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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
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二月の風

周回エリアの変更を頼まれた純は岳と共に寄居町の用土へと向かった。途端に押し黙った岳に純は声を掛ける。

 二月の風は身体の熱を芯から奪って行く。

 朝を迎えようとする街を縫うように駆け抜けた純は、身体を震わせながら専売所に戻った。バイクを止め、専売所の中へ入るとすぐに所長に声を掛けられた。


「新川君。毎日、寒い中ご苦労様」

「あぁ……ありがとうございます」


 所長は淹れたての熱いお茶を純に飲むように目で合図する。お茶を啜る純に、所長が申し訳なさそうな顔を浮かべながら隣に腰を下ろした。

 相変わらずお願いの仕方が下手だな、と純は笑いそうになる。


「こないださ、山口君辞めただろ?就職するってんでさ」

「はい、確か……そうでしたね」

「何とか回してるけどルートに穴が空いちゃっててさ。新川君、用土エリア担当してもらえないかな?」

「用土?まぁ……俺はどこでもいいっすよ」

「そうかい。良かったよ、ありがとう。本当助かるよ」

「いえいえ。用土か……どんな所だったっけな」


 純は寄居町にある「用土」という場所を思い浮かべてみたが。高校の近くだと言う他思い浮ぶものが特に無かった。

 所長が頭を掻きながら笑う。


「どんなも何も、造園屋が多いくらいで何もねぇ所なんだいね」

「確か……男衾みたいな住宅街だらけの場所じゃないですよね?」

「そうだね。考えようによっちゃ回るのも楽だで。まぁ、宜しく頼んだよ」

「分かりました」


 それから数日後。岳が夕方にバイトへ向かうまでの時間、純は岳と共に用土を回っていた。

 流れる景色はどこも畑ばかりで特徴も何もあったものではなかった。郵便局と八高線の用土駅、そしてその近くのセーブオンだけが目印だった。

 ハンドルを切りながら純は困惑気味に言う。


「一応ここも寄居町なんだよね?ここら辺回るんかぁ、まいっちゃうな」

「用土はマジ何もねぇかんな」

「折原の山と違って、こっちは平らで何もなーい!って感じだね」

「人も少ないしねぇ。あ、引田の家があったわ」

「マジかい!それは初耳」

「確か選挙の時、用土から出馬してたよ」


 彼らの中学時代の教師であった引田は教員を定年退職し、町会議員として新たな活躍の場を見つけていた。

 造園屋が続く並びを抜けると岳は途端に押し黙った。


「がっちゃん、どうしたんさ?」

「あぁ……この辺り……俺の本当の親父の親戚の家がある場所だわ」

「そうなん?マジか……」


 父親と母親が喧嘩する度、岳は母親に連れられて父の兄宅に預けられていた事を思い出す。父とは打って変わって温厚な性格で父代わりに面倒を見て貰っていた事を思い出した。

 離婚が決まった日、この辺りに住む親戚一同が家に集まった。父の兄は呼ばれていなかった。その際、父の姉が岳を睨みながら言った。


「いいかい?岳。あんたの着てる服だって、使ってる机だって、ゲームだって、全部あんたの父ちゃんの金で買ったもんなんだ。全部置いていきな」


 そう言われた事が頭を過ぎり、自然と気持ちが落ちて行く。その言葉通り、離婚して家を出る時には学校で必要になる物と着ている物意外全て、末野の自宅へ置いて家を出た。

 親戚中に監視されながら、岳は妹と共に家を出る準備をした。写真一枚すら、持ち出せなかった。

 自分の小ささや幼さが情けなく、涙すら出なかった。

 岳は気分を変える為に知恵の事を純に話した。それも決して明るい話題では無かったが、自分の血の中に眠っているかもしれない愚かさを恨む話より、よほどましだと思えた。


「知恵先輩、それで電話が切れてそのままだよ。もう繋がらなくなってた」

「頭来るな。その旦那死ねばいいんにさ。華奢だけど綺麗で優しい先輩だったよね」

「あぁ。最後まで優しかったよ」

「やっぱ気になるよね、そんな最後じゃさ」

「なんつーか……子供に変な影響なきゃいいけどって思うかな。俺みたいな子供はもう俺だけで十分だわ」

「そこまで背負い込む事ないっしょ」

「背負い込んじゃないけど、そういう子供が自分と近い所に居たりすんのさ、見たり想像するのが嫌なんだよ。なんつーか……心が痛いわ」

「へぇ!ちょっと意外だな」

「何が?」

「いや、がっちゃんでも他人に対して痛みとか感じるんだなぁと思って」


 純はそう言って楽しげに笑った。同じように岳からも笑みが零れる。


「おい、鬼畜じゃねーんだからさ」

「ははは。K DUBの曲でセーブザチルドレンってあるんだけど、それ思い出したな。こんな裕福な日本でもさ、虐待死とか普通にあるじゃない?あぁいう事する奴らに俺は物申したいね」

「お、流石はヒップホッパーだね」

「K DUBの曲がどれだけ社会に響いたか、なんて分からないけどさ。子供には未来がある訳だし、そういう純粋な存在を守る為に声上げる事は意味があんじゃないかなぁって思うんさ」

「当事者じゃないと分からないだろうけど、ガキの頃なんか声を上げるって事すら分からなかったもんな」

「だからそういう子供に気付けたり、声掛けてやれるようになりたいなぁなんて密かに思ってるんだけどさ」

「純君、熱いなぁ。でも俺も変えたいと思うな。もうクソみたいな時代は俺らの時代で終わらせたいわ」

「変えていこうじゃない。この先どうなるかは分からんけどさ。せめてそう思う事自体、止めないようにさ」

「いいねぇ。便所に篭ってドア破壊されるまで延々ラップしてた人間の言葉とは思えないな」

「ははは!いやさ、自分の世界に篭って何か考えるのも大事じゃない?」

「いやいや、篭りすぎだろ!すぐどっか居なくなるし」

「最近は気を付けてるよ。佑太にまた何か言われるんも面倒だし。あー、嫌だ嫌だ」


 そう言って純は照れ臭そうに笑う。もしかしたらもう逃げも隠れもしないのかもしれないな、そう岳は感じ、安堵の溜息をついた。


「純君、最近何かいい事でもあったん?」

「いや?平々凡々だよ。なぁんも、ない。けどさ、生き方のコツみたいなの分かったんさ」

「そりゃ大発見だね。人間、死ぬまで自分と一緒に生きていかなきゃいけないからな」

「あぁ。分かったんは人に期待しない事、かな」

「人に期待しない……かぁ。例えば?」

「普段俺らって佑太に何も期待しないじゃん?あれと、全部一緒だなって思ったんさ」

「ははは!そりゃ確かに!佑太に期待する方が間違いだもん」

「自分で納得出来るように動く方が良いんだなって思ってさ。だから、まぁ……がっちゃん色々背負い込み過ぎない方がいいよ」

「うわぁ!純君に言われた!マジかぁ。でも、ありがとよ」

「何かあったらさ、それこそ友利ちゃんも居るんだしさ。力まず生きれたらいいんじゃないかな」

「そこは純君じゃないんか」

「俺はがっちゃんの苦悩に関しては力量不足なんさ。きびしー!」

「ははは!分かった。選択肢から外しておくわ」


 車は用土を抜け、男衾へと辿り着く。あちらこちらに立てられた住宅街を筆頭に、見慣れた風景が続いて行く。帰って来たな、と感じる。変わるのはきっと人なのだろう。

 中学二年での出会いからおよそ八年。岳は未だに純と笑い合える日常に、小さな感謝を覚えた。

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