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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
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小さな恋のメロディ

純の家へ向かった茜は太一と紗奈に出会う。もうすぐ親の離婚の為に引っ越すという紗奈に茜は自身を重ね、言葉を掛ける。

優しげな光は春を伝え続け、純と茜はほんの少しのドライブへと出掛ける。

 ゴールデンウィークを控えた平日。

 シフトが不定期になりつつあった茜は昼過ぎに仕事を終えた。

 翌日は休みだったがこれから誰かと会うにも皆が仕事をしている時間だった。

 たった一人、すぐに思い浮かんだ人物に電話を掛けた。

 いつものように電話に出て、きっといつものような声を聞かせてくれるのだろう。

 無意識に感じる微かな喜びを拾いながら、呼び出し音に耳を傾けた。

 コールの回数を重ねてすぐ、電話は繋がった。


「もしもし?元気かい?」

「元気かいって、それこっちの台詞だし!身体大丈夫なの?それにこの前アパートで会ったばっかじゃん」

「ははは。まぁね。一週間顔合わせないと久しぶりだなぁって気になるよ。身体は調子良いんさ。昨日佑太とヨッシーとトレセン行って身体動かして来てさ。バレーやったよ」

「男三人でバレー?バスケじゃなくて?」

「あぁ。バレー。ネット片すの遅くて怒られたけど」

「何で相変わらずマイナーな方に行くかなぁ……ねぇ、純君」

「ん?何かあった?」

「ううん。ドライブしない?」

「あぁ、なるほどね。今日はどちらまでの送迎かな?」

「違うよ。普通にドライブに連れてって欲しいなぁって思ってさ。天気良いし」

「なんだ、そっかそっか。俺もあんまり家に居たらヨッシーん家の布団みたいにカビるからさ、喜んで」

「え?布団カビてんの?」

「あぁ。裏側が」

「最悪……紀子そんな所で寝てんのかな……」

「まぁ国によって衛生観念ってだいぶ変わるらしいからさ。仕方ないんじゃない?」

「いや、同じ日本人だよ!あ、ねぇねぇ!車入れ替えても良いかな?純君家までクーパーで行くからさ」

「あぁ、全然構わんよ」

「じゃあ着いたらすぐ連絡するよ。のんびり待ってて」


 純の家へと向かう車内で茜は純の下手な運転で、それでもドライブへ行きたいと思う自分を少し笑った。

 完全な友達でも無ければ、恋人でも無い。

 そして互いは、その間にも居ない気がした。

 しかし、誰よりも自分自身が安心していられる場所という事に間違いはなかった。


 純の家の前へ到着する寸前、純が外に出ている事に気が付いた。

 茜が軽く手を振ると純も笑いながら片手を挙げた。

 その横に見覚えのない少年と少女が立っている事に気が付いた。

 茜は窓を開けて声を掛けた。


「純君!親戚の子?こんにちは!」


 少年は「どうも」と頭を下げ、少女はぎこちなく微笑んだ。

 純が「近所の子なんさ」と微笑むと茜は「何?誘拐しようとしてんの?」と笑う。


「違う違う!色々話してるうちに仲良くなってさ」

「純君、友達いないからって小学生友達にしちゃダメでしょ!」

「あはは!友達に年関係ないっしょ。車、今出すよ」


 茜と純が車を入れ換えると、少し先に純が停車した。

 車を降りた茜は二人に声を掛けた。


「この辺の子なの?男衾?」

「あ、はい。自分は男衾です。こっちの女は……」


 すると少女は頬を膨らませて少年の肩を軽く叩いた。


「女って言い方、カッコ悪いんだよ?ダメでしょ」

「いってぇー……暴力女……」

「私はこの女の子に賛成でーす。女って簡単に言っちゃうの、ダサいなぁ」


 茜がそう言うと、少女は「ですよね」と同意してはにかんだ。すると、小さなえくぼが浮んだ。


「二人は名前なんていうの?私は茜って言うんだ」

「茜、さん?俺は、太一……で、コイツが」

「あー、コイツもダメだかんね!あの……私は、飯倉 紗奈です。あとちょっとで男衾じゃなくなるけど」

「へぇ。お父さんの転勤とかで引越すの?」

「ううん……もうすぐ、親が離婚します」


 紗奈が躊躇いながらもそう言うと、茜は微笑んだ。


「良く言ってくれたね、紗奈ちゃん。ありがとう」

「いいえ……」

「お姉ちゃんの家もね、紗奈ちゃんくらいの時に親が離婚したんだ」

「そうなんですか?」


 純が車の傍に立ち、太一を手招きしている。「持って帰りな」と言いながらビニール袋を揺らす。

 太一が離れるとすぐ、紗奈は茜の前に出た。


「その時って、どんな気持ちだったんですか?」

「うん。やっぱり悲しかったよ。お父さんはいなくなっちゃったし」

「え……私と一緒だ……」

「でも、その時は転校しなかったんだ」

「え?ずっと学校同じだったんですか?」

「うん。でも、お姉ちゃんは中学校卒業してから、皆がお姉ちゃんの事誰も知らない場所に引っ越したの」

「そうなんだ……なんか、その気持ち分かるかも……あ、じゃあお姉さんは男衾じゃないんですか?」

「ううん男衾だよ。ツバメみたいにね、また帰って来たの」

「男衾の家、に?」

「ううん、違うんだ。皆の居る場所に帰って来たの」

「皆って、友達?」

「うん。皆、待っててくれたの。紗奈ちゃんだって今は辛いかもしれないけど、きっと大丈夫だよ」

「そっか……また帰ってくればいいんだ。ありがとうございます。何か、勇気もらった」


 茜が純に目を向けると、お菓子の入った袋と共にヒップホップを収録したカセットテープを太一に必死に手渡そうとしていた。まるで宗教の勧誘のようで、茜は思わず噴出してしまう。


「紗奈ちゃん、太一君の事好きでしょ?」

「えっ……えー?そっかなぁ。どうしよー……」


 そう言って顔を赤らめた紗奈に茜は小さな愛しさを感じる。


「好きじゃなかったら男の子にダメって言わないもんね。お姉ちゃんには分かる」

「やっぱそうなんだ……。直して欲しいし、ちゃんと呼んで欲しいんだもん」

「紗奈ちゃん、もうすぐ転校でしょ?告白したの?」

「まだ……してない」

「お姉ちゃんの友達がね、口癖みたいに言うんだ。「何も言わないのが一番悪い事だよ」って」

「そっかぁ……やっぱ言った方がいいのかな……言わなかったら悔しくなるかなぁ……」

「うん。でもね、恥ずかしいんだけどね……お姉ちゃんもまだ言えてないんだ」

「え?純兄と付き合ってるんじゃないんですか?」


 茜は笑いながらかぶりを振る。


「お姉ちゃん頑張るから、紗奈ちゃんも一緒に頑張ろ?ね?」

「うん。悪い事したくないから、頑張る!」


 気丈に返事をした紗奈の小さな頭を、茜は愛しさを込めてそっと撫でた。

 カセットテープを渡そうとする純に太一は抵抗し続けている。


「俺、音楽とかわかんねーし。これ、何なの?」

「ヒップホップさ、絶対カッコイイから聴きなよ。ハマるって!」

「音楽でカッコイイとか、わかんねーし。カブレラの方がかっこいいって」

「カブ……コレラ?何それ?」

「西部の4番じゃん。知らないの?」

「あぁ、知らんね」

「茜さんにダッセーって言われるぜ?」

「ははは。茜さんは野球が好きじゃないんだなぁ。茜さんが好きなのはサーフィンとかスノボなんさ」

「えー?野球が一番カッコイイのに……」

「世間は広いんさ。早く大人になりなよ」

「何だよ、毎日家にばっかいる癖に……」

「ムカつくなぁ、チキショー」

「あ、それって"図星"って事でしょ?」


 純から手渡されたカセットテープを太一はしぶしぶ、お菓子の袋の中へとしまった。

 太一と紗奈と別れた純と茜は、寄居町を一望出来る中間平公園を目指して車を走らせた。

 沿道に咲く花に時折目を奪われながら、茜が呟く。


「あの子達、上手く行くといいねぇ」

「太一、生意気だけどさ。紗奈ちゃんに告白したいのに出来ないってのが、ちょっと可愛いんだよなぁ」

「え!?じゃあ両想いって事じゃん!」

「え?そうなんかい?何だよ!なんかムカついて来たな」

「ちょっとモヤモヤするんだけど!もう!何してんだバカ太一!」

「本当バカだなぁ!あー!早く告白してくんねーかな……心臓に悪い」

「それは問題だね。早く告白させないと純君が危ない」

「ひーひー言っちゃうよ!」

「それは変態!あ、そこの道入るんだよ!もう、しっかり見てないとダメじゃん」

「いやいや、ちゃんと入ったよ?」

「ギリギリだったよ!?マジ気を付けてよねぇ」

「ははは。すまんね」

「でもさぁ、あの子達が大人になって、今の私らみたいに集まってとか……するのかな?」

「するんじゃないかな?ヨッシーみたいに楽しい奴が居ればきっと人は集まるしさ」

「あれは特殊過ぎるでしょ。でも、楽しい事いっぱいして欲しいね」

「そうね。人生長いし、楽しまないのは損だと思うんさ」

「本当。私達はきっと爺さん婆さんになっても集まりそうだよね」

「来る度に皆の顔忘れちゃったりして」

「あはは!誰なんだおまえは!?誰だちみはー!?って皆で言い合ったりして」

「ははは。でもさ、そうなる日が来るんだろうなぁ」


 車は山の頂上を目指しながら、急坂を駆け上がっていく。空が段々近くなるような気がして、茜は少しの間目を閉じた。

「ダメでしょ」

 またそう言ってしまったのに肝心な事を何ひとつも言えないままの自分を、心の中で静かに見詰めていた。

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