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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
154/183

ズルい女

純と岳、それぞれの過去の中にあった女性。ある日突然、その関係性にピリオドが打たれる。穏やかな最後と、そうではない最後が待ち受けていた。

 一月後半になると強烈な寒波が日本列島を襲った。


「俺も強烈なカンパ欲しいぜぇ!なぁ!純!俺の愛に誰かカンパしてくんねぇかな」

「無理だろうねぇ。あの人は素敵だけど後輩の子達がだいぶクソらしいじゃない。ヨッシー言ってたよ」

「誰……?マジで迷惑掛けてんの?」


 佑太は数年前に良和にした事を思い起こし、純に真面目な顔でそう言った。相手が分かればすぐにでもアパートへ行く事を止めさせるつもりだった。


「ヨッシーが言うには名前なんだっけな……あぁ!病気芋と点字ブロック!」

「誰だよ!わっかんねぇ!」

「女だってよ」

「そっかぁ……まぁミチに言ってみるよ」

「あぁ、頼むよ。今年は雪ガンガン降るってね。またスノボ行くかなぁ」

「また!?純ってスノボすんの?」

「あぁ。年に1、2回ね。兄貴に連れられてさ」

「カッコイイ兄ちゃんだもんなぁ。俺も連れてってくれよぉ!ってか皆で行く!?」

「人数バカみたいになるっしょ!無理無理!」

「なんだよー!まぁ俺はミチの為に頑張るわ。あ、ミチと行けばいいのか!」

「そうだよ。がっちゃんみたいにいちいち皆に言わないで行けばいいじゃん」

「なんかそれも寂しいんだよぉ……皆に祝福して欲しいっていうの?なんつーの?」

「頭ん中がハッピーターンで羨ましいわ。あ、ちょっとコンビニ寄ってくれんかな?」

「あぁ、いいぜ。俺寒いから待ってるわ」

「オッケー」


 純は春に行われるヒップホップイベントのチケットを発行する為に店内に入った。入ってすぐに雑誌コーナーを抜けようとした矢先、純の胸は高鳴り、息を呑んだ。

 思わず何も気付かぬ振りをして踵を返そうかと思ったが、そうはしなかった。そして、そうはさせてもらえなかった。


「新川さん……」

「あぁ、久しぶり」


 長い髪は肩先にまで短くなり、線の細い首が露になっていた。高い鼻は変わらず、すぐにその持ち主が誰かが分かった。

 目の前に立っていたのは瀧川だった。

 成人式での出来事が嫌でも蘇り、純は申し訳なさそうな顔を浮かべた。


「あのさ……成人式の時、本当ごめんね」

「はは……もうずいぶん経ちますけどね。元気でしたか……?」

「うん。瀧川さんは?」

「私、今は看護系の学校通ってます」

「へぇ。うちのお袋もそっち系でさ。大変だろうけど、頑張ってよ」

「ありがとうございます。新川さんは?」

「うん。しがない新聞配達員なんさ」

「えぇ?なんだか意外。毎朝寒いですよね?」

「そりゃあもう。強盗がする目と口だけ見えるマスクあるじゃない?あれして配達してるんさ」

「あはは!あれ強盗以外で使ってる人、初めて知りました!でも、これからは感謝しながら新聞読みますね」

「系列違うかもしれんけど、寒いのはどの配達員も一緒だからね」

「なんだか……うん……」

「なんだろ……?」


 瀧川は不思議そうな顔を浮べ、まじまじと純の顔を眺めた。思わず胸が高鳴るかと思ったが、何故か純は穏やかな気持ちでいられた。


「うん。新川さんの事、私は許します」

「えっ?あぁ、ありがと。本当、あの時はごめんね」

「何か分からないですけど、あの時と違いますね」

「どういう事?」

「新しく、でも懐かしくなりました。私の知ってる新川さんだ」

「そうかい?俺自身は何も変わってないけどな」

「それでいいんですよ。もし、あのままだったら私は怒ってました。そして、帰りました」

「ははは!ここに居るって事はそっか、安心したわ」

「新川さん、大切な人が出来たでしょ?」

「えっ、何で?」

「ふふふ。なーんか分かるんですよね。逆に言えば新川さんが分かり易いのかな」

「そうかなぁ?まぁ、うん」

「それで、その人もきっと新川さんを大切に思ってます。恋人……ってよりももっと深いかもしれない」

「良く分かるなぁ……あ、いや。向こうはどうか分からんけど……」

「ううん。新川さんが実感出来てるから、それが雰囲気に出るんですよ」

「へぇ……凄いな」

「少し妬くなぁ……羨ましい!私もそんな人が欲しいなぁ」

「瀧川さんならすぐに出来るよ。大丈夫さ」

「襲った癖に良く言いますね?」

「それは……本当ごめん」

「冗談ですよ。でも、タイミングが合えば好きになってました。きっと」

「え?俺の事?」

「はは……今更言うのってずるいでしょ?ほら、シャ乱Qの「ズルい女」。私はあれです」

「いやー、ありがとうっていうか……なんていうか。まいったな」

「そんな風に言える新川さんが素直で素敵ですよ。その人の事、本当に大切に思ってるのが伝わって来ます」

「ありがとう……ってか、何だか恥ずかしいな」

「怒って顔赤くなるくらいなら、恥ずかしくて赤くした方が良いですよ」

「そうかもね。ははっ。俺の友達にそれ言っておくわ」


 純の頭に一瞬、怒った顔の岳が浮んだ。先日は良和に青汁を飲まされて怒り狂っていた。


「それじゃ新川さん。また、いつかどこかで」

「うん。またね。ありがとう」


 店を出る間際、悪戯そうに微笑みながら瀧川が言った。


「茜先輩によろしくです。じゃ!」

「えっ!何で!?」

「ズルい女、なんで!」


 そう笑って、瀧川は店を出て行った。茜の名前が飛び出した事に驚きは隠せなかったものの、不思議と胸が穏やかになる。誰かの応援がこんなにも心地良いものだとは思わなかったのだ。

 誰かに茜を大切に思っている事がバレたとしても、近頃それを否定する事がなくなった自分を純は笑った。

 それはとても軽快で、リズムを纏う笑いだった。

 佑太から「早くしろ!!!!!!!!」とメールが届いていたが純はゆっくりとチケット端末を操作し始めた。


 友利との長い付き合いの中で、二人は時折諍いになる事もあった。

 互いを求めるあまり嫉妬に狂い、遠い距離が不安を次から次へと生んでいった。

 会えば手放したくはなくなり、離れればまたすぐに近付きたくなり、知りたくなり、その度に互いに離れて暮らす物理的な問題に苛立ちを覚えた。


 岳はそうなる毎に高校時代は純に愚痴を零したり、話を聞いてもらったりしていた。他の同級生達には一切そういった部分は見せなかった。

 特にアドバイスもせず、淡々と話を聞き続ける純が心地良かった。

 高校三年になると純との間に距離が生まれ、岳は純に愚痴を零す機会を失くしてしまっていた。

 そんな時、岳にアドバイスを与えていたのは高校の先輩であり、岳が生まれて初めて告白した相手である知恵だった。高校二年の晩春。

 和食屋で箸を止め、知恵は言った。


「だから私言ったじゃん。どうせすぐ彼女作るよって。でも、君はマジですぐに作ったね」

「ははは。すいません……そうなんですよね」

「すいません?何後輩ぶってんの?しかもちょっと会わない間に生意気に煙草なんか吸っちゃってるしさ」

「知恵ちゃんだって前から吸ってんじゃん」

「うるさい。でもなぁ、そっか。まぁ……猪名川君に彼女出来て、私は嬉しいよ」

「ありがと。大事にしますんで」

「そのコは私の後だからね?私の後!ははは!後!」

「えー!?何でそうなるの?」

「なんてね。少し妬いただけだよ。何かあったら相談しなね?おばさんが相談乗るから」

「そん時はマジでお願いします」

「おばさんは否定しないんだね。猪名川君は変わったなぁ……あーあ……」

「いやいや、思ってないから。困らせないでよ」


 それから数年、今になるまで岳は相談ついでに知恵と近況報告をし合っていた。知恵のアドバイスはどれも具体的で「ヤレばOK!」で解決させようとする男子達にはない強さを感じさせた。

 特に「離れて暮らす彼女の言葉をそのまま飲み込まない」という知恵のアドバイスを岳は意識するようになった。

 考えながらようやく見つけられた今の友利との距離に、少なくとも知恵は貢献していた。

 基本的に知恵から岳に電話を掛ける事は滅多になかった。

 昨年、短大時代に知り合った男性と晴れて結婚を果たしていたのだ。子供も生まれたばかりで、絵に描いた幸せが続いている。はずだった。


 酒を飲んだ夜中、岳は部屋で映画を観ていた。先日借りてきたのは青春UKものを謳った映画だったが、トレインスポッティングのような退廃感はまるで無く、メインがサッカーの話ですぐに見飽きてしまっていた。

 すると、着信音が部屋中に鳴り響いた。佑太か良和だろうと思い、携帯を開くと知恵からの着信だった。


「もしもし?夜中にごめん」

「久しぶり。幸せでやってる?」

「隠れて電話してる。今大丈夫?」

「隠れて……何だよそれ」


 知恵は声を潜めて話す。そこに幸せの気配は微塵も感じられなかった。


「どうしたん?」

「これが最後になるから」

「どういう事……?」

「私……明日携帯解約されられる。ごめん」

「何したの?」

「違うの……今まで嘘ついてたの」

「嘘って……何?」

「幸せだよって、嘘ついてた。ごめん」

「何それ……」

「時間ないから手短に言う。たまにメールしたり電話したりしてるの旦那にバレた。束縛がめっちゃ凄い人でさ……私ボコられたよ。人にボコられるなんて何年かぶりだよ」

「いや、おかしくね?やましい事ないじゃん。俺が謝るよ」

「そんな事したら余計怒るよ。それに、今は子供もいるから……変に手出されたら困るし……」

「それで携帯も解約って……」

「番号も消されたからうろ覚えで掛けたよ。掛かって良かったけど。それと、今は旦那の家に入ってるから逃げられない。だから……本当ごめん」

「マジで最後なの?」

「マジだよ。だからこんな思いして電話してんじゃん。出てくれて良かったよ」

「急過ぎて……ちょっと分からねぇんだけど」

「私が今から話す事だけ……聞いて、お願い」

「ちょっ……え?」

「こんな旦那と結婚なんかしなきゃ良かった。でも子供もいるし、後悔も遅いよ。私が本当馬鹿だった。今思うとね、猪名川君と廊下で沢山喋ったり、夜電話したりしてた頃が一番の青春だったし、楽しかったよ」

「俺も楽しかったけど……だけどこんなん……」

「ごめん。あの時ね、素直になっておけば良かった。私、きっと猪名川君と付き合ってたらこんな人生になってなかったんじゃないかって……今になってそう思えてさ……今の彼女さんには申し訳ないけど……なんか……私さ……」


 知恵の話す声の後ろで突然何かを壊すような、倒すような物音がし始めた。続いて、男の怒鳴り声。


「知恵ちゃん!」

「猪名川君、私なんかと出会ってくれてありがとう……君はいつまでも幸せでいてね。ずっとずっと、お願いだから」


 何かを叩くような音。続く、小さな知恵の悲鳴。


「おい!知恵ちゃん!」

「テメェかぁ!この野郎!ぶっ殺してやるからよ!」

「止めてよ!ふざけんなよ!マジで止めろよ!」

「うるせぇなぁ!知恵は黙ってろよ!」

「おまえふざけんなよ!知恵ちゃん!逃げろ!」

「ごめん!ずっとずっと、ありがとう!」

「知恵ちゃん!」


 通話は突然切れ、それ以降は繋がらなくなった。翌日電話を掛けると「この番号は……」という機械的なアナウンスが繰り返されるだけだった。

 知恵の身を案じながらも、岳は知恵の家の住所すら分からなかった。何も出来ない不甲斐なさに激しく落ち込みながら、夜中に楽しげなメールを送って来た友利を少しだけ、身勝手に恨んだ。

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