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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
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6月23日

新しい夏を前に、全てが前向きに進んでいた。

希望さえ掴めそうな気がしていた。

新たな朝へ向かって、純は走り出す。

しかし、突然の眩い光が純を襲った。

 純はバイト終わりの岳を待ち構えていた。青柳が蒼褪めた顔で掃き掃除をしていたが、何故か逆に汚したくなる衝動に駆られるのを抑える。

 店から出て来た岳を純は車の中から手招いた。助手席のドアを開けた岳が微笑んだ。


「おう。どうしたん?」

「いや、話があるんさ。乗ってくれんかな?」

「拉致かよ。集まりが無かったから久しく拉致られてなかったな」


 車に乗り込むと、運転席の純は煙草を吸いながら岳を眺めた。


「実はお願いがあって」

「え?何?」

「俺に酒を教えてくれん?」

「酒ぇ!?」


 そう言って笑いながらも、純とアルコールが相性が悪いのを承知で岳はその頼みを引き受けた。

 度数の高い物は避けて、酒と共に何か食べながら飲む事を純に岳は勧めた。

 数日に渡って試行錯誤した結果、純はビールと冷奴の相性の良さに驚きつつ、それが気に入ったようだった。


「最近ビールがちょっと甘く感じるようになってさ。いやー、これで飲めるようになったら森下とも酒の付き合い出来そうだわ」

「心配されないようにな?しかし、煙草吸ったり酒飲んだり、純君は日に日に不良になって行くな」

「いやー、パチンコやらないだけマシでしょ。大人の嗜みを楽しんでるんさ」


 新しい事に挑む楽しさを覚えた純は、それを日々自信に変えていった。落ち込んだ末にラップを呟きながら便所に篭る姿は微塵も感じられなかった。そして、何よりも茜に対しての想いを吐き出すようになっていた。

 顔を赤らめながら純は岳に言う。


「森下にさ、プレゼント渡そうと思うんだけど何やったら喜ぶかな?」

「それは俺より純君の方が詳しいんじゃねーの?」

「ほら、趣味とかさ、そういう話はがっちゃんの方が得意じゃん」

「んー……シンプルに森下が欲しがってる物をあげればいいんじゃない?」

「そっかぁ……何かのDVD欲しいって言ってたっけな……それでいいのかな?」

「いやいや、俺に聞くなよ」


 岳の返事に純は腕組したまま「あー」と唸った。近頃話した事を思い浮かべている内に茜の柔らかな表情が目に浮び、思わず微笑む。


「何笑ってんだよ」

「え?あぁ、いやいや。うん」

「分かりやすいなぁ!」


 そう言って声を上げて笑う岳に「悪い?」と返した。

 スタジオの予約を取る約束をして、その日は岳と別れた。酒を飲みながら弄ったギターエフェクターの余韻が耳に残り、ギターついでにエフェクターも買おうと考えると自然と心が躍った。


 数日後、純は茜と食事に出掛けた。近頃酒を覚えた、と話すと茜は小さく絶句した。


「えっ、大丈夫なの?」

「あぁ。最近飲んでも動悸がしたりしなくなったんさ」

「動悸すんのに慣れようとする方が怖い!でも、飲めるようになったなら飲み行きたいね」

「あぁ、いいね。クラブのイベントとかさ、フェスとかさ。酒が付き物だし多少は飲めるようになりたくて」

「あはは。でも純君がビールの見ながら「イェーイ!」とか言ってたら笑っちゃいそう」

「ははは。イケイケな感じにはなれないかな。まぁ、皆とも飲みたいしさ」

「そうだよね。一人だけずっとファンタじゃね。あ、そういえばバーベキューは進んでるの?」

「うん。佑太も色々手伝ってくれるっていうしさ」

「何だかんだ佑太は残った訳ね。まぁ楽しみにしてるよ」

「任せてちょ」


 佑太は岳の居ない集まりに「俺は行かねぇ」と言い出していた。それは岳に対するポーズだったが、いよいよ岳が本気で来ない事が分かると何事も無かったかのように純に「手伝うよ?」と呆気なく声を掛けた。

 空気が蒸し始め、夏はすぐそこにやって来ているのが感じる日が増えた。今年は特に暑くなるとの予報も出ていた。

 茜を家まで送り、車から降りようとする茜を純は引き止めた。


「ちょっとさ、ダッシュボード開けてみてよ」

「え?何?爆発とかしないよね?」

「ははは。大丈夫だって」


 ダッシュボードを開けると、茜の欲しがっていたレゲェミュージシャンのライブDVDが目に入った。


「俺からのプレゼント」

「えー!?いいの?」

「あぁ。喜んでもらえたかな?」

「めちゃくちゃ嬉しいよ!ってか良く覚えてたね!えー……嬉しい」

「色々考えたんだけどさ……欲しそうにしてたん思い出してそれにしたんさ」

「本当、ありがとね」

「いやいや。まぁ、ゆっくり観てよ。じゃあバーベキューの件、また連絡するわ」

「うん。待ってるね。純君、おやすみ」

「あぁ、おやすみ」


 茜はDVDを胸に抱きながら純の車を見送った。テールランプが闇の向こうに消えると、純の優しさに微笑みながら家に入った。


 末野アパートでは良和、佑太、純、翔、岳が顔を揃えていた。皆が知恵を出し合い、ゴルフゲームのカメラアングルを必死に操作している。

 キャラクターのパンツを見ようと5人は真剣に、そして慎重に純の握るコントローラーに指示を出す。

 眉間に指を立てていた翔が指をパチン、と鳴らして言った。


「純君。小高い所に場所を移そう。アングルをもっと下からにすれば見えるはずだ」

「オッケー。なるほど……やってみるわ」


 良和がはっと息を呑み「天才……」と呟く。純もゲーマーとして「パンツを見る」という難題に真剣に挑んでいた。佑太は見えそうで見えない位置にカメラが来る度に「あー!」と声を上げている。

 岳は感心したように呟く。


「パンツを見たいってだけで、男ってのはこんなに必死になれるもんなんだな……」

「しかも、ゲームのパンツだかんな。でも、パンツはパンツだ!」


 翔の力強い口調に佑太と良和が頷いてみせた。純の携帯にセットされたアラームが鳴ると、純は悔しそうにコントローラーを手放した。


「あー……配達の時間だよ。バイト行って来るわ。もし見れたら報告してちょ」

「あ、純君。スタジオ、熊谷でいいかい?」

「うん。大丈夫よ」

「オッケー……じゃあ日曜で抑えとくわ」


 佑太が「スタジオ俺も行く!」と声を上げる。


「おまえやる気ないだろ?あるなら行こうぜ」

「行くに決まってんじゃん!千手観音って呼ばれるドラマーになるんだからよ!」

「その前にスティック早く買えよ」

「あー……そうでした。すいやせん」

「じゃあ純君、また週末に」

「あ、そういえばあのギター買ったよ。ゲットしたんさ」

「おぉ、家で弾いてみてどうよ?」


 純は楽しげに左指を動かしながら答えた。


「爪も指も相性良くていい感じなんさ。やっぱ自分で買って正解だったわ」

「いいねぇ。スタジオ楽しみにしてるよ」

「あぁ、俺も。早くでっかいアンプで鳴らしてみたいな。じゃあ、またね」

「おう。行ってらっしゃい」


 岳がそう言うと翔と良和が口を揃えて「いってらー」と言う。パンツを何とか見ようと夢中のようだった。


 ここ数日、家に帰ればすぐにギターにかじりつく日々が続いていた。いつもは岳に頼んでいた弦の交換も自分で行うようになり、チューナーも新しい物を揃えた。

 音楽を聴く際もエフェクターの効果を考えながら、研究するように聴き入った。それは純にとってはまるで新しい音楽の聴き方で、音楽に触れるたびに自分がギタリストの一員になった事を実感した。


 専売所を出ようとすると所長の妻が手を擦り合わせながら純を見送る。夏が近いとはいえ、流石に深夜は空気が冷えるのだ。


「じゃあ、行って来ます」

「気を付けて行って来てね。あ、新川君。この前おまんじゅうありがとね」

「あぁ、いえいえ」


 純はそう言ってカブを発進させた。先日、新しい事をする勢いに乗り、水上に一人旅に出掛けていたのだ。

 岳がいつか言っていた通り、雄大でおおらかな山々の景色は十分に純の心を和ませた。

 真夜中でも夏の湿った匂いが微かに混じるのが分かる。

 もうすぐ、夏がやって来る。今年は岳が居ない代わりに、自分がどこまで皆をまとめられるのか試されている。

 しかし、プレッシャーよりも楽しみの方が上回る。

 新しい夏を思い描くと、純はそっと笑った。


 暗い住宅街を抜け、茂みに囲まれた小道を走る。両脇に木が立ち並び、視界が悪かった。

 しかし、空気に混じる緑の匂いは純の夏への期待を加速させて行く。

 DVDを見て嬉しそうにしていた茜を一瞬、思い描く。瞬間的に、抱き締めたくなる。

 いつか、きっとしっかりと抱き締めてみせよう。そう決意して、思わず叫び声を上げたくなる。

 もうすぐ、見通しの悪い小道が終わる。数時間後には夏を少しずつ運ぶ朝が嫌でもやって来る。

 陽の眩しさに顔を顰めず、笑ってみせよう。

 そう思った矢先、真っ白く強い光が通りに出ようとする純の視界を遮った。

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