼氏に連絡を取った。けたたましく鳴り続けるクラクションに気付いた近隣住民達が表へ出ると、バンパーが大破した車とめちゃくちゃになったバイクが転がっていた。それを見て、すぐに事故だと気付いた。


「人を……人を……」


 と、女性は呼び出した彼氏の腕の中でうわごとのように呟き続けていた。その言葉を聞くと、住民達は手分けして被害者を探し始めた。

 現場から十メートルほど離れた畑の中、横たわる純を見つけ出したのは偶然にも中学校時代の教諭であった引田だった。

 救急車が到着し、運ばれるまでは純は自力で呼吸をしていた。


「もっと早く呼んでくれてれば……」


 救急隊員はそう言って悔しそうにしていたという。


 純を眺めている田代に、岳が声を掛ける。


「高校の時さ……純君の事、好きだったの?」

「ははは……そう聞かれちゃ答えない訳にはいかねぇが……」


 田代は少女のように頬を赤らめ、答えた。


「好きだったよ」

「恋愛って意味で?」

「あぁ……好きだったね……」


 寂しそうに田代は答えた。それを聞いた岳と良和は声を揃えて小さく笑う。純に意識があったなら、きっと手を叩いて三人で笑い合えたはずだった。

 どこか小さく見える田代の背中と入れ替わりに、松村が駆けつけた。

 純の姿に言葉を失った松村だったが、良和に促され純の側のパイプ椅子に腰掛けた。


「純君……おい。おーい……やっぱ、返事しないんだな……」


 そういって項垂れた松村の素直なまでに寂しく悲しげな表情に、その純朴さが伺えた。松村は純の手を握ると、精一杯の励ましの言葉を贈った。


「純君……早く、やまい治せよ!」

「いや、事故だから!」


 彼らは一瞬噴出し、一斉に同じ言葉を放った。懸命に考えた末に松村が純に贈った言葉は「怪我」と「病気」を間違える程に大きく的を外したものの、彼らがひと時忘れていた笑いがそこに生まれた。

 松村は恥ずかしそうに「そうかぁ」と間延びした声で笑うと、純をもう一度眺めた。

 ただ眠っているだけのようにも見える純が何度呼び掛けても返事をしない事に、再び悲しさを覚えた。

 するとすぐ、「失礼しまーす」という太い声が病室に響いた。床擦れを防止する為に、担当の男性看護師が数時間おきに純の元へ訪れていたのだ。純の身体を慣れた手つきで動かしながら、看護師は微笑みながら言った。その言葉は彼らにほんの少しの希望を与えた。


「身体は麻痺してて視界はダメで喋れなくても、聴覚だけはね、皆さん残るんですよ。だから、いっぱい話し掛けてあげて下さいね」


 茜と岳は途端に目を見合わせると、まるで争うようにして純に話し掛け始めた。


「純!早く起きなよ!皆ここにいるんだからね!」

「純君!田代の告白聞いてた!?やったな!さすが色男だなぁ!羨ましくねぇけど!」


 佑太が「じゅーん!」と声を上げ、良和と翔も笑いながら声を掛けた。


「純君、純君!田代の告白、俺も聞いたで!顔真っ赤にしてたで!昔、アパートでボコられた時みてーに真っ赤っか!」

「純君よぉ。聞こえてんだったら最初から言ってくれよぉ!水くせぇなぁ。あ!喋れなかったんだ!」


 彼らは話し掛けながら純の指を握り続けた。時折筋肉の反射なのか、本人の意思なのか、握られた指は時折声に呼応するようにピクリと動いた。

 岳はその反射を感じるとにやり、と笑う。


「純君。田代の告白嬉しかったら指、動かしてみて」


 純の指には何の反応も無い。


「じゃあ、気持ち悪かったら指、動かしてみて」


 岳がそう言った次の瞬間、純の指は誰の目で見ても分かる程に動いてみせた。純とのコミュニケーションが成立したようで、皆が声を上げて笑い合う。


「純!おまえは正直な奴だよ!全く面白ぇんだからよ!」

「気持ち悪くて当たり前だよなぁ!少女のように微笑んでたで!「好きだったよ」って!」


 田代に対する純の答えを手にした彼らはひとしきり笑った後、久しぶりに声を立てて笑えた事につかの間の安堵を覚えた。

 純を取り囲みながら、静かに時間は過ぎて行く。陽の光と早過ぎる蝉の声が夏を伝え続け、純が命を繋ごうとしている熱を彼らは何度も必死に汲み取るように確かめた。

 皆が帰ってから茜は一人で純の指を握っていた。


「今日も皆来てくれて良かったね。純君の事、皆好きだもんなぁ」


 そう言ってから、茜は皆に好かれている純の事をほんの少し羨んだ。


「ねぇ、純君。元気になったらさ、今度は私があちこちいっぱい連れてってあげる。私、いっぱい送り迎えしてもらっちゃったし、ドライブも連れてってもらったしさ。この前、中間平行ったよね。すごく静かで、暖かかったね。帰り、運転下手過ぎて笑っちゃった……でもね、純と手を繋いで歩けた事、凄く嬉しかったんだ。あれをデートって言うのはさ、恥ずかしかったんだよ。純君だってそうでしょ?何だかさ、こそばゆいよね。でも、今度はちゃんとデートしようね」


 すると、純の指が微かに動くのを感じた。茜は手を握り合う気持ちで、強く純の手を握った。


「私……ここにいるからね。こんなにいっぱい管に繋がれちゃって……呼吸器までつけられちゃって……こないだまで一緒に歩いてたのにさ……いっぱい笑ってくれてたのに。下手くそな運転だってしてくれてたのに……」


 握った手の上に、ポタポタと大粒の涙が落ちた。

 考えないようにしていた事が、次々と堰を切ったように溢れ出てくる。どうにも出来ない事への悔しさや、加害者への怒り。共に過ごした、時間の数々。

 言葉を続けようとしても、喉がつかえて喋り出そうとする事さえ出来ない。

 純の記憶が次々に蘇る。始めは、中学校の二年四組の教室。部活に出ない純を追い掛け回していた放課後。岳や佑太に「逃げろ!」と言われ、純は笑い声を立てて茜と目を合わす。修学旅行先で買った土産を持って、茜を待って純が廊下に佇んでいた日。高校の頃、「背が高くなったね」と言うと純は首を傾げながら自分の頭の上に手のひらを乗せていた。大人になり、UFOキャッチャーの前で真剣な横顔を見せていた純。

 茜は情景を思い出す度、胸の痛みが鋭さを増していくのを感じていた。純と過ごした日々の感覚だけを思い出し、光景を無理やり追い払う。

 そうでもしなければ、本当に純に伝えたい言葉は伝えられなかった。


「純、ずっと言えなかったけどさ……」


 それが例え純に見えていないとしても、茜は精一杯明るく微笑んだ。悲しい気持ちや顔は少しも見せたくなかった。今、自分が出来る最大の笑顔を純に向け、茜は伝えた。


「私ね、純の事が大好きだよ」


 そう告げると、茜はそっと純の頬に唇を寄せた。その頬は温かで、いつの日か触れていた純のままだった。

 純からの返事は、当然ながら無かった。

 その後は、純の手を握り締めながら何度も嗚咽を漏らした。何度も、何度も。時間が過ぎて行く事さえも、忘れてしまったまま。

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