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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
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レベル上げ

合コンを目前にレベル上げをする良和と翔。古着屋に集合した先では茜の厳しい指導が待ち受けていた…

 三月が目前に迫っても、春へ向かう季節の足取りは恐ろしく鈍足だった。それどころか寄居町には赤城下ろしの影響なのか、滅法強く冷たい風の日が続いていた。

 風の影響で物干し竿の端に寄った洗濯物を取り込みながら、良和は「てぇっ」と声を漏らす。

 定時制高校の卒業式はもうすぐだった。良和は四月に介護系の専門学校への入学を控えていた。


 合格するや否や、おめでとうという祝いの言葉より皮肉めいた言葉達が飛び交った。

 洋間でゲームをしながら、佑太が甲高い声を上げる。


「ヨッシーが介護ぉ!?嘘だろ!?される方じゃなくて!?」


 岳と純が声を揃えて笑う。


「ヨッシーに介護出来るんかよ。襲っちゃうんじゃねーの?」

「ババアでもヨッシーならイケるっしょ。ヤッちゃうかもしれないね」


 良和は首を横に振りながら答える。


「無理無理!幾らなんでも……。でも可愛い障害者は興奮する」

「うへー……本物はやっぱ違うわ」


 顔を顰めた佑太とは裏腹に、岳がポカンとした顔をしながら言う。


「あー……そういえばこの前アトムの横のコンビニでさ、親に連れられためっちゃ可愛い痴呆の女の子いたで」

「いつ!?何時頃!?すぐに見に行くわ!」


 良和が食い気味でそう叫び、岳は淡々とその時の様子を語り始めた。

 岳と良和の会話から抜け出した佑太がミチとのデート話を嬉しそうに話し始めると、純は欠伸を漏らした。


「おい純!ちゃんと聞いてくれよぉ!俺とミチのラブロマンスをよぉ!」

「へぇ、凄いな。まいっちゃう。妬いちゃうなぁ。うらやまっしー」

「だろぉ!?それでさ、ディズニーに行きたいって言うから俺は本庄のホテル街に向かった訳だよ」

「方向間逆じゃない?何で本庄のラブホ街?」

「だって……お城あんじゃん!シンデレラ城みてーなさぁ!」

「あぁ……あるね。禍々しいお城ね」

「ちげーんだって!こっから生まれるロマンスだってあんだって!」

「へー、はいはい」


 岳が障害者の美少女と会ったという時の様子をコンビニ店員の真似を含めながら良和に事細かに伝えていると、ふと携帯に目を向けた良和が急に立ち上がった。


「来た!ついに……時が来た!」

「何だよ!人がせっかく話してんのに!」

「がっちゃんは前振りが長いん!」

「だって、その方が盛り上がんじゃん!」

「今はそれ所じゃねぇん!合コン!合コンが決まったん!翔に知らせないと」

「そうかそうか、是非とも素敵な彼女を作ってくれたまえよ。あれ、友利からだ」


 携帯メールの画面を開いたまま、岳は洋間を出て行く。純は良和から専門学校の見学に誘われ、岳と三人で訪れた時の事を反芻していた。

 女子が多い中、男三人は完全に浮いていた。中でもB-BOYスタイルの純は一際目立っていた。

 卵を塩水に浮ばせる実演を行っていた最中、鍋の中を覗きながら純がぽつりと言った。


「見ててみ。もうすぐ俺らみたいになるよ」


 その言葉の直後、卵は彼ら三人を現すように水の中から浮かび上がった。

 専門学校の様子を回想しながら、純は集団で何かを学ぶ光景に苦笑いを浮かべた。


「合コンに専門に……ヨッシーはいつも新しい事をしてるな。俺には学校とかもう無理だわ。あと普通の会社も無理かもしれない。集団っていうのがなぁ……」

「確かに純の言うとおりだわ。ヨッシーは後ろ向きなんだけど前向きなんだよな。純は後ろ向きだけど前に進んでるっつーかさ。がっちゃんは前向いてそうで実は後ろ向きだし……俺は……前?」


 佑太がそう言って宙を見上げると純は笑った。


「佑太は前進み過ぎてもうどっかにいっちゃってるんじゃない?」

「はっはー!言えてるかもしんねー!俺ってそうなんだよなぁ!それよりこいつ殺したいんだけどどの罠セレクトすりゃいいん?」


 佑太がゲーム画面を指差して訊ねると、純は瞬時に答えた。


「あ、階段に岩で、立ち上がった所にギロチンで一発なんさ」

「なるほどなぁ!」


 部屋に戻って来た岳は頭を掻きながら煙草を吸い始める。友利と何かあったのだろうか、深刻な表情のまま話に参加せず携帯の画面に目を落とし続けていた。

 良和は翔と共に古着屋で茜のファッションチェックを受ける事になっていた。それも全ては合コンへ向けた準備であった。


 岳と純がアパートを出る。強い風の上、月が青白く光っていた。

 車に乗り込み、しばらくしても岳は押し黙ったままだった。心配になった純が声を掛ける。


「どうかしたんかい?」

「いや……うん」

「何か嫌な事でもあった?」

「嫌っていうか……友利の父ちゃんに癌が見つかって入院したって。結構ヤバイらしくて」

「マジで?入院って……手術とかするんかさ?」

「手術しても予後が悪いかもしれないって。純君さ……」

「あぁ、何だろ?」

「ごめん、しばらく遊べないかも。友利との時間優先するわ」

「そっか……でも、そうしてあげてよ。遊ぶのなんていつだって出来るんだし」

「うん。悪い」

「俺は何も出来んけど……良くなるといいね」

「本当……うん。そう願うしかないんだけどさ」


 窓の外を眺めながら、ガラス越しに映る岳の顔からは精気が消えていた。誰かの死を身近に感じる機会など殆ど無かったが、純は思わず掛ける言葉を失った。


 週末の古着屋で良和と翔は茜の前に立たされている。


「あんた達、何でファッションチェックするか分かってるよね?」

「あれでしょ?自分の友達のレベルが低いと自分のレベルも低く見られるでしょ?」

「良和!ブー!それは「当たり前」の話!言っておくけど私の友達は可愛いしモテるのよ?良和の言う所の「レベルの高い」人達なの。今日はあんた達の為にレベル上げしてやろうって訳」


 腕組をしたまま翔がにやり、と笑う。


「ほう?そいつぁ、腕が鳴るねぇ」

「腕が無いから連れて来られてるんでしょ?青いネルシャツばっか着てんじゃないよ」

「いきなり痛い所突かれたな。まぁ何でも基本は大事だろうし、今日はご指導お願いしますよ」

「じゃあ二人共、女を本気で落とす!って気分で服選んできて。はい!始め!」


 茜が手を叩いたのを合図に良和と翔は店内を歩き始めた。良いと思った服を次々に茜の前へ運んで行き、その度に茜が厳しい指導を行う。


「ヨッシーが革ジャン!?しかも下がダボダボのカーゴパンツ!?ありえない!現場帰りのオッサンだよ!」

「翔、この肩から袖にかけてプリントされてる英語の意味は?中学生でもこんなの着ないから。はい、次」


 茜に扱き下ろされながら、二人はレベルをぞくぞくと上げていく。翔は「コツ」を掴み、無難で清潔感のあるスタイルのものを選べるまでになった。

 良和は一発逆転を狙うかのような奇抜な物を選びすぎたのが仇となったが、体型を活かしたB系スタイルでまとめる事で最終的には落ち着いた。


 彼女が出来るかもしれない。その可能性がある限り、茜の厳しい指導の下でも良和と翔は諦める事はしなかった。


「翔!世の中はレベル!何がどうあったって全ては「レベル」なん!今日はレベル3は上がった!」

「おお。俺も今日は森下に感謝だわ。こうやって人に見られて言われる事なんて中々ないからな。俺はそうだな……5は上がったんじゃねーかな?」

「すげーで!新しい魔法使えるんじゃん!?」

「元が低いからなぁ!まだまだ上げ続けるぜぇ?」

「絶対にやる!出来る!日本人が一番使う言葉「頑張る」を実践する時だわ」

「せめて森下に恥かかせないようにしたいぜ」


 春の訪れを拒むように、二月の空は寒気を纏って彼らを見下ろしていた。

 そこへ訪れようとする春と上空でぶつかり合い、雨の代わりに雪が街に舞い降りた。

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