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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
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横浜

何度会っても離れる苦しみには慣れなかった岳と友利。発車ベルが鳴り響く中、友利は岳の乗る電車に飛び乗った。

本音を漏らさない友利の、奥底にあった想いとは…

 友利の父親の予後は予想以上に良い方向へと傾いた。元々体力があった事もあり、すっかり痩せてしまったもののついに退院の目処がついたのだ。

 病院で友利と岳は安堵の表情を浮かべていた。

 失踪していた姉は実は韓国へ買付へ行っていて、帰って来るなり事業を始めると言い出した。そして、すぐに家を出たのだと言う。


「色々迷惑掛けたから、二人で行って来い」


 と父から手渡されたのは横浜プリンス最上階の宿泊券だった。


 二人は週末二泊三日の予定で横浜へ旅行に出掛けた。定番の赤煉瓦や中華街、みなとみらいを巡り、夜になってホテルへ向かうと想像以上の夜景が二人を迎え入れた。

 二人は呆気に取られたようにしばらくその景色を眺めていた。

 次の日もよみうりランド方面に足を運んだりしたものの、夜は横浜で過ごし宿も横浜で取った。

 三日目の夜、夕方に帰る予定だったのにも関わらず二人はまだ横浜に居た。

 時間を忘れてしまったかのように、ビールを飲みながら冷麺を食べていた。

 すると、友利が小さな溜息を吐いた。


「今日帰らなかったら仕事間に合わないからさぁ、罰金取られるんだよね」

「夜の仕事ってそんなんあんの?」

「うん。遅刻とか欠勤は罰金になるのよ。あー……でもどうしよ……行きたくない……」

「俺も帰らなきゃいけないし、帰さないといけないの分かってるんだけどさ」

「ねぇ、何であんた私の近くに住んでないの?」

「本当、それは俺も言いたいよ」

「最初から分かってたけどさぁ……分かってたけど」

「ギリギリまでいれる時間……調べるよ」

「うん……お願い」


 千葉と埼玉で方面が異なったが、友利が東上線で帰れる限界の所まで送っていくと言った為に二人は東上線の小さな駅で別れる事になった。

 夜の仕事にはもう確実に間に合わず、友利は欠勤の連絡を店に入れていた。

 電車に揺られる間、二人は離れる事への抵抗を諦める事が出来ずに自然と押し黙ってしまった。手は繋いでいるものの、もうすぐ傍に相手を感じる事の無い時間がやって来るのだ。

 小さなホームに足を下ろし、岳と友利は向き合ったまま次の電車がやって来るのを待ち続けた。

 会う度に離れたくない、と強く思っていた。会う時間が長ければ、きっと心の何処かで満足するのかもしれない。そう思ったが、その目論見は外れた。

 友利を運ぶ方面の電車と、岳を運ぶ電車の時間が重なる。

 両手の指先を離すと、友利が呟いた。


「じゃあ……」

「うん……また……」


 互いを乗せる電車は岳の方が僅かに出発が早かった。互いに車内の扉に立ちながら、その姿を眺めていた。

 ドアが閉まれば、ほんの数秒でその姿は見えなくなってしまう。ホームでは発車ベルが鳴り響き始めた。

 急いで乗り込む人ごみの向こうに、友利がいる事を何度も確かめる。唇を噛んでいるのが分かる。泣き出しそうな雰囲気だが、友利はいつも静かに涙を流す為に岳は気が気ではなくなりそうになる。

 見慣れ、触れ慣れたはずの顔、髪、指、その全てと離れる事を身体が拒んだ。

 溜息を漏らしそうになるが、堪えて何とか飲み込む。


「ドアが閉まります」


 そのアナウンスが車内に響いた瞬間だった。友利は突然電車を降りると、岳を目掛けて一気に駆け出した。

 岳も咄嗟に外へ飛び出し、友利の手を握る。そして、ドアが閉まる列車の中へと強引に引き込んだ。二人は小川町行きの最終列車に飛び乗った。


 しばらくの間、友利は岳の胸に顔を埋めて静かに泣いていた。嗚咽の一つさえ漏らさなくても、胸元に温かいものが染みる感覚ですぐに泣いているのだと悟る。満員の電車の中、僅かでも誰かが友利に触れないように岳はその姿を覆い隠すようにして抱き締めている。

 電車が揺れる度に、友利は岳にしがみつき、岳は強く抱き締めた。

 外の景色が東京の地続きの光を忘れた頃、友利はようやく口を開いた。


「もう……離れるの嫌なんだよ。離れたくないんだよ」

「俺だって……もう嫌だよ」

「結局慣れないんだね、何年経ってもさ。どんどん、岳の事が好きになるんだよ。会う度に……」

「うん……」


 以前にも同じような事があった事を岳は思い出す。何度も会っているはずなのに、別れの苦しさが二人を諦める日はついに一度も来なかった。

 車窓の外がついに人の作る光も捨て去ってしまった頃、二人は席に座った。

 真夜中に男衾駅の小さな改札を二人で出る。

 家に帰り、布団の上に並ぶと互いが傍に居ることを確かめるように何度も探り合った。そして、気が付くと深い眠りに落ちていた。

 朝方、首に違和感を覚えて岳は眠りから覚めた。まるで、息が出来ない。汗が滲んでいる。

 友利が本気の力で岳の首を絞めていた。

 朝方の青い光の中で、悲しそうな顔を浮かべながら友利は岳の上で首を絞める両手に力を込めていた。こめかみの血管が徐々に浮き上がる感覚がする。

 どうしてそうしたかは分からなかったが、岳は無意識のうちに抵抗する事をしなかった。目を閉じ、荒くなる呼吸を何とか抑えてそのままの姿勢を保った。やがて全身の力を抜くと、その時を待った。

 すると、友利が首から両手を離して岳の上に項垂れた。


「出来ない……」


 そう言うと突然涙を流し始めた。はっきりとしない意識の中で、岳はその涙を指で拭う。


「殺したいくらい好きって気持ち……分かる?」

「俺は友利に死んで欲しくない……」

「違う……全然違うの……好きだから……もういっそ殺したくなるの……ごめんね、ごめん」

「殺してくれて良かったのに」


 岳がそう言うと、友利は初めてと言っても過言ではない程の嗚咽を漏らして泣き出した。


「無理だよ……」


 そう言って泣き続ける友利を抱き締めながら、互いの届け切れない気持ちや満たされない気持ちを腕に込めた。

 愛し合う切なさは拒まれる切なさよりも、よほど性質が悪いのかもしれない。

 そう思いながら、岳は声を出さずに涙を流した。

 二人は額を寄せながら朝まで話していた。その中で、友利は少しの本音を吐いた。


「ねぇ……岳の友達いるじゃん?いつも集まってるさ」

「あぁ……皆いるね……純君に、良和に、佑太に、翔に、森下、千代さん……」

「この前「行って来な」とか言ったけど……本当はいつもムカついてるよ。もっと岳との時間欲しいし、皆の前に出たらムカついてそれ口に出しそうだから……だから絶対行かないの」

「友利が一番大事だから……無理に遊び行く事もないしさ……これからはずっとそうしようかな」

「この前一番だって言ってくれて嬉しかった……どっちも大事だって言われたら多分……別れてたよ……」

「そんな訳ないだろ。友利がいなかったら俺はいないよ」

「それは私も同じだよ」

「何よりも、愛してるよ」

「じゃあ私の事、殺せる……?」

「それは可哀想だから無理」

「ありがとう……」


 微睡む意識の中、すぐにまた離れなければならない事から二人は目を逸らし続けた。

 精一杯の力で何とか掴めたのは、結局は目の前にある今しか無かった。


 純はコンビニでアイスを買おうと駐車場に車を停めて外へ出ると、見覚えのあるキャップが籠に入れられた自転車が停まっているのが目についた。

 心の何処かが浮ついて楽しい気分になり、意気揚々と入店しようとすると太一の陰の隣に立つ姿に思わず踵を返した。

 車に乗り込み、思わずひとりごちた。


「いやー、何で大人の俺が焦ってんだろ?いやいや。おー、太一、やったのかな?」


 太一は自分より僅かに背の高い少女にジュースを手渡す。

 切れ長の目の太一とは対照的な、垂れ目がちの二重の少女は微笑んだ。

 線がとても細い少女だったが、その表情に何処か茜と似た印象を受ける。

 二人はコンビニの裏手に肩を並べて腰を下ろすと何やら楽しげに話し始めた。

 純はエンジンを掛け、コンビニを変える事にした。


「小さな何とかのメロディってやつかい?いいなぁ、チキショー!」


 そう笑って純はコンビニを後にした。

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