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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
172/183

ギター

集まりに行かない代わりにバンドを組む事になった彼ら。純はギターを新調する、と乗り気のようだった。

その頃、太一は紗奈に想いを伝える為に走り出す…

 佑太の運転する車に乗り、純と岳は何気なく外を眺めていた。佑太は何かうわごとのように呟いている。


「トウヨウバーン、ホンダカーズ、いや?リュウキュウロジ……うーん」

「佑太、どうしたんさ?狂ったんかい」

「ちげーよ!看板とか、トラックに書いてある名前でバンドっぽいの無いかなぁと思ってよ」

「ははは。妄想バンド?面白いかもね」


 すると、後部座席に座る岳がある事を思いつき、怠そうに傾けていた身体を起こした。


「じゃあ、バンド組む?」

「マジで?」


 佑太と純は声を揃えて岳を振り返った。


「マジで。友利と会ってる時以外、暇だし」

「実はその言葉待ってたんだよー!俺ドラムやりてぇ!がっちゃん教えてくれよ!」

「がっちゃん、マジかい?」

「だから、マジだよ。純君ギターでいいじゃん」

「ははっ!楽しそうだなぁ。いっちょ、やるかい」

「やろうぜ。おまえらもどうせ暇なんだろ?何かしようぜ」


 突然の思いつきで岳達は本当にバンドを組む事になった。佑太がドラム。ベースの経験が僅かながらあった良和がベース。岳がギターボーカル、そして純はギターとラップというミクスチャースタイルを目指した。

 翔は「俺は無理だぞ!マジで音感ないからな!」と頑なに誘いを断った。

 岳の部屋で曲作りをしていると、純が思いの外へヴィなリフを弾く事に岳は笑った。


「マジでヘヴィメタじゃん!」

「耳コピしてたらこんなんばっか弾くようになっちゃってさ」

「耳コピ!?それは凄いな……」

「ゲームと一緒でやり込んじゃうんさ」

「ギタリストとしては素晴らしいけど……へぇ……」


 純の弾いたリフを元に曲を完成させて行く。技量に関しては初心者が少し練習すれば演奏可能なものを想定した。

 しかし、岳が自信満々のデモテープを聴かせた途端に佑太と良和が揃って首を横に振った。


「こんなん無理!叩けねぇよ!無理無理!」

「てぇっ!俺だってベースちゃんと弾ける訳じゃねーで?親指でしか弦押さえられないで」

「出来ないから練習するんじゃん!ちょっとやりゃあ出来るよ!」

「なぁ、がっちゃんドラム教えてくれんだよな?それって鬼みたいな指導なん?」

「まぁ、ラーメンの佐野実くらいな感じだよ」

「マジかよ!ぜってぇ怖いじゃん!」


 乗り気だったはずの佑太はすぐに尻込みしたが、純は楽しげに笑っていた。


「がっちゃんさ、マジでやろうよ。歌詞はどんなのがいいかな?」

「当たり前のもんは書きたくないよなぁ」

「この前借りたシロップ16gとかも面白かったなぁ。「生きたいよ」が好きなんさ」

「死にたいよ、じゃないもんな。あぁいう皮肉めいたのも良いよな」

「音的にはドラゴンアッシュのディープインパクトみたいなの好きなんだけど」

「あー、カッコイイよなぁ。ミクスチャー路線ならラップが合うような音、考えなきゃな」


 それから数日後、純と岳は楽器屋巡りをしていた。次の給与が入ったら純は新しいギターをバンド用に新調すると言い、それに岳が付き合う形となった。

 純が目をつけたのは紫色のハードロック向けのギターだった。鋭利的なストラトデザインのギターを手にすると、純は微笑んだ。


「ははぁ、これは良いね。めちゃくちゃ指に馴染むわ」

「握った時にしっくり来るギターが一番良いよ。当たり前だけど、ギターは弾くものだかんな」

「これならギターと指がおしゃべりしちゃいそう」

「ははは。無言にならない事を祈るわ」


 耳だけで難解なリフをコピーする純の技術の高さに岳は以前から一目置いていた。いつか一緒に音楽が出来たら、そう願いながらも年月は過ぎて行ったがこうして夢が叶った今、楽しみを上回るほどの音楽に対する熱が上がるのを密かに感じていた。

 純は店員に取り置を願い出た。本当に買うのだと言う。

 店を出ると岳は純に「ギターあげようか?」と声を掛けたが純は大きく手を横に振った。


「いやぁさ、本気で音楽やるなんて今まで無かったし、楽しくてさ。本気の証っていうんじゃないけど、自分で選んだ物で勝負したくって。だから、大丈夫よ」

「そっか。それなら良いんだけどさ。無理に付き合わせてる訳じゃないなら安心だわ」

「当たり前っしょ。デカイ事言っていいなら俺は音楽で世の中を変えたいね。控えないよ」

「良いな!クソに塗れた社会にドロップキックかましてやろうぜ」

「あぁ、それこそ殺し行くつもりで」


 そう言って二人は真顔で拳を突き合わせた。


 二人はそのまま東秩父へと足を運び、山に囲まれたコンビニ裏手の小さな川をぼんやりと眺め続けた。


「何か夏っぽいなぁ……皆で集まるようになって一年かぁ」

「俺は純君にバトンタッチだけどな。これからもずっと集まってて欲しいよ」

「今年も海行ったりしたいんだよね。そのうちキャンプとかもさ」

「盛大に火点けたいだけなんじゃないの?」

「ははは。それはある。けどさ、集まりがずっと続いてったら生きて行くのも楽しみだなぁって思って。そのうち誰かが結婚したり、子供出来たりするんだろうけどさ……そういうの祝ったりもしたいしさ」

「その都度、俺は五寸釘 魔太郎になって祝うよ」

「はは、頼んだよ。これだけ楽しい事増えると怖くなるかなぁと思ったけど、案外楽しいままなんだね」

「うん。バンドっていう新しい事も始めたしさ、まだまだこれからだよ」

「もう落ち込む暇なんてないね。だからたまに、こうやって黄昏るのも悪くはないんかさ」


 希望を抱いたまま、二人は夕闇が空気を濃い紫色に染めるまで小さな川を眺め続けた。とても静かで、それでいて悲しくはならない不思議な黄昏時だった。


 同じ時間、太一は一人で純の家の塀に寄り掛かっていた。純の車が戻ってくる気配は無く、太一は諦めて家路を急いだ。

 ついに伝え切れないまま、太一は紗奈の引越し当日を迎えた。サッカーしようぜ、という同級生の誘いに乗って昼過ぎからグラウンドで汗を流していたが、紗奈の事が気に掛かり抜け出すタイミングを何度も計っていた。

 太一はわざとらしく「あー!しまったぁ!」と叫ぶ。駆け寄った身体の大きな同級生が「どうしたんだよ?」と声を掛ける。


「悪い。母ちゃんに留守番頼まれててさ……帰らないとなんだよ……」

「えー?もうちょっといいじゃん。今良い所なんだよ!あと少しで勝てるのにさぁ」

「ごめん!本当、悪い!」

「おい!太一!おーい!」


「絶交だかんなぁ!」と叫ぶ声から逃げるように、太一は自転車目掛けて走り出した。まだ、間に合うだろうか。

 必死でペダルを漕ぐ度に、ヤンキースの帽子が籠の中で揺れた。高橋リカーストアの横を通り過ぎ、しばらくすると引越しのトラックが停車しているのが見えた。

 作業員に浮かない表情で荷物を手渡す紗奈を見つけると、太一は叫んだ。


「紗奈!」

「太一……」


 軋んだブレーキ音が住宅街に鳴り響き、太一は紗奈の元へと駆け出した。額に汗を浮かべ、肩で息をしている。


「紗奈、行っちゃうのかよ……」

「うん……もうすぐ終わり……」

「あのさ……あの」

「私も……言いたい事があるの……あと、これ」


 紗奈はあらかじめ用意していた手紙を太一に手渡した。小さなイラストのつつじがあしらわれていた。


「後で読んで。今見たら怒るよ」

「分かった……」


 自転車の籠に手紙を入れようと後ろを振り返ると、途端に背後で女の怒鳴り声が響いた。


「もう金輪際関わらないで!紗奈、行くわよ」

「ちょっと、お母さん!待って!」

「いいから。早くしなさい」

「やだ!待って!お母さん!」


 紗奈の母親が紗奈の手を引っ張り、車へと連れ出そうとしていた。太一は息を呑んだがすぐに駆け出した。


「待って下さい!紗奈!」

「太一!お母さん、お願い!」

「アイツが出てくるから。もう行くわよ!」

「やだよ!」


 紗奈は後部座席に無理やり押し込められ、車のエンジンはすぐに掛けられた。太一は窓ガラスに張り付き、紗奈の名を呼び続けた。紗奈は泣いていた。

 車が発進すると窓から紗奈が顔を出した。


「太一!いっぱい、遊んでくれてありがとう!」

「紗奈、好きだ!」

「私も!」


 涙の混ざった絶叫が響くと、喜ぶ間も与えずに車は角を曲がって消え去った。一瞬の出来事だった。

 太一は紗奈の居なくなった家の前で、しばらくの間呆然と立ち尽くしていた。


 お好み焼きを前に、純と良和、そして涼は声を揃えた。


「茜ちゃん!誕生日おめでとー!」


 純の呼びかけで集まった彼らは茜の誕生日をお好み焼きで祝った。顔を赤らめた涼が執拗に店員に絡んでいる。


「だからぁ!巨峰じゃなくて巨乳サワーだって言ってるじゃない!ぷるんっぷるんの!ぷるんぷるんの頼むよ!」

「現代社会に生きる大人達は皆、疲れてるん!これが証拠!」


 良和がそう言うと涼は両手を拡げた。


「だーからぁ!おっぱいで癒されたいんじゃない!」


 純は若干の不安を覚えつつも何とかお好み焼きをひっくり返す。無事に返した事に茜も安堵の溜息を漏らす。


「純君、今日はありがとね」

「いや、これからまた別の形でお祝いしようと思っててさ」

「へぇ、本当?」

「あぁ、バーベキューやろうと思ってるんさ。その時は皆集めてまたお祝いするよ」

「純君が企画してんの?」

「うん。まぁ……何とかかんとかだけどさ。道具はがっちゃんから借りれるし」

「がっちゃんか……元気してんの?」

「あぁ、相変わらず元気よ」


 茜はモスコミュールを一息で飲むと純に伝えた。


「今度会ったら「バーカ」って伝えておいて」

「ははは。そのまま伝えておくよ」


 良和と涼を置き去りに、二人はお好み焼きを突き合う。こんな時間がこれからは増えるのだろう。

 純はそう思ったが、自身の喜びよりも先に茜が喜ぶ事を真っ先に考える事に徹した。

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