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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
168/183

茜と純は見晴らしの良い中間平へとやって来た。二人の他に誰の姿もなく、静かな春はそっと二人を包んでいった。

坂道の左手に見える木製の展望台デッキの前に車を停め、二人は外へ出た。茜が小走りでデッキへと向かい、純がその後を追い掛ける。展望台へ立つと目の前に寄居市街地を中心とした関東平野のパノラマが広がった。黄色を帯びた春の陽光が街を照らしている。

純は目を凝らすとすぐ、寄居駅前にある7階建の町役場を指差した。


「ほら、あんなデカイ建物やっぱ周りにないって。無駄だよなぁ」

「田舎物は皆見栄っ張りなんだよ。純君、男衾の方見てみなよ」

「うわぁ、家ばっか。住宅街っていうか…虫が集まってるみたい」

「ちょっと、その例えやめてよ!気持ち悪い」

「ははは。でもさ、ここから見たら俺らあんなに小さな街で中学時代過ごしてたんだな」

「ね。今になっては…って感じだけど。車があるから何処にだって行けるしさ。でも、不思議とまた来たくなっちゃう。なんでだろ?」

「皆がいるからかな。俺さ…高校の頃「もう森下に会えないんじゃないか」って思ってたんさ」

「えー?何で?がっちゃんとかいるし、同窓会だってあるじゃん」

「いや…まぁ森下が引っ越したってのもあるけど…何て言ったらいいんだろ…。無意識に「会っちゃいけない」って思ってたのかな」

「何でそんなに自信ないのよ?けど、今はさ…一緒にいるじゃん」

「そうなんだよな。だから、同じ自分なのに不思議だなぁって思って」

「何それ?変なの」


デッキの柵を掴みながら、茜が小さく笑う。大きく笑える程、純の気持ちを否定出来なかった。


「ははは。そうだよね…。」

「そうだよ。あー、おかしい人ばっかで私は参っちゃうよ。まぁ、楽しいんだけどね」

「あぁ。俺もさ、今が楽しいよ」

「はは。だったら良い事じゃん」


視線の遥か先、小さな電車が走っているのが見えた。青と白のツートンカラーでそれが東上線だとすぐに分かり、指を差そうとした途端に身体ごと純に強く引き寄せられるのを感じた。


「だから、また会えた事が嬉しかった」


言葉と身体が同時に動いた。太陽に作られた二人のシルエットの口元は、ちょうど太陽の前で重なった。春の光が狭まる。落ちていく時間を止める様に、願うように、光は閉じた。

シルエットの隙間から光が漏れ、すぐに解き放たれる。ひととき止められた春が、再生される。

短く、強く吹いた風に茜は髪を押さえた。春に染められたような茶色の髪が風になびいた。


「…恥ずかしくてさ、中々言えなかった。」

「うん…」


胸が高鳴るのを感じ、鼓動は二人の息をいとも簡単に揃えてみせた。夏の日から引かれていた白線の外に、二人は足を少しだけ踏み出した。そのつま先が震えているのは承知の上だった。


「純君…あのさぁ…」

「うん…」

「ちょっと、歩かない?」

「あぁ…いいね」


二人はデッキで手を取り合い、歩き出した。小さな坂道を純が茜の足元に目を向けながら下って行く。

握り合う手は繋いでいる、というよりも掴んでいるという方が似つかわしかった。

名前の知らない花々が咲き、穏やかで静かな空気が二人を出迎えた。

知っている事だらけのはずなのに、妙な照れ臭さを隠し切れずに二人は笑う。


「何かさぁ、これってデートみたいじゃん。あー、何だか…恥ずかしいわ」

「いやいや、口に出して言われると俺だって恥ずかしいんさ」

「えー?普通急にあんな事出来る?恥ずかしかったら出来なくない?」

「あー、あんまり突っ込まないでくれる?恥ずかしくて死にそう」

「ちょっと!それ酷くない?私、された方よ?」

「まぁ…急にっていうか。でも俺はもう謝らんよ」

「いや、状況によるでしょ?」


それでも二人は手を離さなかった。

「あんな花咲いてるね」「ここに来れて良かった」「天気良くて気持ち良いな」「楽しいね」

そんな当たり前の言葉も伝えられないまま、二人はあまりに穏やかな午後に笑い合った。

握られた手の存在をようやく認め合った頃、太陽が隠れて夕方を街に運び始めた。


坂道を降りる途中、純の運転するミラは幾度となくエンストした。


「これクラシックカーじゃないでしょ?」

「あぁ、ただの中古車」

「純君、どんだけ運転下手なのよ」

「いやぁ、道が悪いんじゃないかな?だって狭いし、急だし…」

「またそうやってすぐ言い訳する!もうオートマにしなよ」

「何かそれ違うんだよなぁ。何ていうの?車ってさ、操ってる感じがいいんじゃん」

「操れてないじゃん!」


開け放たれた窓。重なった笑い声は足跡を残すように狭い道に次々に落とされた。


審判台に座る佑太の声がコートに響き渡る。一番端の老夫婦がその声に驚き、振り返る。


「サーティー!ラブ!」


テニスコートにまるで似合わない風貌の金髪パーマの彰がラケットで肩を叩きながら言う。


「おいおい、良和君。やる気ねぇんじゃねーの?頼むで」

「くそーっ!彰!今いくら!?」

「良和君の2000円負け。シコってばっかいっから身体訛るんだで。おらぁ!いくぞぉ!」


パーン、という耳障りの良い痛快な音と共がすると、球は良和の目の前に落ち、その足元を通り抜けていった。


「フォーティーラブ!あちゃー!後がねぇ!」


テニス経験こそ無いものの、サッカー部でエース級として活躍していた彰はすぐにどのコツを掴んだようだった。

良和は賭けテニスに負け、その日は思わぬ散財をしてしまった。

紀子に「次いつ会う?」とメールをしていたが数日に渡って返信は無いままだった。その事が時折頭に浮ぶと、簡単なミスを生んだ。そんな自分を悔やみながら、良和が眠りに就いた。

ボールを打つ感覚に慣れ始めると、末野アパートに集まる面々は次第にテニスに興味を持ち始めた。それぞれが自分に合うラケットを購入し、休みの日や日中に玉を打ち合った。

運動嫌いな岳でさえ、ムキになりながら球を追い掛けている。


友利にテニスで遊んでいる事を伝えると、友利はゲームセンターの端に置かれたテニスコーナーに岳を手招いた。


「岳、フォアでもバックでもいいから打ってみな」

「あぁ、分かった」


岳は息を整え、ラケットの柄を手元で回した。しばらくして、ネットの反対側に置かれた機械から球が吐き出される。

フォアハンドで球を打ち返すと、球は低い曲線を描いて無事にライン内に落ちて行った。友利が岳の動きを確認しながら、首を傾げる。


「どうだろ?幾らかは打ててる?」

「下手!すっごい、下手!あんた手の力だけで打ってんじゃん」

「えぇ!?マジかよ」

「だから文化部なんだよ。ほら、貸してみな」


元テニス部で地区では常に上位になっていたという友利が肩を回しながらラケットを受け取る。長い付き合いの中でも、友利がラケットを持った姿を見るのは初めての経験だった。

若干姿勢を落とし、両手でラケットを構える。吐き出された球が友利の手元に来る前に、友利は動き出す。

白く長い左指が先に出る。次にその身体が全体的にしなやかな鞭のように動くと、短く小気味良い音を立てて球を捉た。

素早く美しい曲線を描いた球がライン内ギリギリの場所に落ちる。当たり前だが、末野アパートの誰よりも華麗で基本に忠実なフォームだった。


「嘘だろ…すげー…」


友利はコートを出ると手元で回していたラケットを岳に手渡した。


「ふふ。練習しな」


そう言って友利は岳の肩を叩いたが、呆気に取られたままの岳は友利の知らなかった部分に魅了されると共に圧倒されていた。


テニス場の周りには野良猫が集まるスポットがあり、良和は岳と純を誘って餌を持って朝方にその場所を訪れた。缶の餌を開けると人馴れした猫達があちらこちらの茂みの中から現れた。猫が好きでたまらない、と日頃から言っていた岳は満面の笑みで猫の頭や腹を撫でている。純も「癒されるわぁ」と言いながら猫の頭を撫でている。


「ね?来て良かったでしょ?こーんなに猫いるんよ。可愛いんねぇ」


良和の言葉に二人が頷いて居ると茂みの中からある猫が遅れて現れた。

その姿に三人は目を丸くし、そして盛大に笑った。岳が声を上げて笑う。


「いや!おまえは絶対に違う!偽モンがいる!人ん家の子がいる!」


餌を求め姿を現したのは一匹のペルシャ猫だった。どこからどう見てもその毛並みは丁寧に手入れされており、とても野良猫には見えなかった。

痩せ細った猫達に混じって餌に有りつく優雅なその姿に、三人は「シュール」だと声を揃えた。

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