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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
中学時代
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色男

杉下の予想外に絶句する茜。

そして、迷いの中に立たされたのは純と岳だった。

 蒸した熱気が杉下の額に汗を浮かび上がらせ、滴る汗が目に入ったが拭うことなく茜を見据えた。例え茜の口からどんな答えが出たとしても、杉下は純から手を引くような真似だけはしないつもりだった。


 ところが、杉下の覚悟を決めた問い掛けに茜は絶句していた。一体、どこをどう切り取れば杉下の目に自分が純に対して「好意を寄せている」ように見えたのだろうかと、疑問が湧いた。しかし、それはすぐに笑いへと変換され、杉下の目の前で堪え切れなくなった茜は盛大に笑い声を上げ、腹を抱えてみせた。

 茜の唐突の笑いに、杉下は笑い出した意味が分からずに戸惑いの表情を浮かべる。


「ヤエ!何で私が純君の事好きな訳!?それはない!あり得ない!あぁ、おっかしい!」

「そうなの…?ねぇ、本当はじゅんじゅんの事、好きなんじゃないの?」


 杉下は茜が純に本当に好意を寄せていない雰囲気を感じ取ると、思わず茜のジャージの袖を掴んだ。


「え?じゅんじゅんて、何?」

「私がつけた…純君の…アダ名」

「はははっ!おっかしい!何それ!お好み焼き屋みたい!あー、やだ!おっかしい!」

「そこまで言わなくてもいいじゃん…」

「え、ヤエって…純君の事、好きなの?」


 茜から視線を外し、茶色掛かった髪の毛を触りながら杉下は答えた。


「うん…好きだよ」

「えー。あの優柔不断のヘタレの何処が良いんだか…」

「それが良いんだよ!守りたくなるっていうか…。茜はタイプ違うもんね」

「ぜんっぜん!純君マッチョじゃないし。なんか暗いし。好きっていうのはあり得ないから安心して。大丈夫」


 笑い声混じりにそう話す茜の顔に嘘はなかった。それを読み取ると、杉下は思わず安堵の溜め息をついた。その途端、夏の空気の暑さに杉下は気付き、一瞬顔をしかめた。


「茜はいつもじゅんじゅんと一緒にいるってイメージがあったからさぁ。聞いて良かった」

「それ間違ったイメージだよ。私は世話焼いて「あげてる」だけ。目離すとすぐ部活サボるし」

「確かにそうだけど、たまに真面目に部活やってる姿がまたかっこいいんだよ!」

「えー?だってヘタレだよ?それに、たまにじゃ困るんだけどさ…」

「これから真面目にやって強くなるんだって!それよりさ、じゅんじゅんてさ…好きな人いるのかな…?」

「あー、純君の好きな人?」


 茜の頭に一瞬、木下 奈々の顔が浮かんだ。茜は杉下の不安げな表情を見つめながら、今後純が奈々と付き合う可能性を計算したが、答えは無論「0」だった。

 茜はそれまで意識して考えた事もなかったが、純が特に接点もない奈々を好きだというのは、もてない男がアイドルのファンになるようなものなのだろうという結論に至った。


「純君の好きな人…好きって言うのかな…?」

「え?いるの…?誰?」


 茜は諸々の計算をした結果、望みの欠片もない純の片思いの相手の名を杉下へ告げた。


「奈々だよ」

「えっ!木下さん!?」

「ははは。ねー?奴、中々のミーハーでしょ?」

「全然分からなかった…」

「本気で好きな訳じゃないんじゃん?普段あんまり話題出さないし。それにヘタレの純君が奈々と釣り合う訳ないでしょ。ヤエが純君の目、覚まさせてやんなよ!」

「そっか。そうだよね!…え、それって私、奈々ちゃんより下って事じゃん!」

「違うよー!純君がアホなだけだって!」


 茜は笑いながらそう答えつつも、杉下と純の恋の成り行きよりも、純と部活の成り行きの成就を強く願っていた。

 あまり部活動に顔を出さないでいると、初心者の純は剣道部の中で居場所がなくなってしまうのではないかと心配していたのだ。男子部員の中でも特に長瀬は厳しかった。

 杉下は茜に「また相談に乗ってね」と告げると、自信をつけた様子で自分のクラスへと帰っていった。

 悪い方向に話が進まなくて良かった、と茜が安堵しながら教室へ入るとすぐに純が声を掛けて来た。


「あ、森下さ」

「何?色男」

「色男?誰が?」

「君を待ってる人がいるんだよ。あーあ、それなのに…」

「え?良く分からんけど…。あのさ、今日、部活出るっしょ?」

「はぁ!?何言ってんの!?それこっちの台詞なんだけど!」


 部活をサボりがちな純の強気な質問に茜は憤怒した。矢所が横で「本当、それ」と茜に便乗している。

 純は平謝りしながら苦笑いを浮かべている。


「いや、出るならいいんさ。聞いただけ」

「何それ。で、純君は当然出るんでしょ?」

「俺?…まぁね」

「何が「まぁね」よ。ばっかじゃないの。ちゃんと出なさい!全く」

「ははは」


 純の視線は茜から外れ、机に突っ伏したまま眠る岳に向けられた。良和と佑太が悪ふざけをし、眠っている岳の頭の上に教科書を乗せている。

 頭を動かした途端にバランスを崩した教科書がバラバラと音を立てて崩れ、岳が起きた。良和が笑いながら「何でそんなに疲れてるん?」と聞いたが、岳はその問い掛けを無視しし、二人が頭の上に教科書を乗せた事を責め出した。


「佑太、良和。この際、言っておく。二度目でキレる仏もいる」

「それ仏じゃねーじゃん!」


 佑太の意見を「うるせぇ。もうすんな」と一蹴し、岳は午後の授業の準備をのんびりとした様子でし始めた。

 その日最後の授業前の休み時間、純は岳へと駆け寄った。純が誰かに話しかける時、いつも照れているのを誤魔化すかのような半笑いの表情が多かったのだが、この時の純は真顔だった。


「がっちゃん。今日でいいかい?」

「え?いいって…」

「いや、あれなんだけどさ。いいかい?」

「おぉ、あぁ…」


 岳はその意味をすぐに理解したが「いよいよか」という心構えにはなれず、返事に躓いた。そして思わず俯き、顔を手で覆い、小さな呻き声をたてながら岳は首を縦に振った。純はそれを確認すると声は出さず無言で頷いた。

 放課後、文化活動部の部室で待っていてくれと純は岳に告げた。

 岳は最後の授業が全く頭に入って来ないまま、時折茜を見つめては今から数時間以内に純が代理告白する事を想像していた。自然と鼓動が早くなったが、その度に茜がどこか遠い場所に住む知らない他人になっていくような感覚に陥って行った。

 これから起こる事は本当に自分の事なのだろうか。一体、誰の事なのだろうか。

 岳は何の心の準備も出来ていなかった。


 純はノートを取りながらも岳の代わりに告白するイメージトレーニングを重ねていた。


「がっちゃんがさ、森下の事好きなんだって」


 ただ、その言葉を伝える事を想像すると途端に指が震え出した。

 その時の茜の表情や返事を聞かされてしまうのは、茜への想いを封じ込めようと足掻き続けている純そのものなのだ。


 純は歯の隙間から静かに、小さな深呼吸をした。

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