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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
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ローマの休日

夜桜の帰り。アパートで眠る涼はその姿をローマ法皇と揶揄され、怒りを露わにした。

明るく日、岳のバイト先のコンビニ店員の青柳はついに気が狂い始め…

 先程までの夜桜の景色もすっかり忘れ、彼らはアパートで宵の宴を始めた。

 仕事で疲れ切っているのだろうか、涼が目頭を押さえながら良和に耳打ちする。


「ヨッシー、悪いんだけど30分くらい和室借りてもいいかな?少し横になりたいんだ」

「あぁ、いいっすよ」

「すまないね」


 そう言って静かに涼は立ち上がり、和室へと消えて行く。途端に声を潜めながら岳が言った。


「あのさ、たまに思うんだけど…………涼さんって本物のホモなんじゃねーかな?」

「ホモぉ!?」


 同じ二文字が揃って彼らの口から飛び出し、翔と純は思い当たる節がある事に気付く。


「そういやさ、しょっ中ケツ触って来たり抱き締めたりするもんね」

「ケツぅ!?いいじゃないいいじゃなーい!ってか?確かに男のケツ触るよな」

「え、それって私達いない時でもそうなの?盛り上げる為にやってるだけじゃなくて?」

「いやいや、何をおっしゃいますか。我々、がっつりケツ触られてまんがな」


 翔の言葉に茜と千代は顔を見合わせる。奈々が「あの人ホモなの?」と楽しげに笑っている。

 良和が「ちょっとホモの寝顔を確かめよう」と立ち上がり、息を殺して襖を開ける。僅かに見えた涼はベッドに仰向けになり、胸の前で指を組んで眠っていた。

 それを見た瞬間、良和が噴出しながら声を殺して言った。


「大変…………!うちにローマ法王がいる…………!ほら、見てみ…………!」


 花見の直前。テレビニュースがヨハネ・パウロ2世の死去が連日に渡り報道されていた。連日テレビ画面に映るローマ法王の遺体の姿と涼の寝姿が酷似していたのだ。

 その姿を見た純と岳が良和に続いて噴出し、佑太と翔が声を上げて笑った。

 岳が真顔に戻って言う。


「おい、ローマ法王連れて来たん誰だよ?聞いてないんだけど。アイツ絶対「ドラフトワン」とか飲まねーだろ」


 彼らは笑いを押し殺しながらも「ローマ法王」と口々に漏らした。忍び笑いがやがて抑えきれなくなり、盛大に笑い出すと突然和室の襖が開かれた。

 彼らが注いだ視線の先、顔を真っ赤にした涼が仁王立ちしていた。


「誰が…………ローマ法王だって…………?」


 口をへの字に曲げ、あきらかに不機嫌な表情を浮かべていた。急に怒り出すのではないかと彼らは肝を冷やしたが、真っ先に怒り出したのは「逆ギレ」した良和だった。


「だって、ローマ法王じゃん!」


 涼は腕組みをし、怒りの為に唇を震わせながら言った。


「それは…………失礼なんじゃないか?俺に」

「うるさい!ホモに何も言う権利ない!」


 彼らは逆ギレした良和の吐き捨てた「ホモ」という単語についに笑いが堪えきれなくなり、盛大に噴出した。良和の言葉に佑太や純、翔も乗る。


「涼さん!そうだぜ!?女のケツ追い掛けるのはかまわしねぇ、けど男のケツは触っちゃいけねぇ!」

「俺もあんまり触って欲しくないんさ。ていうか、いつも揉んで来るし。まぁスキンシップのつもりなんだろうけど」

「ホモだったらしょうがねぇけどさぁ。手出すのはルール違反だなぁ。手出す代わりにケツ出すってか?ははは!」


 茜と千代も笑いながら加勢する。


「涼さんホモだったんだねぇ!私、何となくそんな気がしてたけど皆がそう言うって事はそういう事されてたって事でしょ!?あー!面白い!」

「両刀なの?だとしたら最低じゃん。そっちにも手出す訳?」


 その背後で良和が「やーい!ホモ、ホモぉ!」と囃し立てる。涼は顔を真っ赤にしたまま、彼らに訊ねた。


「ずっと…………そう思ってたのか?」


 すると彼らは真顔で頷いて見せた。涼は「ちょっと」と岳を呼びつけ、洋間へ消えた。背後では笑い声が漏れ続けていた。

 ソファに腰を下ろすと、涼は大げさな溜息をついてみせた。


「がっちゃん…………俺は大人だから堪えたけど…………」

「すいませんね。皆、馬鹿なんで」

「正直…………」


 そう言い置き、再び溜息をつく。岳が「正直…………?」と訊ねると眉間に皺を寄せながら溜息交じりに言った。


「殴ろうと思った…………」


 岳は特に驚きもせず、その言葉を聞いて近頃覚えたテニス用語の「フォルト」という単語が浮かべていた。

 真剣に向き合って、そして疲れるならば来なければいいのに。

 そう思いながらも、岳はその言葉を押し込めた。


 ホットドリンクコーナーの売り場を縮小する作業を青柳が行っている。客とのトラブル、クレームが絶えない為に青柳はオーナーから「極力接客しないように」と口酸っぱく言われ続けていた。

 廃棄になりそうな弁当を買い取り、休日には発注を見直す為に無償で出勤し、自給を最低賃金にまで下げられてもなお、青柳は辞めなかった。

 無精髭をしっかりと剃る気力も無いのか、青柳の鼻の下の周りは青く光っている。引き出し型の棚を引っ張り出し、ホットドリンクを抜いていたかと思うと突然、青柳はその手を止めてぶつぶつと聞き取れない言葉を呟き始めた。

 岳は目をやったがすぐに逸らす。しかし、大きな音がして再び目を向ける。

 青柳は気が狂ったようにドリンク棚を押したり引いたりしていた。ガシャガシャ、という音が店内に響き渡る。


「何してんすか!?ぶっ壊れますよ!」

「おかしいぜぇ!?何でだぜ!?理解不能です!ワシは分からんのです!分かりません!」

「あんたの行動の方が分からないから!ちょっと、止めて下さい!オーナーに言いますよ!」

「………………………………」


 岳が「オーナーに言いますよ」と言ったタイミングでようやくその手が止まる。すると今度は吐き捨てるように、青柳が怒鳴り声を上げた。


「こんな良い店員がいますか!?」


 そう声を荒げたものの、岳は一体誰の事を指しているのか本気で理解出来なかった。


「良い店員…………誰がっすか?」

「ワシです!ワシより良い店員がこの世にいますか!?いないぜぇ!?いやぁ、いないぜぇ?」


 ついにトチ狂ったか、と岳は戦慄を覚えた。それと同時に「やり過ぎた」とも感じていた。学歴を盾に高圧的に接して来る青柳と仕事をし始め、すぐにその異常性に気が付いた。

 クレームを言った客に対して「失礼ですが…………大学はどちらですか?」と訊ねる店員がこの世にいるだろうか?それこそ「いないぜ」だった。

 自称「チーフ」と言いながらも、事故が起きた際は何処へも連絡せず「ほぉー!ほぉー!」と連呼し続け、半ば放心状態で店に車で突っ込んで来た客を相手にレジを打っていた。

 偉そうに振舞うその牙城を崩し、居場所を失くすまで青柳を泳がせて楽しもうとした。その目論見は客や他の従業員達の数々の助けもあり見事に成功し、青柳はその居場所を完全に失くした。しかし、それでも青柳は亡霊のようにこの店にしがみ続けた。

 そして、狂った。

 両手を拡げ、身体をぐるぐると半回転させながら怒鳴り続けている。その目は一体何処を見ているのだろうか、まるで焦点が合っていない。徐々に眼鏡が曇り始め、焦点の定まらない目を隠して行く。


「分からんのです!何故です!?何故ワシが蔑まれなければならんのです!?理解の足らない人達のせいでワシは散々なんです!オーナーもそうです!もう分からん!分からんぜぇ!?」

「あの…………ちょっと落ち着いて下さいよ」

「こんな良い店員いますか!?廃棄は買い取ってくれる!最低賃金で働いてくれる!休日に発注をしに来てくれる!いないぜぇ?いやぁ、いやぁ?いないぜぇ?」

「分かったから、落ち着けよ」

「ワシは女性客に「口臭がひどい」と言われました!しかし、今のワシはモンダミンを飲んでるんですよ!それでも臭いと女性客は言っとりますか!?ワシは無臭のはずです!匂いは水溶性なんです!」

「いや、マジで臭いよ。部屋の匂いなんじゃないの?」

「分からん!分からへん…………ワシはもう分からん…………分からんのです!」


 その後も青柳は一人でぼやき続けていた。辞めるか、もうしばらくはバイトに顔を出さないであろう。そう思っていた翌日、青柳はいつも通り店内で作業を行っていた。

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