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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
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ICU

事故で運ばれたという純の知らせを、現実のものとして受け入れられない彼らはICUへと駆け付けた。

そこで目にした姿に彼らは…

 朝から何度も鳴り響く着信音を、岳は拒絶するように強く目を瞑った。

 昼前になってようやく画面を確かめると、翔からの電話があった事に気が付いた。

 折り返しをしようと起き上がると着信音が再び鳴り響く。電話の相手は翔だった。


「もしもし?おはよ」

「おはよ、じゃねーよ。テメー何してたんだよ」


 のんびりとした声で答えたが、翔の声に焦りと怒りが入り混じっているのを感じると、岳はすぐに身体を目覚めさせようと頭を切り替えた。


「どうした?」

「緊急だから用件だけ伝えるわ。純君が事故って深谷の日赤に運ばれた。ICUにいるって。俺は講義終わって病院向かってる最中。佑太ががっちゃん家に行くはずだから、先に行っててくれ」

「分かった……けど何で事故ったの分かったんだよ?」

「うちの親父と純君家の親父、仲良いからさ。親父さんも純君の兄ちゃんもおまえと連絡取れないって言ってたぜ」

「マジで?電話くれてたんかな」

「おまえマジ何してたんだよ」

「さっきまで寝てた……」

「文句は後で言うわ。とりあえず、病院で」

「分かった」


 岳は幾つもの着信暦があった事を確認し、そのまま茜に連絡を取ろうとした。しかし、友利に言われて番号を消していた事を思い出す。

 過去のメール送信履歴から茜のアドレスを確認するとすぐに純が事故に遭った事を伝えた。


 顔を洗って歯を磨いていると、甲高いクラクションの音が外から聞こえて来た。

 すぐに玄関から佑太の声が響く。


「がっちゃん!早くしろよ!」

「分かってる!今行くよ!」


 状況を把握しようとすると、岳は突如として不安に陥った。

 指先が震え、何も考えられなくなる。

 車に乗り込んだが佑太もそれは同じだった。いつもより気丈に振る舞っているのがすぐに分かった。


「事故って集中治療室にいるって言ってもよ、足とか切断されて終わりじゃねーの?アイツは死にそうで絶対死なねーよ」


 この状況とは無縁のように、夏を待ち切れなかった光に稲穂が弾かれる景色が続いている。

 岳は気分を落ち着かせようと煙草に火を点け、答える。


「ICUとか大げさだよな?実は骨折とかなんじゃねーの?病院行ったら盛大に笑ってやろうぜ」

「あぁ。どうせ唾つけときゃ直るような怪我だんべ?笑う準備しとくべーな」

「だな。しっかし、事故るなんて馬鹿だよなぁ。前にもあんだけ言ったんによ。怒る準備もしとこうぜ」

「死なねーだろうけどよ、死ぬほど怒鳴ってやりてぇよ」


 二人は気が付いたら病院に居た。そう例えるしか他無かった。

 佑太と岳は良和と合流し、受付に向かう。

 岳が事故の真偽を確かめるように、受付の女性に声を掛ける。


「すいません、ICUに運ばれた新川 純っていますか?」


 受付の女性は返事をせず、無言のまま書類や端末を操作してから淡々とした様子で質問に答えた。


「はい。ICUは2階奥になります」

「ありがとうございます」


 顔面を硬直させながら、岳は答えた。佑太も表情を失くしたまま、何とか歩き出す。良和は岳に声を掛ける。


「がっちゃん!がっちゃん、仮面ライダーナイトだったら何て言うん?」

「あぁ……ちょっと今は……止めてくんねぇかな」

「いや!答えて!ほら!」

「分かったよ……「まぁ、仕方ない」かな」

「はははは!良く答えた!すげぇ!」


 良和の問い掛けに必死に答えながら、岳の気持ちは別の場所に居た。しかし、その場所が何処なのかは岳自信にも分からなかった。

 三人がICUへ抜ける扉を開けた途端、涙で頬を濡らした茜と出くわした。

 茜は泣き笑いの表情を浮かべながら出迎えた。


「先に来てさ、待ってた……あのね、あの……純君はさ……何て言ったらいいんだろ、あれ……分からなくなったな、おかしいな……」


 取り乱した茜の様子に岳は目を見開いた。茜の肩を叩き、座るように促す。


「とりあえず、落ち着こうぜ。今一番大変なのは純君なんだろ?な?」

「そうだよね、そうだったんだ……そう、大変なんだよ。純君がさ……」


 通路の先で純の父が立っているのを確認すると、岳は佑太に目配せして入れ替わった。

 頭を下げながら純の父の前に立つと、岳と同じように頭を下げた。


「がっちゃん、来てもらってすまない。どうしても会わせておきたくってさ」

「あの……状況は?あと、電話すいませんでした」

「それはいいんだ。来てもらったしさ。見た目は分からないんだけど、意識不明で……。脳が激しく損傷してるらしくてさ。正直……助かる見込みは少ないって……」

「案内……してもらっていいですか?」

「あぁ……会ってやってくれよ」


 背後から扉を激しく開ける音がした。振り返ると、そこに居たのは遅れてやって来た翔だった。


「遅れて、悪ぃ」


 そう言いながら翔は彼らの中に飛び込んだ。

 岳は内心安堵を覚えた。たった一人きりで現実を直視する程、強くはなれなかったのだ。


 ICUの病室に入り、彼らは純と対面した。


「ははっ。いやぁ、事故っちゃってさ」


 純の父に話を聞かされても尚、そんな風に答える純を、ほんの僅かに期待していた。

 しかし、そんな期待は音を立てる余裕もなく消え去った。

 全身がチューブで繋がれ、人工呼吸器で息をする純がそこに居た。モニターが純の心臓の鼓動を伝えていた。

 当然、純は彼らが現れた様子に気付く素振りすら見せなかった。

 プシュー、コーッ

 という人工呼吸器の機械音だけが響く病室で、真っ先に嗚咽をあげたのは翔だった。

 まるで叱られた子供のように、止めどなく涙が溢れ出た。

 咄嗟に、茜は翔の胸倉を掴んだ。


「何で泣くの!?純君頑張ってるんだよ!?生きようとしてるんだよ!?まだ生きてるじゃん!」

「だってさぁ……だって……」

「だっても何もないよ。まだ生きてるよ!」

「脳が損傷して……治る見込みないって……そんなのさぁ!コンピュータで言ったらCPUがぶっ壊れたのと一緒だろ!?電源がもう点かないって事じゃん……純君はさぁ……俺が知ってる純君は……もう帰って来ないって事じゃん……」

「何言ってんの!?ここにいるじゃん!純はここにいるよ!生きてるじゃん!」


 良和は純の姿を目の当たりにし、言葉を失った。

 いつも悩んで、そして誰よりも笑い上戸だった純はもう何も答えない。

 その姿に、冗談や皮肉も浮ばず、掛ける言葉すら失くしていた。


 佑太が純の耳元で訴えかける。


「おい!起きろよ、純!何してんだよ!おまえ、この前バーベキューやるって言ってたじゃねーかよ!今年も海行きてぇって、そう言ってたじゃねーかよ!起きろよ!車椅子になったって何だって、俺が連れてってやっから!頼むから起きろよ!なぁ!?頼むから起きてくれよ……なぁ……寝てる場合じゃねーだろ……」


 佑太はそう言って、純の上で泣き崩れた。

 ベッドの柵を握る岳の手は、途端に震え出した。悲しみと怒りが同時に込み上げ、何とか取り繕おうと必死になる。

 純に掛けられた毛布を眺めながら、静かに呟いた。


「こういう風にしちまった相手がいるって事だよな……」


 岳は一点だけを見つめたまま、そう呟いた。茜も佑太も、誰も声を掛けられなかった。

 ここに居るはずの誰かが居ない。その誰かさえいれば、今の状況も落ち着いて考える事が出来たのかも知れない。

 彼らは不安の中でその存在の不在に悶え続けた。

 その存在こそ、目の前で懸命に生きている事を伝え続けている純だった。

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