リーダー
今後一切集まりに行けない代わりに純がまとめ役を買って出た。何気ない会話の中で、岳は純の茜への想いを知る。
ファミレスの喫煙席で岳は純と佑太に小さく頭を下げた。その顔は精気を失っていて、やつれて見えた。
「そういう訳で…俺はもう集まりには行かないし、あっても呼ばないで欲しい」
友利と茜の間に起こった事を岳が説明し、意思を伝えた。佑太が腕組しながら岳を睨む。
「女の言う事聞いて行かねぇとか…ありえねぇぜ?黙ってりゃわかんねーだろ」
「そういう問題じゃない。俺は友利を裏切れないよ」
「は?何で?友達だって大事だろ?」
「じゃあ…おまえら俺の本音聞いたり、悩んでる時とか…助けてくれた事あんのかよ?」
「言わない方が悪いんじゃねーの?なぁ、純」
「がっちゃんが今喋ってんじゃん。聞こうよ」
「何も聞く事なんかねーよ。がっちゃんがこんな女々しい奴だなんて思わなかったぜ」
「別に何て言ってくれたっていいよ」
佑太は岳が居なくなれば楽しげな日常のひとつが終わってしまう事が分かっていた。ゲーム機があっても、コントローラーが無ければ誰も遊ばない。そう考え、苛立ちを隠さずに伝える。
「だってさぁ…がっちゃん居なかったら誰がまとめんだよ!?なぁ」
「俺が居なくたって何とかなるだろ…子供じゃないんだし。佑太が頑張れよ」
「俺にそんな力はねぇ!分かってるから言ってんじゃん」
「元々…目的があるような集まりでもないじゃん。きっと、何気なく皆また集まるよ」
「目的がねぇから、ただ楽しみたいだけだからこそ脆いんだよ。がっちゃんがリーダーだろ!?」
「別にリーダーじゃないし、俺の負担になってる事を分かってくれよ。あんまり言いたくないけど、たまに疲れるんだよ。マジで」
「負担」という吐露に佑太と純は一瞬、落ち込む。楽しげな夜を何度も過ごしたはずなのに、実は面倒臭いと思われていたのだろうか?佑太は肩を落としながら言う。
「そんな言い方しなくていいじゃん…マジかよ…あぁ、もう。友利ちゃんに海より深い心がありゃあなぁ…」
「まぁ…男共の集まりは自由だって言うから、その時は呼んでくれよ」
「そりゃ…そうすっけどさぁ。あー…もう集まれないんかなぁ…がっちゃん居なかったら女達、警戒しそうだし…」
純がメロンソーダの入ったグラスを眺めながら言う。柄にもない事を言って笑われる覚悟は出来ていた。
「あのさ、がっちゃん」
「ん?」
「俺じゃ、ダメかい?」
「何が?」
「その…まとめ役ってかさ。そういうの」
純の申し出に思わず岳は頬を緩めた。自発的に前に出ようとした事は予想外だったが、純の成長を感じて自然と嬉しさが込み上げて来る。
「おー、いいじゃん。頼んだよ」
「まぁ、集まろうって言いだしっぺは俺だし、責任っていうかさ…うん」
「責任感じるような事じゃないし無理しなくても大丈夫だけど、楽しんでくれよ」
「あぁ、そうね」
純の言葉に佑太は「大丈夫なん?えー」っとひたすら呟いていた。岳が居なくなる事で純は使命感のようなものを覚え始めた。初めて自分が先頭に立ち、誰かを引っ張って行く事を試してみたいとさえ思えていた。少しでも茜と過ごす時間を増やしたいとも思う部分はあったが、それ以上に無条件で安らげる彼らと共に過ごせる日常を純は失くしたくなかった。
彼らと過ごす時間を捨てた岳は、友利と過ごす時間の中で彼女の意図や心情をより考えるようになった。知らぬ間に傷付けていた事を悔やみ、償い続けた。
「友利、本当ごめんな。勝手ばっかでさ」
「ううん。私も口挟みたく無かったんだけどさ…」
「いや、俺が考え無し過ぎた。今まで友利と会えたはずの時間とか、無駄にしてたかもしれない」
「もう、いいよ。今は違うけど、いつか岳は集まりに行くかもしれないよね」
「それはないよ」
「ううん。それは仕方ないのかもしれないよ。でも、その時はちゃんと隠しててね」
「隠すの下手だからもう、行かない」
「ありがと…って言えばいいのかな…」
「傍に居られたら何だっていいよ」
岳がそう言うと友利は笑った。いつもの、控えめな笑い方だった。
時間を持て余した岳は喫茶店を営む客の誘いに乗り、純と佑太と連れ立ってその店を訪れた。そこに置かれていたデジタルダーツにハマリ、三人は時折店を訪れていた。
同級生女子の川本の母が勤める小さな喫茶店「マリー」のソファに、岳が深く腰掛ける。
「あー、男だけってのも楽だな。ママさん、ビール」
「はいー。あ、そうそう。今日この後マコ来るよ」
「あ、そうなん?まだ川本にダーツ勝てないんだよなぁ」
「歌もダーツも、それって言ったらそればっかやるコだからねぇ。当分、勝てないんじゃない?」
「うーん…でもいつか勝ちたいんだよなぁ」
純が左投げをしていると渋い顔のマスターに型を直せと指導されていた。若い頃はきっとモテたのだろう。
「ほら、肘が落ちちゃってんだよ。しっかり!固定させる」
「こうっすか?こう?」
「違うよ!ほら、曲がってるよ」
「基本がダメなんだよなぁ…難しいな…」
「サウスポーなんだよな…?ちょっと右で構えてみろよ」
「こうっすか?」
「何でそっちの方が型にハマッてんだよ!不思議だよなぁ」
「さぁ…俺も分かんないっす」
扉を開けると鈴が鳴り、店に来た川本が佑太を指差した。川本の親友である安西は佑太の中学時代の「元」彼女だった。
「あぁ、佑太来てたんだ」
「来てたら悪いかよ?客だぜ?」
「まぁ悪くはないよ。良くもないけど」
「んだよ、それ!なぁ、ダーツやろうぜ!ダーツ!」
「まぁいいけど?勝ち負けは気にしないよね?分かってるもんね」
「どういう意味だよ!ちきしょー、始めるぞ!」
岳が週末にアパートに顔を出さなくなると、自然と彼らが大人数で集まる機会は減った。誰も声を上げないという事もあったが、やはり岳の不在が影響を及ぼしていた。
純は岳から多くの事を聞きたがり、以前よりも岳の家を訪ねる回数が増えた。
「目を光らせなきゃいけないのは会計の時かなぁ。「会計時消えるガンダム」がいるからな」
「ブリッツだっけ?会計おかしい時ってどうしてた?」
「多少皆より多く出したりしてたよ」
「うわー、それは酷いわ。あとさ、集まる時とかって誰に最初に連絡取ってるかな?」
「それは森下だね。予定の調整とかも含めて、女子に声掛けてくれるのは森下だから。公私共に仲良くやってよ」
「ははっ。まぁ、そうだね。頑張るわ」
朝方近い空の色を眺めながら、岳が何気なく純に訊ねた。
「なぁ、純君は森下のどんな所が好きなん?」
純は照れ笑いを浮かべるでもなく、真顔のまま宙を眺めながら答えた。
「大げさに言うと「希望」かな」
「おお、そりゃスケールでかいな」
「ははっ!いやいや、今のなし!」
「なしって…もう聞いちまったよ」
「いやさ、そのまま皆には言わんでくれる?」
「あぁ…いや、皆の前にもう出る事ないし…」
「あ、そうだったか。はは、そうだったんだ。いやー…やっぱでかいよ」
「俺がいないのが?」
「うん。集まろうとかさ、何の話も出ないもん」
「そこは純君が頑張るんだよ」
「まぁ、そのつもりさ。今は勉強中」
「で、どこが好きなんだよ」
横を向いた純は躊躇っているようにも見えたが、煙草に火を点けると岳に向き直った。
「正直に言うけどさ、最近じゃないんさ」
「好きになったのがでしょ?」
「知ってたんかい…まいったな」
「いや、気遣わなくていいって俺が言って、純君があーあー発狂した時に分かったよ。その少し前から気付いてたけどさ…」
「そっか…」
「あぁ」
そう言って二人は急に黙り込むと、妙なおかしさが生まれて笑い合った。忍び笑いは声を漏らし、最後は互いを指差しながら笑い合う。
「俺ら何やってたんかね?」
「本当さ、時間の無駄してたんかさ?」
「分かってたんだよ。言えばよかったな」
「知ってたんかい。がっちゃんは本当、何も言わないなぁ」
「何となく分かるかなぁと思ってたんだけど」
「分かる訳ないっしょ!言ってくれよ!」
「ははは!いやー、面白ぇけど」
「何なんさ本当!あー、笑ったぁ」
互いに気を遣っていた事に、そしてそれが既に過去になりつつある事に、二人は笑い合った。
「俺が森下を好きなのはさ、優しくしてもらったってのもあるんだけど…何かしてやりたいって思えるからかな」
「力になりたいなぁとか?」
「あぁ。なんていうか、笑ってて欲しいし、森下の笑ってる姿見ていたいんさ。その為に何か出来ないかなぁって…臭いかな?」
照れ臭そうに短く笑う。岳は笑いながらかぶりを振った。
「いや?いいじゃん。森下の笑顔は確かに魅力的だよ」
「あぁ。笑う度に気付かされるんさ。俺、この人好きなんだなーって」
「へぇ。素直に話すじゃん」
「だって、もうがっちゃんに対して何も隠す物がないじゃない。友利ちゃんの事好きなんだなぁって改めて感心したよ」
「めちゃくちゃ好きだからね。皆を捨ててでも俺は友利を選んで正解だと思ってるよ」
「それって強さだよなぁ。俺さ、森下に対してもいつかそうなりたいなぁって思うんさ」
「簡単じゃねーぞ。長いよ、信用つけんのは」
「もう、向き合えなくて逃げまくってる自分が恥ずかしくてさ…中学の時からだし。しっかり向き合って、ちゃんと森下に自分の想いとか伝えたいと思うんだよね」
「付き合いたいって事?」
「まぁ、うん。そうなるかな」
「結婚式は呼ばないでくれよ。友利に怒られるから」
「ははは!偽装して来ればいいんじゃない?」
「そん時は五寸釘 魔太郎って名前で参加するわ」
「ははは!名前が縁起悪すぎっしょ!」
新しい朝がすぐそこまで迫って来ている。純はMTRの操作パネルを弄りながらふいに外を眺めた。
「俺は純君を応援するよ。面と向かってはもう皆に何も出来ないけどさ」
「あぁ…俺も頑張るしかないからさ。けどさ、これから先も頼りにさせてよ」
「うん。でもさ、森下と関わる時間増えて良かったじゃん。俺も友利との時間増えるし、これで良かったんだよ」
「そうかい?本当にそう思えてるならいいんだけどさ…」
「はは、良いんだよ。友利はめちゃくちゃ良い女だからさ」
「そっかぁ…俺も自信持ってそう言える日が来るんかさ?」
「来るように頑張れよ。応援してっから」
「あぁ、そうしなくっちゃね。サンクス」
純はそう言うとギターを鳴らした。Eのコードは優しく、静かに鳴り響いた。




