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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
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真夜中の電話

友利は押さえ込んでいた感情をついに爆発させると茜への嫉妬を剥き出しにした。


 無自覚の言葉は日々積み重なり、自覚の瞬間になって初めて傷を見る。

 岳は友利と過ごす日々の中で、末野に集まる彼らの話を時折友利に聞かせていた。


「でさぁ、千代さんがやたら絡む佑太にキレた訳だよ」

「佑太君スケベそうだもんねぇ。話し聞く度に千代ってコに同情するわ。でもさ、何か楽しそうでいいな」

「うん、楽しいよ。友利も来たらいいのに」

「ううん。絶対行かない」

「何で?」

「何でも。絶対嫌だ」


 名前だけしか知らない、思い描く事しか出来ない人物達の話を友利は日頃から笑って受け入れていた。

 友人の少ない友利に対し、無遠慮だと思いながらも楽しいと思うことがあればつい、友利に話してしまう。

 横浜から男衾に帰ったその日、ついに友利は本音を岳に言って聞かせた。知らない間に友利を傷つけていたのかもしれない。そう思うと悔しさが滲んだが、彼らと過ごす時間を岳はすぐに手放す事は出来なかった。


「友達いっぱい居ていいな」


 話を聞く度、友利はそう呟いていた。


 末野に集まった翌日の深夜。岳は友利と電話で何気ない話をしていた。

 仕事の愚痴を零した後、友利が岳に訊ねた。


「そういや岳はキャバクラ行った事ないんだよね?」

「無い。金の無駄だよ」

「一回くらい行って来なよ。キャバだったら許すよ」

「ムカついたりしないの?」

「だって向こうは仕事だよ?そんなの真に受けるような馬鹿だったらそもそも付き合わないから」

「そうだろうけど気は進まないかなぁ」

「なら、うちに来る?岳の事なら皆知ってるからさ」

「あぁ、そっか。確か客にも言ってるんだっけ?」

「うん。彼氏居るって言ってるし指輪も付けたまんまだよ」

「それは誠実っていうか……ありがとう」

「違うよ。それで逆に熱上げる客もいるんだよ」

「そういう事ね。なるほどね……けどさぁ、店で友利に変な事しない自信がないよ」

「あはは!自分の彼氏が罰金取られるの目の前で見たくないしなぁ……無理か」

「女と酒飲むんだったら末野で出来るしさ。ヨッシーは「もしもキャバ行くと考えたら年に数十万浮いてる」とか言ってるし」

「その考え最低だわ。友達でしょ?」

「まぁ、普通に友達だね。森下と純君は良い仲っていうか……付き合いそうな感じだけどね」

「ふーん……そう」


 素っ気無い友利の答え方に、機嫌を損ねたのかと岳は頭を悩ませる。しかし、思い当たる節は何も無かった。体調不良の他、友利は岳に対して滅多に機嫌を損ねる事がなかったのだ。


「友利、どうしたん?」

「え?何が?」

「いや……何か機嫌悪くない?」

「別に」


 突き放すような否定の後、長い沈黙が訪れた。話し出す切欠を掴めず、時間ばかりが過ぎて行く。

 すると、長い溜息がスピーカーから漏れ、友利の固い声が聞こえてきた。


「あのさ。前から聞いてて思ってたけど森下ってコ……あんた昔好きだったんじゃないの?」

「え?何で?俺と森下は別に何もないよ。純君とはあれだけど……」

「違う。今の話じゃなくて、昔好きだったんじゃないの?って聞いてるんだけど」

「それは……まぁ、うん。中学校の頃だよ。本当短い間だけど」

「他のコの話聞いてても私は何も思わないけど、森下の話は違う。やたら庇ってるように聞こえる」

「いや?そんな事ないだろ。別に特別扱いもしてないし」

「いや。違うね。無意識にも思ってる部分があるんだよ」

「そんな事ないよ。何だよ……嫉妬してんの?」

「してる。悪いの?あんたがするように私だって妬く事くらいあるよ。その中でも森下は別格だよ」

「そんなに……何も無いって」

「あるかないか聞いてない。番号、教えて」

「いや……」

「教えないならマジで別れるよ?」

「分かったよ……夜中だから寝てるだろうけど」


 友利の見せた剥き出しの怒りに岳は何一つ抗えず、茜の番号を口頭で伝える。すると、すぐに電話は切られた。

 頭を抱えながら、岳は煙草に火を点ける。どうしてこうなってしまったのだろう?その答えは自分の中にあった。

 自分の中の弱さや浅はかさの尻拭いを、岳は身勝手に何も知らない茜に託した。


 茜は真夜中、何度も携帯電話が鳴る音で目を覚ました。暗闇に青白く光る画面に浮ぶ、見知らぬ番号。

 重たい瞼を擦りながら、茜は通話ボタンを押した。


「はい……もしもし……」

「岳の彼女の友利だけど」

「あぁ……どうしたんですか?」

「話あるんだけど」


 友利の棘のある言い方に茜は身構えた。きっと良い話ではないだろう。そう感じると心より先に真っ先に身体が反応した。指が微かに、震えた。


 それから三十分後。溜息の合間を拭った着信音が岳の部屋に鳴り響いた。


「もしもし……?」

「森下ともう会わないで。番号も何もかも、全部消して」

「……分かった」

「もし会ってるのが分かったら別れる。良和君とか純君に聞くからね」

「それは約束するよ。友利を悲しませたくないし」

「悲しませる?何、余裕ぶってんの?ねぇ?」

「いや……余裕なんかないよ。本当に」

「男と集まるのは別に良いけど、私には話さないで。何も想像したくないから」

「うん。分かった……」

「とにかく、以上。気分悪いから寝るわ。じゃあね」

「愛して……あー……んだよもう」


 愛してる、と伝えようとした言葉はツーツーという音に瞬時に殺された。

 しばらく寝付けず、岳は暗闇の中で思いを何度も巡らせた。純、良和、佑太、翔の顔を浮び、次に千代と関口の顔が浮び、茜が笑って消えて行った。例え末野の集まりに行けなくなったとしても、友利との繋がりを失う事の方が怖かった。


 友利はこれ程長い間、想いを閉じ込めていた事は今の今まで無かった。女の影さえ感じさせず、他の女への興味も無さそうな岳に対し安心し切っていた自分への怒りが思いを加速させた。

 森下、という名を聞く度に言葉が柔らかに聞こえた。友利と出会う前の岳が、そこに居た。

 触れられない、決して届かない場所へ友利は怒りをぶつけた。茜は最初のうちこそ動揺していたものの、冷静だった。


「もう、岳に会わないで」

「何でですか?がっちゃんとは頼んだり頼まれたりして会ったりする関係じゃないですよ」

「だから嫌なんだよ。本当、あんたがいるって考えるだけでイライラする……」


 岳とはもう、会わない。岳が居ない日常。それはアパートで集まる機会を失くす可能性を感じさせた。

 皆がアパートで自由でいられるのも、岳というブレーキがあるからだった。居るだけで自然と皆が安心出来る、そんな保護者のような役割を岳が持っていた。岳が居なくなる事で、楽しかった日常が終わるかもしれない。

 しかし、友利を止める術も、理由も無かった。

 とんだ巻き添えだな。そう思うと茜の中で怒りを通り越して諦めのような気持ちが浮かび上がった。

 友利と諍いになりそうな空気の中、一番悪いのは岳なのだと気付かされる。きっと、友利も分かっているのだろう。

 茜は友利に対して哀れみのような感情を持ち始める。岳はどうしてこうなるまで、この人の事を見過ごしてしまったのだろう、と。

 胸に抱いた諦めの感情を口元にまで押し上げ、茜は友利に伝えた。


「分かりました。それで二人が上手く行くんだったら……そうします」


 友利はその言葉に息を呑む。そして、電話を切った。その潔さに理解出来ない深い繋がりを感じたのだ。

 例え争う土俵が筋違いだとしても、その現実が友利には許せなかった。


 茜は沈んで行く心を落ち着かせるように岳に短いメールを送った。もらい事故のような突然の出来事に、少しの怒りをぶつけたかった。


「本当、馬鹿」


 そう送って携帯電話を放り投げると朝までの短い時間、眠ろうとした。

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