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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
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夏を待ちわびて

純の面会に駆け付けた友利は茜の存在に気付く。

しかし、余りの憔悴ぶりに声は掛けられないままにその場を立ち去る。

 ニュースで空梅雨だと言われ続けている通り、天気はその日も快晴だった。友利は翔の運転する車に岳と共に乗り込む。

 後部座席の友利は外を眺めたまま、一言も喋ろうとはしなかった。

 気を利かせた翔が一瞬、後部座席に目をやる。


「あの……エアコン強くしましょうか?暑くない?」

「うん……大丈夫。ありがと」

「いえいえ」


 何か思い詰めたような友利の表情に、翔は言葉をそれ以上紡げなかった。

 病室へ向かうと佑太が微笑みながら飛び出して来た。


「じゃじゃーん!応援幕!記入お願いしやーっす!」


 佑太は真ん中に「頑張れ!純!」と書かれた大きな青色の布を彼らの前で広げて見せた。

 マジックを真っ先に渡された友利は呆気に取られた様子だった。


「まずは女子の友利ちゃんからぁ!お願いしやーっす!」

「いや……その前に純君に会いたいんだけど……」

「いっけねぇ!そうだったぁ!あちゃー!」


 そう言って佑太は自分の額を叩いて見せたが、岳は何とも佑太らしいはからいに頬を緩めた。

 病室に入ると、友利は真っ先に純の父と母に頭を下げた。純の側に置かれたパイプ椅子に腰掛けると、何も言わずに純の手を擦り始める。

 そして、いつものように音も立てずに突然涙を落とした。

 その様子を眺めた後、純の父が岳に微笑んだ。


「がっちゃんの彼女か?」

「あぁ、はい」

「名乗らずにすいません……あの、友利です」

「純から聞いてるよ。本当、べっぴんさんだなぁ」

「いえ……そんな……」

「良かったら純と話してやってよ。喜ぶだろうからさ」

「はい……」


 そう答えると、友利は小さく呟いた。


「純君……頑張るんだよ?同じ病気持ってる私も朝方まで頑張って、それから来たんだから。テニスやってるんだってね……元気になったらさ、岳の事笑ってやってよ。凄く下手なんだから……」

「下手は余計だろ……俺だって頑張って練習してるぜ……」

「だって下手じゃん……純君が元気になる頃には……少しは上手くなってるかな?」


 そう言って微かに微笑み、友利は寄せ書きに想いを込めた。

 岳と共に喫煙所に足を運ぶと、友利は額に手を置いたまま押し黙った。肩を寄せる岳にかぶりを振る。


「大丈夫だよ……だって、あんたの方が辛いでしょ……」

「いや……友利だなぁと思って……」

「え……?何が?」

「全部が」

「そっか……」


 二人は黙り込んだ。外から漏れ聞こえる蝉の声だけが、響いていた。

 再び病室に戻ると、相手方の保険屋が訪問していた。聞こえて来る言葉の端々に事務的に処理されようとする純の命を感じ、怒りが込み上げて来た。

 すると、純を眺めていた友利が立ち上がった。


「何処行くの?」

「ちょっと。あんたはここに居て」


 そう言って友利は病室を出た。保険屋を追い掛け、文句を言ってやろうかと思い立ったのだ。

 ロビーまで降りたがその姿は既になく、溜息を漏らしてICU前の待合室へと踵を返した。

 すると、同じ年程の女性が先に座っているのが目に入る。

 セミロングの髪は柔らかな茶色に手入れされ、垂れ目がちな二重に愛らしさを感じる。しかし、その表情は固く閉ざされていた。思い詰め、何も考えられなくなった人の顔だった。

 友利はそれが誰なのかを直感的に理解し、すぐ側に腰を下ろした。何か伝えてやりたい気持ちになったが、その横顔を眺め、言葉を掛ける事を躊躇った。


 その場を離れると友利は岳と連れ立って表へ出た。陽射しは強く、すぐに汗が浮ぶ。


「岳……森下来てたでしょ?」

「あぁ。さっき来たみたいだね」

「何かイメージしてる人と違ってた。凄く、思い詰めた顔してた」

「まぁ……純君が事故ったんだから……そうなるよな」

「もっと嫌な女みたいのだったら良かったのに……あんなに良いコっぽいんだ……」

「森下庇う訳じゃないけど、だから言ったじゃん……いい奴だよ」

「あのコ、もう純君に何言っても何も返って来ないんだよね」

「まぁ……多分……」


 友利は遠くを眺めたまま、目に涙を浮かべた。髪をかき上げ、涙を拭った。


「こんな事になるんだったら、森下に文句なんか言わなきゃ良かった。本当、ごめん……」

「いや……まぁ、仕方ないよ」

「今度会った時、ごめんって言っておいて」

「分かった。俺ら居たらあれだし、そろそろ帰ろうか」

「うん……」


 二人が揃って同じ場所に居る事で茜に余計な気遣いや時間を取らせたくなかった。純との時間を少しでも多く与える為に、二人は翔と共に病院を出た。

 陽が傾き始めると、涼と良和が病室に現れた。良和が遠慮がちに純に声を掛ける。


「おい、純、起きろ。何だよ……まだ起きやしねぇ。ジョジョ持って来たで。読もうで」

「無理でしょ。ねぇ、手触ってみて?温かいんだよ」


 茜に促されて純の手を握ると、その手は脈を打ちながら純の熱を良和の手に直接伝えた。


「あれ?普通じゃん。これ元気になるんじゃね?」

「でしょ?いつもと変わらないよね」


 中間平で照れ臭さに笑い合いながら握った手。それと全く変わらぬ純の温度に茜は安堵を覚えた。そして、それと同時に深い悲しみを覚えた。

 変わらない温度を伝え続け、何も話せないまま横たわる純。

 身体に残された熱は今を必死に生きている事を彼らに訴えているようだった。


 茜が家に一旦帰っている間に傾いた陽は落ちた。涼と良和は食事に出た為、佑太は一人病室に残り純を励まし続けていた。すると、薄暗い通路の向こうから足音が聞こえて来た。


「佑太……」


 夜になって病室に姿を現したのは千代だった。一瞬微笑んだが、純の姿を目にした途端にその表情は冷めて行った。


「純君……嘘でしょ……ねぇ?」

「千代、純……頑張ってるからさ。声掛けてやってくれよ」

「純君、私だよ?いつもうるさい千代だよ。純君に会いに来たよ……ねぇ純君!」

「良かったな、純……これからもお前に会いにいっぱい……来てくれっからよ」

「何で純君が……ねぇ、茜は?」

「あぁ、今家に帰ってるよ」

「そうじゃなくて……大丈夫なの?」

「いや……多分……」

「……純君、茜に心配掛けてさぁ……もう、本当に……」


 しばらくの間、千代は黙り込んだ。時折唇を噛み締め、震わせた。


「私……今ね、無力を感じてるよ」

「俺も同じだよ。純に、何もしてやれねぇ……」

「大人になれば何だって出来るって思ってた。何処にでも行けるって信じてたよ。けど、私は変わらない私のままで……何も出来なくて……また一つ、出来ない事を突きつけられた」

「あぁ……けど、おまえがそう思うのはおまえらしくて良いと思うぜ……」

「良いとは思えない……だって……目の前に純君がいるのに……だって……」


 佑太は千代に慰めの言葉を掛けようとするが、口を開く事は無かった。慰めは慰めであり、救いにはならない事は分かり切っていた。


 駐車場で涼は突然、雲の掛かった夜空を見上げた。すると、指を目頭に押し当てた。涙を堪えているようだった。


「純君、昨日……事故ったんだよなぁ。でもさ、まだ実感出来てないんだ……純君に言いたい事なんて、まだまだ山ほどあったのにさぁ……」

「俺も、まだまだありますよ。仮面ライダーだって、テニスだって、まだ全部中途半端っす」


 涼は唇を震わせ、涙を頬に落としながら呟いた。


「昨日のリアルに、耐えられない」


 事故から三日目。岳と翔は同じシフトでアルバイトに入っていた。レジに並ぶ二人に精気は無く、携帯電話を何度も確認する。

 翔はレジを終えると岳に言った。


「そっち、連絡入ってないよな?」

「何もないよ。今の所、大丈夫」

「あぁ……そっか。なぁ……」

「うん?」

「こんなバイトだからさ……泣く訳にもいかねーし……代わりばんこでトイレで泣かない?」

「あぁ。そうしよう」


 岳は翔の提案に彼なりの優しさと労わりを感じた。特に「代わりばんこ」という中に翔の気遣いが伺えた。

 洋間でコントローラーを握り、翔と純が肩を並べる姿を思い出す。それはまるで近所の子供同士がゲームで遊んでいるようにも見えれば、仲の良い兄弟が遊んでいるような光景にも思えた。

 翔が何度も目を奪われていた純のゲームプレイはもう二度と、見れなくなるかもしれない。目尻に涙を溜めた翔が言った。


「先、良いかな?」

「いらっしゃいませぇ!行って来いよ」

「悪い」


 翔はレジから飛び出て、トイレへと急いだ。そして、しばらくの間、戻って来なかった。その時間の長さが、翔の純への想いの強さを伝えていた。

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